表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野人転生  作者: 野人
欲望の都市
109/179

トゥロン11

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


やばいヤマはゴメンだぜ。

「おい。舐めんじゃねぇぞ」

何このかわいい生き物。

ここからはモンスターの領域。油断せずに進むとしよう。

 トゥロンから見て北の森。この森に来るのは初めてだ。木々は青々と茂り、木漏れ日が差し込む。鼻に感じる香りは、いつもの森の香りだった。


 この森に来るのは初めてのはずなのに、帰ってきた、そう思う。


 搾取される社会的弱者。そんな身分から開放され、ただの野人として生きることができる。この開放感がたまらない。


 町で受けたあらゆる抑圧から開放される。権力なんて複雑な物じゃなく、一個人の才覚で生き死にが決まる。森はシンプルでいい。


 それでも、長い時間文明から離れれば、文明が恋しくなる。


 そして、町に着けば帰ってきたと思うのだろう。森にも町にもいい部分と悪い部分がある。美味しいとこ取りなんて出来はしない。切り替えが大切だ。


 今はこの開放感を楽しむとしよう。




 斥候を兼ねた先頭はパピーに任せている。俺も気配察知で周辺を警戒するが、基本的にはパピー任せだ。


 獲物の追跡、場所の選定、攻撃方法。全てをパピーにゆだねる。


 金には余裕がある。期限がある依頼でもない。パピーが一人で生きていけるように狩りの訓練を施す。


 まだ子狼のパピーには難しいかもしれないが、パピーは学習能力が高い。


 知識は一通り教えた。二人で狩りもした。後は主導的に計画を立て、狩りをこなす経験だけだ。それさえできれば、パピーは一人でも生きていける。


 パピーが一人で生きていけるようになれば、安心して命を懸けて戦える。もちろん、死ぬつもりなどないが、命に執着しすぎると逆に危険なこともある。


 身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ。という言葉があるように、本当の意味で命を捨てて活路を見出す事態があるかもしれない。


 心残りは生きる原動力になる。傷を負って食料もない。そんな絶望的な状況でも、大切な人を思うと力が湧いてくる。絶望に立ち向かう勇気になる。


 それは大事なことだ。だけど、戦いの中では己を殺す必要もある。心残りという生への執着が、逆に命を失う原因にもなりかねない。


 大切な物を持ちつつ、いつでも命を捨てる覚悟をする。そうした相反する気持ちを持つことが必要になる。


 自然と文明。生への執着と捨て身。何事もバランスが重要だ。



 パピーの後を付いていくと、開けた空間にたどり着いた。そこには泉が湧いている。透き通った綺麗な水。泉の底を見ると、地下水が湧き出ていた。


 あそこから、岩に濾過された綺麗な水が常に湧き出ているみたいだ。この水の綺麗さなら、直接飲んでも大丈夫かもしれない。


 泉の水というより、底に顔を近付けて、湧き出る地下水を直接飲む感じだ。冷たい新鮮な地下水が喉を潤す想像をして、喉がなる。


 地下水をがぶ飲みしたい衝動に駆られるが、リスクを犯す必要はない。


 ぐっと我慢して、革袋から匂いの移った水を飲む。もう少し上等な品だと匂いは移らないんだけどな。海のモンスター素材を使っているので値段が高い。


 防具にいくら掛かるかわからない現状では、我慢しなければいけない。




 パピーが選択した狩りの方法は待ち伏せだった。水場で待ち伏せをして、水分を補給しにくるモンスターを仕留める。そういうプランのようだ。


 選択としては及第点だ。待ち伏せ場所の選択もいい。水場にはクレイ・ボアや 剣鹿ソード・ディアーの足跡も見える。獲物は確実にいる。


 水場はまれに、森の奥から格が高いモンスターが現れることがあるが、パピーの感知力なら接近される前に気付けると思う。


 仕留めた後の処理も、水場があるので楽になる。パピーソロになると、解体の必要はない。また違う選択になるのだろうが……。



 待ち伏せは奇襲が狙えるのが利点。欠点は自分のタイミングで獲物を発見出来ないこと。獲物が来るのをひたすら待つしかない。


 そして、待ち伏せ最大の難点は……。


 とにかく退屈なことだ。じっと息を潜めて獲物を待つには、緊張感を保ちつつも、疲れないギリギリの脱力が必要。


 そのため、パピーに癒やされて緩みすぎたり、獲物を待ち伏せるために最大限集中するのも難しい。退屈だと感じる余裕はあるが、暇を潰すほど気も抜けない。


 だから俺は待ち伏せがあまり好きじゃない。


 だからこそ、この状態に慣れる必要がある。パピーに任せて良かった。自分で計画を立てたなら、この選択肢は取らなかった。


 自分では考えないこと。経験しないことも経験できる。自分以外の存在というのは、とてもありがたい。


 パピーを撫でたい衝動に駆られたが、グッと我慢した。



 なんとも落ち着かない状態に四苦八苦していると、パピーから微かな緊張が伝わってくる。少し経つと、俺の気配察知にも反応があった。


 マジかよ。パピーの方が俺より索敵範囲が広い。匂いによるものだろうか? とにかく、あっさりとパピーに抜かれたことに軽いショックを受ける。


 今はそれどころじゃない、集中しないと。



 気配察知が捕らえた反応は、剣鹿ソード・ディアーの群れだった。気配隠蔽を発動したまま、群れが近付いてくるのを待つ。


 しばらく待っていると、泉に群れが近付いてくる。


 群れ全体の数は10体ほど。雄の群れだ。肉の味は雌の方が美味しいが、角が高く売れるので雄の方がありがたい。


 ただ、オスの角は危険だし、魔法も使ってくる。群れ全体に襲いかかられたら命はない。剣鹿ソード・ディアーは基本臆病で、襲撃されると逃げる傾向にある。


 それでも、パニックを起こして襲いかかってくる可能性がある。


 剣鹿ソード・ディアーはモンスターだ。モンスターは個体差が大きく、その行動はあくまでも傾向に過ぎない。以前に剣鹿ソード・ディアーを襲撃したときも、一体が反転して襲いかかってきたことがあった。


 地球の鹿に当てはめて考えるのは危険だ。


 さて、パピーはどう指示をだす。剣鹿ソード・ディアーは足が速い。下手なタイミングで仕掛ければ逃げられる。


 群れ全体で反撃されれば危険だ。


 襲撃されたとき、剣鹿ソード・ディアーがどういう反応を示すかも想像できない。群れは獲物が豊富だが、同時にリスクもはらんでいる。


 パピーが経験をつむにはいい機会かもしれない。


 あまりにもリスクが高い作戦なら中止すればいい。不測の事態が起きる可能性はあるが、リスクは避けられない。ある程度のことなら俺がフォローできる。


 俺がそう思っていると、パピーから想定外の指示が届く。なるほど、やってみるとしよう。



 しばらく身を潜め、剣鹿ソード・ディアーの警戒が緩むのを待つ。水場は危険なため、完全に気を抜くことはない。ただ、安全な時間が続けば気を抜く個体が現れる。


 雄で群れを作るのは、若い剣鹿ソード・ディアーだ。経験不足から警戒心が甘く、群れに弛緩した空気が漂い初めた。


 そのとき、パピーが茂みから飛び出した。群れの方ではなく、全く別の方向に向かって走る。剣鹿ソード・ディアーがパピーに気を取られた瞬間。


 俺は投擲スキルを使って、黒鋼のナイフを投擲していた。


 油断していた若い個体を狙う。前足の少し上、心臓めがけてナイフが投擲される。群れの端にいた個体の心臓に、吸い込まれるようにナイフが刺さる。


 心臓にナイフが刺さった剣鹿ソード・ディアーは悲鳴を上げながら走り出す。その悲鳴を聞いた群れは、一斉に逃亡を開始する。


 心臓にナイフが刺さった若い雄の剣鹿ソード・ディアーは、ナイフが刺さったまま、十数メートル走って息絶えた。


 すごい生命力だ。俺は慎重に近づき、死亡を確認する。


 適当な木の棒を拾い、穴を掘る。腐葉土が堆積した土は柔らかく、レベル補正で強化された力であっという間に穴が掘れた。


 剣鹿ソード・ディアーに刺さったままのナイフを引き抜く。引き抜いたナイフで首を切り、血を抜く。あまり血が出ない。


 一瞬不思議に思ったが、胸をナイフで切り開くと大量の血が流れた。


 心臓から大量出血していたようだ。中に血が溜まって表に出なかったのだろう。そのまま内臓を抜き、穴に入れる。


 食べられる内臓もあるが、買取はしてくれないので捨ててしまう。鹿の肝臓は美味いが、処理に手間が掛かる。


 今日は普通に肉を食べよう。高価な角も手に入れたので、肉を売って金を稼ぐ必要はなくなった。ガッツリ食べてしまおう。


 角のサイズはそこそこだ。群れを作るのは若い剣鹿ソード・ディアーなので、特大サイズとはいかない。


 それでも貴重な品だ、これらは高く売れるだろう。


 高価な角を慎重に切り落とすと、木の蔓を使い剣鹿ソード・ディアーを縛り泉に沈める。やはり水場が近いと処理が楽だ。


 パピーが帰ってこないので、心配になって様子を見に行くことにした。パピーが走った方向に向かうと、気配察知に反応があった。


 パピーに近づくと、自分の仕留めた剣鹿ソード・ディアーを運ぼうと四苦八苦しているパピーに遭遇した。自分でも仕留めたのか、すごいな。


 剣鹿ソード・ディアーの右後ろ足は、足首あたりから千切れている。あそこに噛み付いたのだろう。止めは首に一撃。首の一部が抉れている。


 頸動脈を切ったのか、血溜まりが出来ていた。まさか、パピー単体で仕留めるとは……。これで俺がいつくたばっても安心だ。


「ヘイ、パピー。グッガール、グッガール」


 俺は誇らしげにこちらを見るパピーを、ガシガシと乱暴に撫でた。


「わんわん!」


 パピーは興奮しながら、手に頭を擦り付ける。


 ひとしきりパピーを撫でた後、パピーの仕留めた剣鹿ソード・ディアーを運んで解体する。角が二対か……思わぬ収入に顔がほころぶ。

 

 さっきと同じ解体作業をしながら、俺は驚いていた。まさかパピーが飛び道具を使った作戦を立てるとは。


 いくらスキルがあるといっても距離がある。成功する確率は低かった。


 今回はたまたまうまく行ったが、同じことをもう一度やれば、失敗する確率の方が高いだろう。


 群れが大きいから、安全策を取ったと思った。


 しかし、実際は二段構えだったようだ。パピーが飛び出して、意識をそらす。そして、剣鹿ソード・ディアーたちが逃げるであろう進行方向に身を隠す。


 群れが逃げるために走ると、当然体力のない剣鹿ソード・ディアーは群れの最後尾になる。その剣鹿ソード・ディアーを、待ち伏せしていたパピーが襲撃する。


 俺のナイフが外れても、パピーが逃げてくる剣鹿ソード・ディアーを仕留められるので、肉がゲットできるというわけだ。


 パピーが相手にするのは、逃げることに意識を取られた群れ最弱の相手だ。比較的リスクが少ない状態で戦える。


 俺の持っている手札を正確に把握する能力。剣鹿ソード・ディアーの逃亡方向を正確に予測する能力。自分よりも大きな剣鹿ソード・ディアーを確実に仕留める能力。


 パピーはあらゆる能力があると証明してみせた。


 作戦も、俺が立てる作戦よりよっぽど優秀だ。安全な遠距離攻撃と、能力の劣る最後尾の獲物狙い。リスクを削り、獲物を確保する確率もある程度高い。


 俺の投げナイフは当たれば儲けもの。メインの狙いは最後尾の剣鹿ソード・ディアー狙いだったようだ。


 頼りになる相棒で嬉しいような、子狼に負けていることが悲しいような、なんともいえない複雑な気分だ。へこんでいる場合じゃない。俺は気持ちを切り替える。


 パピーが優れているのなら、俺も相棒としてもっと上に行かなければいけない。肉が冷えるまでの時間、技術を磨くとしよう。


 気配察知に反応はない。技を見られる心配はなさそうだ。俺は精神を集中させると、集中力を高めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コミック十巻、本日発売です。
↓の画像をクリックすると詳細が表示されます。
i000000
― 新着の感想 ―
[気になる点] せっかく一般的な なろう系とは違う良質な異世界サバイバルになってるのに、ありがちな動物モフモフ癒され系は必要ないと思う。差別化出来てるのにワザワザ寄せてる感じが無駄に思える。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ