トゥロン07
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
「え? ランクアップ申請ですか?」
個人情報ダダ漏れじゃねぇか。
金貨10枚と合わせて金貨30枚。
これで、マシな革鎧といい靴が買えるかもしれない。
眠りから目覚めると、パピーが俺の胸に乗っかり眠っていた。少しの重さと暖かさ。触れ合うお互いの鼓動が重なる。
俺の鼓動より、倍は速いパピーの鼓動を感じる。
俺はひとりじゃない、そう思える。憂鬱な気分を引きずっているし、テンションも上がらない。それでも昨日よりはマシになった。
君には助けてもらってばかりだな。俺はそう呟くと、パピーを優しくなでた。
しばらくして、パピーが目を覚ました。
俺はストレッチをして、宿の井戸で顔を洗う。朝食を食べ、歯を磨く。いつもと変わらない行動を心掛ける。
モンスターの徘徊する森とは違い、ここは城壁に囲まれた安全な町だ。だけど、町には町の危険がある。
道を歩いていると、突然後ろから刺される。なんてことが平気で起こりうる。
食事に毒を混ぜられるかもしれない。女性の色香に惑わされ、ベッドで殺されるかもしれない。森とは違った危険で溢れている。
それと同時に、森では味わえない素晴らしさもある。
しっかりと雨風の凌げる建物で眠れる。木の箱を並べ、その上に布の切れ端などを入れたズタ袋を置き、シーツを被せる。それだけのベッドでも、寝心地はぜんぜん違う。
日本のベッドとは比べるまでもないが、この世界では上等の部類に入る。布は柔らかく、清潔なシーツに包まれている。
枝がチクチクしたり、体中を虫に刺されることもない。
食事もそうだ。金を払えば、労力を払って飯を作る必要もない。それなりの食事にありつける。
だが、そのすべてが俺の心を揺さぶる。良いことも、悪いことも、どちらも精神が揺れ動く。
パフォーマンスを十全に発揮するためには、なるべくフラットでいなければならない。
この街で足場を固めるまで、感動も動揺もしないロボでいるべきだ。喜怒哀楽を感じている余裕など、今の俺にはない。
文明的な暮らしを求め、人里にやってきた。それなのに、この町で安全に暮らすには人間性を捨てなければならない。
全く、皮肉な話だ。
俺は食堂で食事を受け取り、部屋に運ぶ。追加料金を支払い、二人前にしてもらった。
部屋でパピーと朝食を楽しみ、腹がこなれたところで出かける準備をする。
装備を確認する。正直、昨日は宿に入ってからの記憶が曖昧だ。だが、武器の手入れはしっかり行っていたようだ。
装備に不備はなかった。出かける準備が完了した俺は、宿を後にする。
清潔な宿だった。飯も悪くない。今日の行動の結果次第だが、この宿を定宿にしてもいいかもしれない。
宿から少し歩き、メインストリートに出る。日暮れ間近の昨日と違い、朝のメインストリートは人で溢れていた。
多くの馬車や人が行き交い、人の熱が感じられた。やばいな、これは予想以上だ。これだけの人混みだと、すれ違いざまに狙うのは容易だ。
メインストリートは諦めて、裏路地を歩くとしよう。
東地区と呼ばれているここらへんなら、裏路地でも大丈夫だろう。夜になると危険だと思うが、日中なら平気だ。
メインストリートほどではないが、普通の人たちも通行している。スラム街の住人だとか、ヤバそうな雰囲気をまとった人間はいなさそうだ。
トゥロンの町は、区画整備がされているらしい。昨日は薄暗くてわかりづらかったが、碁盤の目のように整備されている。
とても歩きやすく、裏路地を進んでも迷子になることはなかった。
整理された都市計画も、メガド帝国から入ってきたのだろうか? そんな風に考えながら歩いていると、冒険者ギルドに着いた。
冒険者ギルドは、昨日と違い人で溢れていた。早朝は、掲示板から美味しい仕事を探す冒険者でいっぱいだった。
昨日対応してくれた受付嬢の列におとなしく並ぶ。他の冒険者数人から、よくない感情がこもった視線を投げかけられる。
弱そうだ、脅して金でも巻き上げるか。そんな侮蔑と嘲笑が混じった、暴力的な顔をしていた。
列に並びながら、仕掛けてきそうな冒険者をチェックする。体格、装備、仲間の人数。そうやって観察していると、列が進み順番が回ってきた。
「昨日、ランクアップ申請をお願いした者です。教会の予約はどうなったでしょうか?」
俺は、周囲に聞こえないように声を潜めて話す。
「はい、ランクアップ申請を予約された方ですね。本日の午前中なら、レベルスフィアの予約が入っていないそうです。これから教会に向かいますか?」
美人受付嬢が、元気いっぱいにしゃべる。大きな声で、俺がランクアップ申請を受けると周囲に伝えている。
ニコニコと笑い、天然系を装っている。昨日も怪しかった。そして、今のやり取りで確信した。この受付嬢は意図的に個人情報を流している。
俺を獲物としてみていた奴らの目線が変わった。レベル20が相手だとリスクが高いと判断したのだろう。さっきまでの嫌な視線を感じなくなった。
間接的に俺を守ろうとしての行動なら、ギルド職員として一流の判断だ。コイツは獲物に向いていないと、古参の冒険者に伝えている可能性もある。
どちらか判断はつかないが、敵であると想定したほうがリスクが少なくてすむ。さすが大都市トゥロンのギルド職員だ。全く油断ができない。
「はい、お願いします」
ランクアップ申請担当と紹介された、地味な顔をした男性職員と教会に向かう。
お互い無言で歩く。俺はコミュニケーション能力が高いほうじゃない。ギルド職員も話しかけてこない。
人混みを避けながら、教会へと歩く。俺は歩きながら逃走経路を想定して、頭に叩き込む。
教会のレベルを確認する秘宝は、レベルスフィアと呼ばれている。
迷宮都市マリベルで発見された秘宝の劣化版で、レベルしか判別できないとアルが言っていた。
しかし、教会が隠蔽しているだけかもしれない。実はもっと高性能で、レベル鑑定を受けにきた人間の情報を読み取り、管理している可能性がある。
物語などでも、血液を垂らすとすべての情報が登録されるタイプのギルド証は、データを冒険者組合に抜かれたりしていた。
俺には『怪物』のようなやばい称号がある。宗教的に敵と認定される称号などがあると、異端審問官のようなヤバイ奴に襲撃される危険性がある。
最悪の場合、その場で襲われるかもしれない。いざというときのために備えは必要だ。
ただ、その危険性は少ないと思っている。
大きな町の教会なら、ほとんど設置されているというレベルスフィア。そこまで高性能な秘宝を大量に設置するのは、教会でも不可能だと思う。
教会にレベルスフィアが設置されたのは、迷宮都市マリベルで詳細なステータスが見れる秘宝が発見されるかなり前だ。
教会のレベルスフィアが高性能なら、マリベル事変と言われた、秘宝を巡る騒動にはならなかったと思う。
教会側がメガド帝国の皇帝にすら情報を秘匿している可能性があるため、一応は警戒しておく必要はある。可能性は低そうだけどな。
冒険者ギルドがある東地区と呼ばれている区画から、中央区と呼ばれている区画へと移動した。
トゥロンは、東、西、南、北、中央の5つのブロックに別れている。西は海に面した港があり、北は城主の城と貴族の居住地がある。中央区は商業施設が多い。
中央区の商業施設も、隣接する区画の特色が出ている。中央区の北側は貴族向けの高級店が多く、歩く人々も上等な服を着ている。
目指す教会は北側にあるらしく、場違い感がすごい。通行人にジロジロと見られながら、ギルド職員の後ろを歩いた。
ギルドの近くにある小さな教会で、パパっと鑑定するぐらいに思っていた。先に身なりを整えたほうがよかったかもしれない。
いや、下手に上等な格好をしていると、教会に多額の寄付を求められるかもしれない。回復魔法と違い、手を抜かれることもない。
むしろ、小汚い格好の方がいい。
周囲の人間に、嫌そうにジロジロ見られるのはいつものことだしな。侮蔑や軽蔑ではなく、害意にだけ気を付ければいい。
目を合わせてイチャモンを付けられても困る。通行人と目を合わせないようにしながら、周囲を警戒して歩く。
しかし遠いな、結構な時間を歩いている。外壁を見ただけでデカイ街だと思ったが、実際に歩くとかなり距離がある。
場違いな貴族向けの商店街を抜け、北区の方へと歩く。おいおい、大丈夫か? こっちに教会らしき建物なんてないぞ。
俺が不安に思っていると、ギルド職員の目的地がわかった。中央区の北側は平屋が多く、5階建てのようなデカイ建物はなかった。
そのおかげで見通しがいい。中央区と北区を区切る壁の前に、巨大な建物がある。どうやら、ギルド職員はそこに向かっているみたいだ。
アレが教会なのか? あまりにも巨大で武骨な建物なので、軍事施設だと思っていた。丁度、北区の前にあるからな。
教会ってもっと、装飾されているイメージだったけどな。屋根はとん◯りコーンみたいな形の塔が何本も建っていて、壁は綺麗な装飾が施されているイメージだ。
ロック・クリフの司祭を見た感じ、それと周囲の評判を総合すると、教会ってのはろくでもない。だから、もっと成金丸出しの下品な建物を想像していた。
こんな分厚い壁と、シンプルな構造だとは夢にも思わなかった。建物に使うのが適正なのかわからないが、質実剛健という言葉が浮んだ。
建物自体はシンプルだが、こんなに巨大な教会を維持している。この町でも、教会は強い影響力を持っていると見て間違いない。
敵対しないように、細心の注意を払わなければ。
教会の入り口には頑丈そうな門があり、今は大きく開かれている。まるで怪物が大きく口を開けているようだった。
怪物の口に、人々が飲まれていく。その異様に少し怖気づいた。
マイペースなギルド職員は、俺の葛藤など気にも留めない。今までと同じようにスタスタと教会へと入っていった。
俺は意を決して、教会へと足を踏み入れた。