トゥロン06
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
子供の手には、俺の財布(革袋)が握られていた。
「俺様の獲物を勝手に奪ってんじゃねぇ」
「うぎゃあああ、やめてくれ、やめ」
子供の悲鳴が耳にこびりついて離れない。
最悪の気分だが、感情に振り回されている場合じゃない。
入市の待ち時間が思ったよりも短かった。それでもかなりの時間が経っている。日が沈みかけていた。
こんなクソみたいな治安の町で宿無しなんてゾッとする。冒険者ギルドに行って、宿を紹介して貰おう。
俺は適当な屋台で金を渡し、冒険者ギルドの場所を尋ねた。
冒険者ギルドは、その性質上入り口に近いことが多い。適当に歩いていれば見つかるだろうと思っていたが、見つからなかった。
屋台の親父によると、町の東側にも入り口がある。東側の入り口のすぐ近くに、冒険者ギルドがあるとのことだった。
俺の入った南側の門は治安が悪く、護衛を多く雇えない行商人は東門から入るそうだ。待ち時間が少なかったのは効率的な入市システムだけじゃなく、人気のない出入り口だったからという理由もあったみたいだ。
屋台の親父に聞いた通り、メインストリートをまっすぐ進む。下手に裏道などを使うより、遠回りになってもメインストリートを進んだほうが良いと言われた。
この地区は治安が良くない。下手に裏路地に入ると、トラブルに巻き込まれる危険があるそうだ。
メインストリートを歩いていたのに、トラブルに巻き込まれたんですけど……。
隙があった俺にも責任がある。これ以上のトラブルを避けるため、警戒しながらメインストリートを歩くことにした。
屋台の親父に礼をいい、その場を離れた。
交易都市と言われているだけあり、しっかりと道路は整備されていた。治安の悪い地域にもかかわらず、メインストリートの整備は完璧だ。
隙間、段差が殆ど無い石畳。馬車がすれ違える広い道幅。メンテナンスも行き届いており、石が欠けていたり、穴が空いていることもない。
雨の排水も、しっかり考えられている。道に少しだけ傾斜がついており、排水口に流れ込むようになっている。
これもメガド帝国の技術だろうか? 道ひとつとっても、今までの都市とは全く違う。進んだ文明を強く感じさせた。
馬糞などもしっかり掃除されていて、道は清潔に保たれている。首輪をした奴隷らしき人たちが、巡回して馬糞を片付けている。
これまでも奴隷を見たことはあるが、大抵表からは見えないところで労働させていた。ここまで堂々と奴隷を表に出していることに衝撃を覚えた。
当然、奴隷がいることは知っている。戦争奴隷、犯罪奴隷、借金奴隷。形は様々だが、奴隷という身分の人たちがいることは知っていた。
日本の倫理観で思うこともあるが、奴隷を解放しろ! なんて青臭いことを言うつもりはない。
文明が成熟すれば、奴隷制度はなくなる。労働力の問題、倫理観、基本的人権という思想。社会が成熟すれば、やがて消えていくものだ。
存在しているということは、社会にとって必要な存在なのだろう。自分がその立場になるのは嫌だし、奴隷の人には同情を覚えるがそれだけだ。
だが、見ていて気持ちの良いものではない。それに、少国家群の価値観では奴隷は人目につかないところで働かされるものだった。
汚い、人の目に触れさせてはいけないものとして、忌避感をもって扱われている。こんな風に堂々と町のメインストリートで見かけるのは初めてだった。
奴隷は基本的に人権がなく、鉱山などの危険な仕事に従事している。
他にも、モンスター相手の肉壁、やべぇ性癖を持った変態相手の娼婦など、長生きできない仕事が殆どだ。
街で働いている奴隷も、糞尿の処理など人目につかない場所でひっそり働いている。そういった、町中で働く奴隷とは関わる機会がなかった。
スラムのガキといい、奴隷といい、今まで目をそむけてきた物が目の前に突きつけられる。
この世界の住人は、当たり前のものとして受け入れている。いつまでも前世のくだらない価値観に引きずられる自分を嘲笑しつつ、町を歩く。
少し歩くと、高層建築の隙間から城壁が見えた。内壁? あぁ、そうか。町を拡張するたび、町を囲む城壁を作っているのか。
壁では衛兵が検問をしていた。おとなしく列に並んでいると、俺の後ろに並んでいた男がジロジロと俺を見ている。
「なにか御用ですか?」
「いえ、あのですね……」
ジロジロと俺の方を見ていた男に話しかけるが、言葉を濁している。威圧的にならないように気を付け、男に尋ねた。
男の話をまとめると、小汚い格好だと門の内側に入れないそうだ。とても言葉を選んで話してくれた。
初めてこの町に来た人間はそのことを知らずに、衛兵と揉めることが多いそうだ。俺は男に礼を言うと、銅貨を数枚渡した。
男は少しだけ遠慮したあと、受け取った。
大した額じゃないが、エール一杯ぐらいは飲めるだろう。善意からなのか、それとも俺が揉めると門の内側に入るのが遅れるからなのか。
理由はわからないが、有益な情報を教えてくれた。ちょっとした対価ぐらいは当然だろう。
改めて自分の格好を見る。たしかに小汚い。ゲイリーに斬られた革鎧は無理やり革紐で縫い付けてある。森を通ってきたため、服も汚れている。
しまったなぁ……。体を綺麗に洗って、背嚢の肥やしになっている執事服でも着ればよかった。
こまめに川で体を洗っていたから、スラムの住人よりはマシだとは思うが……。
「次!」
衛兵に呼ばれ、俺は前に出る。荷物をチェックされ、ボディチェックをされる。すべてが終わったあと、衛兵は俺の全身を眺めながら思案していた。
俺はすかさず、賄賂を渡す。
「お役目、お疲れ様です」
俺はそう言いながら、笑顔で銀貨を1枚渡した。即座に侵入禁止とは言われなかった。微妙なラインだったのかもしれない。
一度追い返されたら、身奇麗にして戻ってきても追い出される可能性がある。また順番を並ぶのも面倒くさい。
衛兵は、渡された賄賂を確認した。
「通ってよし!」
相場がわからなくて不安だったが、なんとかなった。俺は内壁を越え中に入る。
門から進み、南地区を離れるほど治安が良くなる気がした。南地区は裏路地にはやべぇ雰囲気が漂っていて、道も整備が行き届いていなかった。
しかし、門を通ったこちら側は裏路地も綺麗だし、やべぇ空気も感じられない。街ゆく人も小奇麗で、裕福そうな人も歩いている。
ただ、こちら側でも奴隷が目立つ。
今までの少国家群の国々と違い、奴隷を表に出すのが普通のようだ。単純労働に奴隷を使っているのか、かなりの数を見かける。
意外なことに、皆そこそこ小奇麗だ。ボロを着せられているわけでもなく、ガリガリに痩せているわけでもない。なんなら、俺のほうが小汚いぐらいだ。
俺は急に恥ずかしくなった。早く冒険者ギルドに行って、宿を紹介してもらうとしよう。俺は少し歩く速度を早めた。
メインストリートを進むと、十字路に差し掛かる。この十字路を東に行けば、冒険者ギルドがあるはずだ。
日が沈んできている。俺は周りの迷惑にならない程度に、足を早めた。
結構な時間を歩くと、漸く特徴的な看板が見えてきた。街の規模の割には普通のサイズのギルドだった。
どでかくて、5階建てぐらいの建物を想像していた。意外にもロック・クリフのギルドと大差なく、2階建てで、大きめの宿屋ぐらいのサイズだった。
ギルドに入ると、受付カウンターは3つ。受付嬢は全員美人だった。さすが大都市トゥロン。ギルドに併設されている酒場では、冒険者たちが盛り上がっている。
俺は冒険者たちが騒ぐ声を聞きながら、おとなしく列に並んだ。
珍しく絡まれなかった。このまま何事もなく、無事に用件が終わるように願う。今は精神状態が不安定だ。
絡まれると、過剰に反応してしまう可能性がある。
町に来た初日に殺しはまずい。せめて冒険者ランク5の認定を受けるまではおとなしくしていないと。俺は祈るような気持ちで順番を待った。
俺の順番が来ると、受付嬢は言った。
「トゥロンの冒険者ギルドへようこそ、どのような御用でしょうか?」
「ランクアップ申請をしたいので、手続きをお願いします。あと毛皮の買い取りもお願いします」
「え? ランクアップ申請ですか?」
受付嬢が驚きの声を上げる。
レベル5以上の冒険者は、条件にレベルが定められている。そのためレベルが規定を超えていると証明する必要がある。
ランクアップ申請とは、教会でのレベル確認にギルド職員が同行してもらい、規定のレベルに到達していることを証明するための手続きだ。
俺の格好はどう見ても、食い詰めた雑魚冒険者といった風貌だ。だけど、大声でランクアップ申請とか言うなよ、個人情報ダダ漏れじゃねぇか。
驚いたにしても、それを態度に出すんじゃねぇよ。一応プロだろアンタ。この時点で俺の受付嬢に対する評価は最低になった。美人でも許せる範囲を超えている。
驚きと共に、疑わしげな視線を送ってきた。しかし、腐ってもプロの受付嬢。一瞬で気持ちを切り替えて対応してきた。
「教会への予約が必要になりますので、今日は不可能です」
「いつなら大丈夫でしょうか?」
「教会の方へ確認を取りますので、お手数ですが明日の昼頃またいらしてください」
「はい、了解しました」
さすがに、今すぐこの場でとはいかないらしい。おすすめの宿を聞く予定だったが、この受付嬢は信頼できない。別の人物に聞くとしよう。
「毛皮の買い取りの方はあちらの買取カウンターへお願いします」
「はい、ありがとうございました」
俺は買取カウンターへと向かった。
買取カウンターで殺人兎の毛皮を出すと、買取所の親父が興奮して大変だった。周囲にばれないように慌てて口を押さえた。
買取所に貴重な物を持ち込んだとバレれば金を持っていると判断されて狙われる可能性がある。
このギルドは個人情報の扱いがひどい気がする。どこかで俺の情報が漏れたと想定したほうが良さそうだ。
最近、大金を手に入れた、弱そうな冒険者の情報。高く売れそうな情報だ。嫌な気分になるぜ全く。
殺人兎の毛皮は金貨20枚で売れた。これには驚いた。最初は10枚だったがゴネにゴネたら倍にまで跳ね上がった。
最初はどれだけ低い値を付けてやがったんだって話だよ。20枚でも買い取ったということは、それでも利益が見込めるということだ。
もちろん、販売経路がない俺には不可能なので、金貨20枚で満足している。アルゴにもらった金貨10枚と合わせて金貨30枚。
これで、マシな革鎧といい靴が買えるかもしれない。最悪な気分が少しはマシになった。
俺は買取所の親父に教えてもらった、高くてもセキュリティのしっかりした宿で部屋を取った。
部屋に入ると、フードからパピーがピョコンと飛び出した。ランクが5になるまで、パピーはなるべく人目に触れさせないようにしている。ランク5になれば、下手なちょっかいを掛けられる可能性は減るだろうと考えてのことだ。
ずっと窮屈な思いをさせてごめんね。俺はパピーを撫でる。
「わふわふ」
パピーは嬉しそうに目を細めた。回路を通して、気にしないでと伝わってきた。ありがとう。俺は感謝の気持ちを込めて、パピーをなで続けた。
宿に向かう途中、店じまいの準備をしている屋台があった。交渉して、売れ残りを半額で買ってきた。物価が高いので、半額でもそこそこの値段に感じた。
値段が高い分、香辛料などが使われていた。そのおかげで、少し冷めた串焼きでも十分美味しく感じられた。俺はパピーと二人で串焼きを味わいながら食べた。
俺は、串焼きをはぐはぐと美味しそうに食べるパピーを見て、とても癒やされていた。
今でも、子供の腕を折った感触と悲鳴が頭から離れない。この気持ちと向き合わなければいけない。自分で乗り越える必要がある。
だけど、今だけは……。