トゥロン04
Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)
「ナイス、パピー」
殺人兎の解体を済ませたら、トゥロンへ旅立つ準備をしよう。
そろそろ、こっちの世界の童貞も捨てたい。
期待と不安の入り交じった夜は更けていく。
眠りから目覚めた俺は、いつものようにストレッチをする。人間に備わっている体内時計ってのはたいした物だ。
慣れてくると、目覚ましがなくても、なんとなく起きたい時間に起きられるようになる。空はまだ薄暗く、群青色に染まっている。
太陽が昇り始めたぐらいの時間だ。朝食が終われば、日が昇り出発できる時間になる。
さて、朝食は何にしよう。殺人兎の肉を食べてしまえば、荷物が軽くなる。
兎肉も熟成が必要だが、冷蔵技術がない世界の熟成は腐敗と紙一重だ。多少肉が固くても、レベル補正で咬合力が上がっているから平気で噛み切れる。
熟成していないことで足りないと感じるうま味も、魔素味があるので補える。
問題は、中毒状態なのに格4のモンスターの肉を食べて大丈夫か? という部分に尽きる。
ただ、五感強化を使用しなければ大丈夫だという確信にも似た思いがある。
これは食べたいという気持ちが強すぎてそう感じているだけなのかもしれない。自分の感覚が信用できないというのは厄介だ。
迷ったが、食べることにした。格の高いモンスターの肉を避け続けることもできない。
格の高いモンスターの生息地域に行けば、食べられる肉は格の高い、高ランクモンスターの肉しかないのだ。
売ることも考えたが、パピーにご褒美として食べさせてあげたい。それに、俺だって食べたい。輸送中に腐るリスクもある。
ということで、朝飯は幻のモンスター、殺人兎の肉に決まりだ。本来はシチューを作りたかったが森で乳など手に入らない。
仕方なく、焼き肉にした。これがまたうまく、パピーは尻尾をぶんぶん振りながら夢中で食べていた。
俺も肉の美味しさに舌鼓を打った。
「熟成していないにもかかわらず、ギュッとうま味が凝縮された殺人兎の肉は、上品な甘みがある。独特の香気が鼻を抜け、舌だけでなく嗅覚も楽しませてくれる。多少の固さはあるが、強化された咬合力にはちょうどいい歯ごたえで、噛めば噛むほど味が出る、赤身肉ならではの旨さをしっかりと味わえる。ラービの肉は淡泊だが、殺人兎の肉は味が濃く、うま味も強い。格4のモンスターなので、魔素味も豊富で強烈な刺激が舌を通し脳を痺れさせる。貴族でも口にできない希少性もあり、自分だけの特別を感じられる。味覚とは別の優越感という点においても格別だ。胡椒がないので、肉の臭みを心配したが問題なかった。人によっては好き嫌いがあるかもしれないが、独特の香気があり、胡椒はこの風味を殺してしまうことになる。酒は苦手だが、赤ワインの香りと相性がいいかもしれない。じっくりとワインで煮ても素晴らしい味になりそうだ。脳みそはグロくて食べる気がしなかったが、パピーは美味しそうにゆでた物を食べていた。俺も一口食べれば良かった。だが、塩ゆでだと臭みがありそうだ。やはり料理用にワインを持ち運ぶべきだろうか? ブツブツブツ」
「ガフ!」
「いでぇ」
突然パピーに指を噛まれた。
回路を通して、「ヤジン、変」と言われた。
やべぇ、またおかしくなっていた。多少マシになったと思ったんだけどなぁ。
五感強化を使わなくても、格の高い肉はまだ早かったみたいだ。あの謎の確信は、食べたい気持ちが生んだ錯覚だったようだ。
魔素味が絡む食べ物に関しては、自分の感覚を信じないことにしよう。
他人を襲うとか、そういった系の暴走ではなかった。だけど、思い返すと相当気持ち悪い。恍惚とした表情で味の感想をブツブツと呟いていた。
日本でも即逮捕レベルの気持ち悪さだった。
「正気に戻してくれてありがとう、パピー」
「わふわふ」
俺はパピーを撫でる。パピーは、尻尾をぶんぶん振って喜んでくれた。美味しいお肉と俺に褒められたことでテンションが上がっている。
ピョンと俺の肩に乗ると、ペロペロと顔を舐めてきた。
「はは、止めろよパピー」
「ペロペロ」
俺も嫌がりながらもまんざらじゃない。パピーといちゃついていると、そういえばパピーは脳みそを食べてまだ歯を磨いていないということに気付く。
パピーは可愛いが、さすがにアレだ。舐めてくるパピーを止め、歯磨きタイムに突入する。
塩を歯磨き粉に、繊維の多い枝で歯を磨く。こちらの世界は、繊維が柔らかい木の枝を使って歯磨きをする。
奥歯でガジガジ噛んで、自分で固さを調節して歯を磨く。俺はレベル補正で頑丈になっている。固めにして、丁寧でありながら素早く磨く。
枝をパピーの前に持って行くと、パピーは自分で好みの固さにガジガジと噛む。パピーは柔らかめの房多めが好きみたいだ。
パピーは歯磨きが苦手で、磨かれている間はカチコチに固まってじっと耐える。その姿が愛らしくて悶えてしまう。
癒やし効果が半端ない。パピーがいなかったら、俺は確実にヤバいことになっている。
おそらく、ストレスでダークサイドに堕ち、事件を起こして、早々に討伐されていると思う。
俺はパピーに感謝の気持ちを込めて、丁寧に歯を磨いた。
俺がおかしくなったり、パピーといちゃいちゃしたせいで、少し出発が遅れた。だが、日はまだ高い。
カトーリ村からトゥロンまでは、街道を馬車で2、3日ぐらいと聞いた。森を最短距離で突っ切れば、一日で着けるかもしれない。
そこまで急ぐ必要もないが、そろそろ大都市の文明が恋しい。
俺は風呂に入りたいし、パピーも風呂に入れてあげたい。石鹸でパピーを綺麗に洗って、ブラッシングもしてあげたい。
俺は荷物を担ぎ、パピーと森を移動した。
気配察知を使い、モンスターを避けるように移動した。かなりのペースで進んだが、さすがに一日では着かなかった。
火を熾し、適当に寝床を作ると、パピーを抱きしめて寝る。
暖かくて落ち着く。パピーの鼓動を感じながら、俺は眠りに落ちた。
朝、目を覚ます。珍しく夜間の襲撃がなかった。そんなこともあるか、そう思いストレッチをする。
朝食に干し肉を入れた麦粥を食べ、森を移動する。
昼前に森を抜け、街道にでた。街道はトゥロンに近いらしく、馬車と護衛の冒険者が街道中にいる。
森から出たときは、護衛の冒険者がモンスターと勘違いして、警戒していた。
なんか、すまん。
街道から目を凝らすと、遠くの方にでかい都市が見えた。
港らしき場所には巨大な船が見える。あれが交易船か、想像よりでかい。
外洋にでないので、船は小さい船が中心だと思い込んでいた。品物を多く運ぶためには、船もでかくなるよな。
近くで見たい。大きな帆船なんて、地球にいた頃でも見たことがない。なぜか男心が擽られる。気がつくと街道を歩くペースが速くなっていた。
俺のような一人旅(フードにパピーが隠れているので正確には二人旅)は殆どおらず、乗合馬車で移動する人たちか商人と護衛が多かった。
乗合馬車も使わず、一人で移動している俺は怪しく見えるらしい。馬車とすれ違うたび、冒険者たちが威圧してくる。
こんな白昼堂々、単独で馬車を襲うわけがねぇだろ。そう思うが、彼らもしっかり仕事をしている。そう考えると、怒るのもおかしい気がする。
うん、気にしないようにしよう。色々と面倒くさくなった俺は、走ってとっとと、トゥロンに向かうことにした。
徐々にトゥロンが近付いてくると、その巨大さが浮き彫りになる。遠くで見ていたときもでかいと思ったが、見下ろすアングルではなかったので、全体が見えなかった。
トゥロンに近付くと、前方の視界がすべて都市で埋め尽くされている。トゥロンを囲むように、設置されている城壁だけでも、恐ろしい規模だ。
さすがにロック・クリフほどの高さと厚みはないが、高さは8~12メートルぐらいはありそうだ。監視塔などもあり、防御力は高いと思う。
あのぐらいの高さなら平気で越えられそうだが、監視が厳しい。兵士の巡回もかなり頻繁に行われている。
さすが、人と金が集まる大都市だ。防犯意識が高い。この世界は、それなりのレベルになれば簡単に城壁ぐらい越えられる。
巡回による人の目を使った確認が、一番の防犯になると理解しているみたいだ。壁を越えて逃走は厳しいかもしれない。
夜にならないとわからない部分もあるが、今まで見た都市で一番警備が厳しい。
近くで警備関係をジロジロ見ると怪しまれる。だから五感強化で視力を強化して、遠くから確認していたけど、別の嫌な物も見える。
五感強化など使う必要がないぐらい、入り口に行列ができているのが見える。うへぇ、今日中に入れるかな? しゃれにならんぞ。
入市だけでも数日かかるとかじゃないだろうな? 毛皮が傷んでしまう。
トゥロンの入市検査は露骨な賄賂を要求しないとカトーリ村の村長に聞いたので、毛皮を奪われるなどの心配はあまりしていない。
だが、ここまでの行列は予想外だった。
大人しく待つしかない。俺は足早に進み、列の最後尾に付いた。
ぼーっと待っていると、ガンガン列が進んでいく、今までにない速度だ。間違えて貴族向けの入り口にでも並んだのか? そう思うほど列が進む。
体感で4時間ほど待っていると、列に並んでいる段階で兵士が荷物検査をしていた。並んでいる状態で先に検査を済ませるみたいだ。
俺もボディーチェックと荷物検査をされ、入市税を要求された。このとき、パピーの入市で少し揉めた。
なので、俺の言うことを完璧に理解でき、指示を聞くことを証明した。それでも、前例がないと嫌がった。
しかたがないので、賄賂を多めに渡す。
入市税の数倍の賄賂を渡すことになったが、パピーの入市を認めてくれた。賄賂と入市税でそれなりの出費になったが、仕方がない。
アルゴから受け取った報酬の金貨10枚は、手付かずで残っている。これだけあれば、しばらく金には困らないだろう。
金を受け取った兵士は、木札を渡し次の人の検査に移った。入市のときに、この木札を出せばいいらしい。
グラバースの入市に比べると、かなりスムーズに入市できた。素晴らしいシステムだ。
グラバースの門番のように、弱者から徹底的に搾取すれば、一度にでかい金額を稼げる。
それに比べると、少額の賄賂しか受け取れないので、門番の実入りが少ないように思える。しかし、これだけ人数がいれば、合計金額は相当な額になる。
いちいち一人一人に時間を掛けて、金をせびるよりよっぽど効率的だ。もっとも、圧倒的な入市人数を誇る、トゥロンだからできることだと思う。
門の近くまで来ると、巨大な門は壁で区切られている。馬車用、徒歩用、貴族用と細かく分けられている。
再度、簡単なボディーチェックをされ、徒歩用の出入り口のひとつに誘導される。そこで木札を渡せばあっという間に入市が完了した。
なんてシステマチックな入市なんだ。メガド帝国から来た方法なのだろうか? 今までの都市とは全く違う。
入市ひとつで、こんなに文明力を感じさせるとは……。トゥロン恐るべし。
俺はトゥロンに感じる、強い文明の香りに胸をときめかせていた。