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野人転生  作者: 野人
欲望の都市
101/179

トゥロン03

Previously on YazinTensei(前回までの野人転生は)


あらゆる誘惑がそこにはある。

腕のいい職人は大抵大都市に工房を構えている。

森で神経を研ぎ澄ます。

強い決意を胸に、俺は再び自然へと帰った。

「ピギー」


 森に悲鳴がこだまする。


「ナイス、パピー」


 俺は後ろ足を噛み付かれ、動きを止められた殺人兎キラー・ラビットの延髄にナイフを突き立てようとする。


 殺人兎キラー・ラビットは、後ろ足を噛み付かれたまま首をブンと振る。硬質化した切れ味鋭い耳がキンと音を立て、ナイフをはじく。


 さすが格4のモンスター。この状態でもあらがうか。俺は改めて、延髄に向かってナイフを下ろす。ゆっくりナイフを押し込むようにぐいっと力を入れる。


 殺人兎キラー・ラビットは耳でそれを受け止めなんとか防ごうとする。


 その状態で暴れ、パピーに噛み付かれた後ろ足を自由にしようとする動きまで見せている。追い詰められた野性はすごい力を発揮する。


 パピーの拘束も長くは持ちそうにない。


 俺は、ナイフとつばぜり合いをしている殺人兎キラー・ラビットの顔面を左手で掴む。ナイフはおとり、本命はこっちだ。


 俺は顔面を掴んだ左手を力任せにねじる。殺人兎キラー・ラビットの首の骨をへし折り、中の神経の束を切断するようにねじる。


「フン!」


 バキャリと小気味好い音がなり、殺人兎キラー・ラビットの体から力が抜ける。


 強敵だったが、不意打ちさえ防げればこっちの物だ。動きは速かったが、体が小さく、耐久力がない。


 パピーに後ろ足を噛まれた時点で、殺人兎キラー・ラビットの運命は決まっていた。




「ヘイ・パピー。グッガール、グッガール」


 あの動きの速い殺人兎キラー・ラビットを捕らえるなんてすごい。やはりパピーは優秀だ。


 俺はニコニコしながらパピーを撫でていると、回路パスを通して、首の怪我を治療してと言われた。そう言われて意識すると、少し痛みが走った。


 危なかった。回避が遅れていれば、頸動脈を切られていた。さすが、最も冒険者を殺しているモンスターと呼ばれている殺人兎キラー・ラビットだ。




 別名、初心者殺しニュービー・キラー。駆け出しがよく狩るラービの巣を乗っ取り、ラービを捕食しにきた奴を不意打ちで殺す。


 ラービを捕食対象にしている他のモンスター、冒険者にとっては、死神といっていい存在だ。


 森の浅い部分にも出現するため、急に格4のモンスターと戦うことになる。 


 出会った相手のほとんどが死んでしまう。素材が出回ることが少なく、レアなモンスターだと言われている。




 森を歩いていて、ラービの巣穴を発見した。夕飯にラービ肉でも食べるかと思い立ち、巣穴の出口を一カ所を除いて塞ぎ、煙でいぶし出そうとした。


 すると、ラービを捕獲するために塞いでいない出口から、すごい速度で殺人兎キラー・ラビットが飛び出してきた。


 とっさにかわしたが、首を浅く切られてしまった。後数センチ横なら、頸動脈をバッサリやられ、くたばっていただろう。




 俺は傷口を水で洗い流すと、ナール草をもぐもぐと咀嚼する。ペースト状になったナール草をベシっと首に貼り付け、布を巻き付けて固定した。


 一応、こまめに歯を磨いているので、ナール草の殺菌力が唾液に含まれている雑菌に負けないと思いたい。地球にいた頃も、口臭を指摘されたことはないからね。


 大丈夫だよね? パピーに『野人、口臭い』とか言われたら、おじさん立ち直れない。これからは、より丁寧に歯を磨くとしよう。


 殺人兎キラー・ラビットの素材は高く売れる。毛皮も傷を付けずに入手できた。拠点に戻り、丁寧に処理せねば。


 殺人兎キラー・ラビットの毛皮は貴族のお嬢様方に大人気。前足などを加工した、グロいアクセサリーは幸運のお守りとして、げんを担ぐ冒険者たちに人気だ。


 遭遇=死なので、生き残った上に殺人兎キラー・ラビットを仕留めた奴はラッキーということだろう。


 殺人兎キラー・ラビットを倒せるレベルの奴が、ラービを狩ることなんてめったにないから、ラッキーと言えばラッキーかもしれない。


 まぁ、実力がないと倒せないと思うけどね。


 殺人兎キラー・ラビットの素材が痛む前に売りに行かなければいけない。どれだけ丁寧に毛皮から、肉や脂肪をそぎ落としても、時間が経つと腐ってしまう。


 皮を保存するため、塩漬けにしたりするが、そこまで大量の塩は持っていない。


 殺人兎キラー・ラビットの解体を済ませたら、トゥロンへ旅立つ準備をしよう。


 野性を取り戻すため、森に入って一週間。短いように思えるが、内容の濃い一週間だった。おかげで感覚は研ぎ澄まされている。


 出発の準備はできた。夜が明けたら出発だ。俺は焚き火の炎を眺めながら、森に入った一週間を思い出していた。


 

 大泥猪ビッグ・クレイボアを仕留め、食料を確保した。いつも通り木の骨組みとヤシの葉で家を作った。水場も確保し、生活環境があっという間に整った。


 時間に余裕ができたので、果物や薬草などを探しつつ、周囲の探索をした。そして、ゴブリンの集落を発見した。


 集落全体で30体はいたと思う。粗末な小屋に住み、ホブゴブリンのリーダーの元、集団生活を営んでいた。


 彼らなりに規律を守りながら、烏合の衆ではなく、ちゃんとしたコミュニティーを形成していた。


 そうなると、ゴブリンといえども厄介だ。さすがに30匹を相手になどできない。


 討伐依頼は受けていない。ゴブリンは数が増えると厄介なため、殆どの町で常設依頼として耳の買い取りをしている。


 しかし、報酬は雀の涙だ。割に合わない。少し面倒だが、拠点を移すとしよう。そう考えたが、ある考えがひらめいた。


 対集団戦の練習になる。


 ロック・クリフでは、裏ギルドに顔が利くアルが仲間だった。グラバースでは、滞在期間の殆どをギルドの解体所に詰めていた。


 裏ギルドなどの厄介な勢力と揉めた経験がない。裏ギルドと揉めるつもりはないが、冒険者である以上、接触は避けられない。


 多少の賄賂ぐらいなら我慢するが、あまりにも要求がひどいと揉める危険性もある。我慢はするが、ついカッとなってやってしまうかもしれない。


 でかい町には、いくつもの裏ギルドが存在する。どこかと揉める危険性は常にある。揉めることはないだろうと楽天的に考えることはできない。


『冒険者』なんていうと、一般市民に迷惑を掛ける、厄介な暴力集団だと思われている。


 実際そうだし、一般人よりレベルの高い荒くれ者や犯罪者崩れが多いのも事実。


 だけど、社会的に見ると圧倒的弱者だ。常に搾取されている。それはもう悲惨なぐらい。


 ギルドで冒険者に提示されている報酬額はギルドの取り分1割と税金3~4割を引いた金額になっている。


 半分近くを抜かれている。それだけでも悲惨なのに、税金を徴収されているのに公共サービスを一切受けられない。


 一般人と違い人頭税を払っていないので、住人とは認められない。衛兵に頼ることもできないし、公平な裁判を受ける権利もない。


 衛兵に賄賂を要求されたり、不当拘束からの財産没収獄死コンボなんかもかましてくる。


 不当な拘束、財産の没収は、国の法で禁止されたりしているが、守られている側の冒険者にその知識がないためやりたい放題だ。相手が貴族なら言うまでもない。


 裏ギルドの連中にも食い物にされている。


 ある種、持ちつ持たれつの関係はあるが、必要悪として町に根を張る裏ギルドと流れ者の冒険者。


 権力者側としては、裏ギルドを優先する。そして、組織だって動いている裏ギルドは厄介だ。冒険者も四六時中気を張っているわけにもいかない。


 毒殺、ハニトラ、権力者の後ろ盾を使った冤罪。ありとあらゆる方法で冒険者を殺すことができる。多少腕が立つ個人程度では太刀打ちできない。


 ロック・クリフの買い取り所のように、地味に利益を吸い上げられることもあれば、堂々と上納金を要求されることもある。


 粗暴な冒険者の被害に遭っている。そんなイメージの一般市民も冒険者から搾取している。


 したたかな商人なんかは、衛兵と組んで不当に訴えを起こし、冒険者の財産を奪ったり奴隷に堕としたりする奴もいる。


 もっとも、やり過ぎると、冒険者たちに焼き討ちに遭うが。


 計算ができない奴も多いので、店で釣り銭をごまかされたり、粗悪品を高値で売りつけられたりもする。


 市場でも商品の販売を拒否したり、足下を見たりする。


 一般市民は冒険者に迷惑を掛けられているが、一般市民の方も冒険者を食い物にしていることが多いのだ。


 ギルドに搾取され、衛兵に搾取され、裏ギルドに搾取され、一般市民に搾取される。これが冒険者の実態だ。


 もちろんごく一部しかいない、3級以上の上級冒険者になれば話は別だが。中級冒険者だとかなり一目おかれるし、金銭的にもかなり裕福だが、それでも搾取されているらしい。


 そんなくそったれな世界で、俺は幸運にも仲間に恵まれ、環境に恵まれた。裏ギルドに目を付けられることなく生きてきた。だが、今後もそうとは限らない。


 圧倒的な社会弱者である冒険者として、最も栄えている町に対して、危機感を最大にしておかないといけない。


 万が一裏ギルドと揉めたときに、集団相手にダメージを与える戦い方を学んだ方がいい。もちろん、逃げられるならそれが一番だけど。



 この集落は、対集団のスキルアップを図る最高の教材だ。


 ゴブリンは人間と違い、頭も悪い。戦闘力も上位種がそろっていない限り、たいしたことはない。練習相手としては最高だ。


 金ではなく経験のために、この集団を壊滅させる。


 もちろん、頭の悪いゴブリンとは違い、人間の集団はかなり厄介だろう。だが、いざ揉めたときに経験が少しでもあると体が動いてくれる。


 俺は未経験でも器用に動けるほど頭が良くない。一度経験しておく必要がある。

 


 俺は集落の様子をうかがいながら、一体ずつ仕留めていった。


 気配を殺し、追跡し、殺害する。痕跡を残さず、死体も発見させず。忽然とゴブリンが消えたように見せた。


 ばれないように静かにコトを運ぶ。パピーと連携を取りながら、緊張感を持ってゴブリンを一体ずつ暗殺していった。


 ゴブリン相手とは思えない緊張感。殺害場所、殺害方法、殺す順番。気配を消し、ゴブリンを追跡しながら様々な経験を積んでいく。


 ただの奇襲ではなく、痕跡を残さない暗殺。今までにない思考や行動。ばれたら終わりという緊張感が、短期間で俺の神経を研ぎ澄ました。


 


 痕跡もなく仲間が消えていく事態に集落は混乱し、徐々に規律が乱れていった。


 混乱するゴブリンたちをまとめるために、ホブゴブリンは暴力に訴えた。手っ取り早く人心を掌握する方法だが、反発もでかい。


 リーダーについて行けず、森の奥へ逃げ出したゴブリンを追跡して仕留めた。リーダーのホブゴブリンに反発する奴をホブゴブリンが始末してくれた。


 集落で戦えるオスの数は着実に減り、ホブゴブリンはいつもイライラするようになった。


 夜の見張りも雑になり、集落の構造も頭に入った。俺は5日目に夜襲を掛けた。真っ先にリーダーのホブゴブリンの寝首をかく。


 後は烏合の衆と化した、ゴブリンたちをパピーと仕留めた。


 身振り手振りで命乞いをするゴブリンを殺した。震えながら子供の前に立ち塞がる母ゴブリンを殺し、まだ赤子だったゴブリンを殺した。


 森には延焼しないように気を付けながら、集落に火を放った。ゴブリンに再利用されないようにだ。


 燃えさかる炎を見ながら思った。人型のモンスターを殺すのはキツい。それでも、こいつらを殺さないと、人間が被害を受ける。


 自分と関係ない人間がどうなろうと知ったことじゃない、そう思う自分もいる。


 だけど、ゴブリンを野放しにすると人が殺されたり女性が犯されたりする。そう考えると、ゴブリンに対しての嫌悪感が湧いてくる。


 群れが大きくなれば、被害も増える。今のうちにみなごろしにするしかない。


 これは、同種への帰属意識や雌を奪われないための雄としての本能的な反応なのだろうか? それとも、ゴブリンの親子を殺した自分を正当化するためなのだろうか? 


 どれでも構わない。


 俺の気持ちが楽になり、ゴブリンの被害が減るのならwin-winだ。



 集落に人間の女性が捕まっていなくて良かった。ゴブリンにさらわれた女性をみて、俺はどう対処しただろう。


 保護して優しくしただろうか? 楽にしてあげようと殺しただろうか? わからない。だけど冒険者を続けていく以上、覚悟はしないといけない。


 俺は村が燃え尽きるのを見た後、ゴブリンの生き残りを追跡した。微かな痕跡をたどり追い詰める。


 集落の襲撃と共に、良い経験になった。神経は研ぎ澄まされ、気持ちが戦闘モードに切り替わった。


 裏ギルドの連中は、スラムの子供に毒の付いたナイフを持たせ鉄砲玉に使う。相手が子供だからと躊躇した人間はあっさり殺される。


 ゴブリンの赤子を殺すのにためらいを覚えているようじゃ、トゥロンで生きてはいけない。


 用心や覚悟は大事だが、あまり神経を張り詰めすぎても良くない。


 何事もバランスが大事だ。俺はなるべくポジティブな思考になるように、大都市ならではの楽しいことを考える。


 そろそろ、こっちの世界の童貞も捨てたい。変な風にこじらせて結局チェリーのままだしなぁ。俺はスケベな妄想をしながら、だらしなく顔を緩める。


 あーでも、ハニートラップとか怖いなぁ。性病も怖いし、娼婦のオネェさんに事務的に処理されるとそれはそれで切ないし。我ながら変な風にこじらせた物だ。


 揺らめく焚き火を眺めながら、期待と不安の入り交じった夜はけていく。

 

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コミック十巻、本日発売です。
↓の画像をクリックすると詳細が表示されます。
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― 新着の感想 ―
野人の活躍を楽しく読ませて頂いています。 ケチをつける訳では無いのですが、集落で人間の女性の痕跡が無いのにゴブリンの赤子が居るのに違和感を感じました。 また母ゴブリンという存在も、ゴブリンにはメスは居…
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