「あのショートざるだぞ」
「あのショートざるだぞ」とは、2035年のプロ野球の試合において、ショートの選手がグローブではなく「ざる」を持って初回の守備出たのを発見した、ある観客の言葉である。
当然会場はざわめき、実況も困惑した様子であったが、いざ試合が開始されると当人が「ざる」を使った見事な守備を見せ続け、多くの走塁を阻止しチームを勝利に導いた。
試合の後この「ざる」守備は多くの反響を呼び、ルール上問題があるのではないか、グローブの方が捕球しやすいに決まっているではないかと激しい議論が沸き起こった。しかし、投手や捕手以外の選手が「ざる」を着用し守備につくのはルール上問題がないと公式に発表され、また使い方によっては「ざる」がグローブ以上の捕球性能を発揮すると科学的に検証した論文が発表されるや否や、野球の守備はざるでつくもの、という方向転換が急激になされ始めた。
当初は、「どのざるが最も捕球性能が高いか」をめぐって、選手が家庭から様々な「ざる」を持ち寄って守備につくのが野球の醍醐味となった。中にはざるそばに使われるような竹製の「ざる」を使用する者もいたが、打球の勢いに耐えきれずすぐに破損してしまうため、金網の「ざる」がすぐに主流となった。
数々のスポーツメーカーは、グローブの生産をとりやめて野球用「ざる」の開発を急ぎ、それができない会社は全て倒産してしまった。しかし、キッチン用品メーカーが、料理にも捕球にも使える「ざる」を数々開発し、当初の野球「ざる」シェアを独占する事態となった。
なお、初めて「ざる」で守備についたショートの選手は、晩年のインタビューにおいて「グローブと間違えてざるを持って来てしまった。プロとして監督にそんな事は言えないので、そのまま黙ってグラウンドに出て、死に物狂いでざるで球を捕った。今でも私は、あの『ざる』で野菜の水切りをしていますよ。ええ、水切りには抜群に使いやすいですね」と語っている。