第五回 父停年退職間近なる危殆
若人よ、夢もいいが現も大事。酔うな。
「仕事は如何した。」
剣呑に云いしは、森元が父上。
「否・・・そのだね・・・まあ、物書きを尠し、ね。」
と硬い口を割く。
「で、儲かっているんだろうな。」
グイ、と茶碗を仰いで、卓に打つ。
「まあ、余り、稼げてはいないな・・・。」
頭掻いて、伏目にもじつく。
「それじゃあ、生活は如何してる。」
目をへたくたとぎらつかせて、森元の面を除く。
「何とか、何とかね・・・」
矢張り、素手の行く手に迷いて、頭を掻かんや。
此如き状態に判然するであろうが、彼らの仲は聊か歪曲している。母が亡に、斯うして二人、向い合うのも稀。家を離れ、上京してよりは、既う二年顔も幷わせぬ始末。しても、当世には是が大概であるから、若人は孝悌を知らぬ。莫迦め。
「ちゃんと大学だって、行こうと思えば、行けただろう。母さんが亡くなったのは辛いだろうが、現をみろ。
而も、物書きだかなんだか知らんが、職もなしに、是から如何して行く。
父さんも既う長くは働けん、ナ、俺はお前を養えん訳だ。なあ、如何する積だ。」
「ああ・・・」
「ああじゃない。お前の悪い癖だ、其場凌ぎの空返答。」
「だが・・・僕は、小説を書いて、」
「莫迦め!まだ言うか!呆れたもんだ。物書きで食物が食えるか!
第一、有名になろうと、PCでも紙でも、書く奴あ処る。がな、其中、名を馳せるのは砂一握り。判るか?わかるだろう。
俺も昔には画家を目指した、だが職も無く、何も食わず、水も止められ、今になって莫迦だと思う。
もっと謂えば、其手の奴は夢や希望に酔って、普通じゃない。そら、自分が有名になって、皆にちやほやされたり、TVで流れりゃ嬉だろ。だがそんなは夢だ。虚構だ。
だからな、有名になって、売れるってのは、運命。判らんのだよ。努力は其運命の確立の底上げだ。判るだろ。なあ。
諦めろ、とは言わん。だがせめて職には就け。でないとお前は引き返せない処まで行くぞ!
最近の若いのは其れが判ってない、夢に酔う事の危殆をな。現をみろ!」
「ああ・・・」
して暗々の気の中、父は席を外した。