第1話 〜闇に住むハイエナ〜
雲一つない満月の夜。1つの村が彼らの標的となった。
_草木も眠る丑三つ時
「ーーーーッ」
静寂の中、音の響かない笛が吹かれる。外には響かないが聞く者の頭の中には甲高い音が響く。
激しい耳鳴りのような感覚に思わず耳をちぎりたくなる。
そんな笛の音に含まれる僅かな殺気を感じとり、眠っていた村人達が飛び起き、外に出てきた。
「…空だ!」
見張り役がいち早く気付いた。見張り台から身を乗り出し、下で困惑する仲間に空を指差し知らせる。
皆が一斉に空を見上げ、目を細めた。
輝く満月に照らされて1つの人影が宙を浮いていた。
月の逆光で顔ははっきりと見えなかったがその人物の瞳は紫色に妖しく光っていた。
「殺れ」
その人物が少し低めのよく通る声で言い放つ。
すると突然人影が消えた。そして一瞬で村人の1人の前に現れた。
紫と赤の配色を施した短刀で男に襲いかかる。
咄嗟のことに男は自らの腕で顔を覆い攻撃を防いだ。
キーンという金属同士がぶつかり合う甲高い音が2人の間に響いた。
「人体実験の噂は真だったか」
男の腕の皮膚の下から覗く金属を見下ろしながら淡々と話す。
男は小さく舌打ちをし、相手を睨みつけた。
あちこちで金属がぶつかり合う音が聞こえる。村は戦場と化していた。
「お前、何者だ」
腕に刺さる短刀を払いのけ、相手と距離をとる。全ての感情を抑えた声音で尋ねる。
「俺はシャッテン。アカツキの頭をしている」
“アカツキ”という言葉を聞き、僅かに顔が強ばった。
シャッテンがもう片方の手に真っ赤なクナイを持つ。
そのクナイは“赤い色”というよりも“赤い血”で出来ているかのように真っ赤だった。
右手には短刀を、左手にはクナイを構える。
そして男の首にクナイを突きつける。それを難なく躱し、懐から護身用の匕首を取り出し構えた。
「お頭、手伝います!」
後から出てきた若い村人と中年位の村人が助太刀にやって来た。
どうやら今まで相手をしていたのはこの村の頭だったようだ。
相手が1人から3人に増えてもシャッテンは少しも表情を変えなかった。先程と変わらず冷たい目を浮かべている。
シャッテンの前と左右に別れ、睨み合う。
するとシャッテンの背後付近に黒マントを羽織り、フードで顔を隠した仲間が近付く。
左右の男の顔をちらりと見て表情を伺う。すると右の若い男が一瞬だけ心配そうな視線を家の下に落とした。
「…家の地下にまだいる」
それだけ聞くと背後にいた仲間はその場を離れた。その姿を若い男は悔しそうに唇を噛み締めていた。
「若いな」
若い男は取り乱してしまい、シャッテンから目を離した。その隙にシャッテンは距離を詰め、男の腹にクナイを突き刺した。
刺された男の全身から一気に血の気が引き、青ざめていく。そして古代文字のようなものが浮かび上がった。
男は悶え苦しみやがて息絶えた。立つ力を失った体はその場にばたりと倒れた。
目の前に転がる死体を邪魔だと言わんばかりに踏みつけ、残る2人に近寄る。
状況をすぐさま判断し、中年の男がシャッテンの背後に周り、2人で挟む。
「血を抜き、呪い殺すクナイか。はは、随分と気味悪いもん持ってんな」
苦し紛れに笑うが頭の額には冷や汗が浮かび上がっており、つうっと頬を伝った。
お互い何も仕掛けないまま、ただただ沈黙がその場を包む。
何も仕掛けてこない相手に痺れを切らしたシャッテンが後ろの男の足を蹴りあげた。
完全に不意をつかれた男はバランスを崩し、なんとか立て直そうとするがそんな余裕があるはずなく、クナイが喉を掻っ切った。
男はバランスを崩したまま力なくその場に倒れ込んだ。
残る頭を仕留めようと後ろを振り返る。と、シャッテンの頬ギリギリを匕首が横切った。
シャッテンよりも先に頭が動いていたのだ。
匕首を短刀で弾き、クナイで刺しかかる。それをもう片方の腕で止められる。頭の腹を思いっきり蹴り距離をとる。
1度体勢を立て直しすぐさま頭に襲いかかった。クナイと短刀で交互に連続攻撃を仕掛けられ、押され気味の頭。
その速さは衰えることがなく、逆にだんだん速くなっていった。
(っく…バケモンかよ…!)
匕首でなんとか躱すがそれも限界に近づいてき、動きが鈍くなってきた。
それを見逃さずシャッテンは短刀とクナイの両方ですかさず首を刎ねた。
短刀に付着した血を振り払い、近くにあった家に入った。
中はがらんとしておりしんっと静まり返っていた。
息を潜め、気配を殺し、耳を澄ます。
ことっととても小さな物音が床下から聞こえる。音が聞こえた近くに行き、付近の床を叩く。
コンッ。1番軽い音のした床を調べると案の定そこは仕掛け扉になっており、床下に通じていた。
木が擦れあって軋む音とともに床が下に開いた。
下に降りると小さな悲鳴があがる。床下には女、子供が怯えた顔でうずくまっていた。
中は意外に広く10人から15人ぐらいが隠れていた。
クナイをしまい、短刀を右手に構える。
そしてなんの躊躇いもなく約3分の1を殺した。女、子供は目に大粒の涙を浮かべ、叫ぶことなど忘れて、ずっと寄り添いあって震えている。
その後も次々と殺されていき2分足らずでその場は血の海となった。
何も抵抗しない相手に肩をすくめる。
「呆気ない」
短刀の血をもう一度振り払い家を出る。
家を出ると戦いは既に終わっており村は再び静寂に包まれていた。
最初と変わっていることといえばそこら中に転がる死体だろう。
シャッテンの周りに9人の男女が集まった。
「くまなく探しましたが見つかりませんでした」
青紫の長髪に冷めた目をした少女が告げる。
少女の着ている白い服には返り血が数滴付着していた。
「まぁ他のお宝はたーくさんあったけどね〜」
白い短髪が所々跳ねている青年が宝を詰め込んだ袋を持ち上げニッと笑う。
「まぁいい。今日のところは撤退だ」
彼等の姿が消える。
近くの木には3つの爪痕にその真ん中に片目が彫られていた。
壊された瓦礫の下で死んでいる女に守られるようにして倒れている子供の胸が光った。