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魅惑の帝都

 帝都に立ち並ぶ多くの街灯が発する淡い光が、夜の闇に覆われるのを抗うように照らしている。


 そんな闇に覆われて人々から全く関心を持たれることのない、ビルの間の路地にコウキは女といた。

 人目をはばかるように、この暗闇の中に溶け込みながら熱い吐息を漏らしている。

 それは女の口からは抑えきれない声が原因であった。


 夜目が効くコウキの目から見ると、女の白い肌が紅潮しているのが分かる。

 じわじわと染まるにつれて声に艶が出て、今では完全に酔いしれている感じだ。

 男女の密会が冷たさを感じる夜に、熱いものを発している。


 しばらくそれは続くと、2人は体を震わせて、脱力するように尻から地べたに崩れ落ちた。

 女は肩で息をしながら、コウキに体を寄せ、首に手を回す。


 事の余韻に浸っている女は整わぬ息のまま、コウキに口づけをした。

 コウキの口の中に女の舌が潜り込むように入ると、2人は舌を絡ませる。

 唇を離した時に垂れた涎が、2人を繋ぐ糸のように見えた。


 顔を離したと思えば、すぐさまコウキの耳元に顔を寄せた。

 まだ艶やかな吐息を上げながら、甘く囁く。


 「本当に良かったわ……。最高だった……。あなたは?」

 「ああ、良かっ、」

 

 女の生温かな声に対して、コウキは相変わらずの冷たい声で返そうとした。

 その時、コウキは目を見開く。それが分かったのか、女はコウキの顔の前に自分の顔を移動させた。


 「ふふっ……、体が動かないでしょう? 私の唾液は遅効性の痺れ毒なの。その代り、効果はすごいわよ。あなたを生きたまま、静かに食べれるんだから」


 女の顔が崩れるように歪なものに変わり始めた。

 目がこぼれそうに大きなものに変わり、口角が伸びて、唇から鋭利な歯が見える。髪の毛は海藻のようにうねっている。

 人の形はしているが、顔は完全に妖魔だった。

 妖魔の気色の悪い顔と生々しい息が、更に妖魔としての存在を強調する。


 「最後に天国に昇れるような思いができたでしょう? それなら私にも良い思いをさせてね」

 「天国には先に行ってくれ」


 コウキが普通に妖魔の言葉に返事をしたことに、一瞬の動揺が生まれ、その一瞬に動きがあった。

 妖魔のこめかみにコウキが銃を付きつけ、引き金を絞る。


 1発で頭の一部が吹っ飛んだ妖魔に向けて、更に連続で銃弾を浴びせる。

 顔が原形をとどめない程に穴だらけになったのとは対照的に、艶めかしい体はそのままの形を保っており、少し経つと両方とも散って行った。


 妖魔が散った後に残った魔精骨を拾い上げると、服をただし、コウキと同じ様に闇に抗う街灯が照らす道に向かって歩き出した。


    ・    ・   ・


 「お前は何度言えば分かるんだ!? あっ!?」


 陽明社の中では収まりきらない程の大声をモリタカは上げていた。

 鼓膜があまりのうるささに、声を伝えないようにするためか高い音が耳の中で響いている。


 「今回は事前に言った。すぐに身元も分かっただろう?」

 「それにしてもだ! お前に何かあったらどうすんだ!?」

 「モっさんのお陰で大体の手口は掴めていた。危険じゃないと踏んだから始末した」

 

 コウキを心配しての怒りで、厳しい言葉を口にするモリタカに対して、あくまでも妖魔を倒したことしか説明をしなかった。


 「いやぁ、モリタカさん、大丈夫ですよ。コウキさんが大丈夫って思ったんですから。まぁ、美味しい思いをするとは思ってはいませんでしたけどねぇ~」

 「そう! そこだよ! お前があいつに突っ込…、まぁ、危険なことじゃなかったのか?」


 カズマはいやらしい目をコウキに向けながら言ったのに対して、モリタカはサヤを見て、言葉を濁してコウキに聞いた。

 サヤは特に会話に入らず、モリタカが買って来てくれた大福を食べながら、口の周りを白くしている。


 「モっさんから貰った情報だと、男の一物は無事だった。それに内臓を食われているのに痛みによる反応で、体にできるであろう擦り傷や、あがいた跡が見られなかった」

 「んで、おそらくは毒か何かだろ、って考えたのか?」

 「ああ。事前に毒を緩和させてくれる和漢と、魔精骨を合わせた粉薬を飲んでいた」


 連続して殺害された死体は全て男で、内臓などの柔らかい部分が喰い荒されていた。

 それに対してコウキは痛みなどを感じればできるであろう傷がないことから、殺して喰ったか、何らかの方法で動けないようにしたものと考えた。


 だが、その何かが分からず、下手に追い詰めれば逃げられかねない。

 そこでゲンに頼んで毒を中和する薬の調剤を頼み、それを飲んで臨んだ。


 「はぁ~、なるほどなぁ……。お前は危ない橋ばっか渡るな」


 関心するようにモリタカは頷いた。

 コウキはあごに手を当てて、自分の力量を改めて確認し、モリタカを見る。


 「モっさんの情報がなければ、特定するのは難しかっただろう。妖魔としては強くないだろうが、俺1人で見つけるのは至難の業だ」

 「ま、そこら辺は恩にきてくれ」


 コウキの言葉でモリタカは少しだけ険しい顔が緩み、胸を張りながら鼻を高くした。


 「そういえば、何であの女の人に接近できたんですか? 俺とサヤちゃんは、遠くからチラッと見てましたけど、そんな素振りはなかったような……」

 「妖魔の狙いは、下手に騒がれにくい田舎からのお上り狙いだ。まだ帝都に根を張らず、都会にしかない喫茶店に入った風を装った」

 「ほぇ~、確かにどこから来たのか分からない人が、多いですからねぇ」

 「帝都もまだ発展途上だ。人も多く来るから、妖魔も一緒に来るんだろう」


 モリタカの情報から、出身地などの特定が難しい者が多かったことから、コウキは妖魔の狙いが田舎者と踏んで、真似をした。

 実際、着の身着のままで来る者も多い。そんな人物がいなくなっても、帝都では騒ぎにはならないのだ。


 それを妖魔は狙った。田舎者で帝都に憧れと夢を描いて来た青年……。それに扮したコウキだとは知らずに。

 人の流入が多ければ多い程、妖魔の得物が集中することになる。妖魔も狡猾な者になっていき、色々な狙い方を研究しているのかもしれない。


 「相変わらずお前は仏頂面の割には、他の顔の使い方は上手いんだな」


 ソファに体をあずけながら、モリタカがコウキのことをやや褒めるように言った。

 言われた本人は相変わらずの冷たい顔をしている。


 「そうなんですよぉ~。すごい爽やかと言うか、優しそうと言うか…普段とは真逆ですよね」

 「黙れ。あれは仕事だ」

 「そうですかぁ? アイスクリーム食べて、とろける様な顔をしてたじゃないですか?」

 「お前とサヤはそんな顔をしていたな」


 持ち前の軽口を連続してコウキに向けてカズマは言った。

 そんなことは分かっているように、コウキは適当に話題から避けるように返す。


 「またアイスクリーム食べたい」


 大福を食べ終わって、口の周りに白い粉が付いたままのサヤが目を輝かせている。


 「おお、サヤちゃんはアイスクリームも好きなのか。コウキ、また連れて行ってやれよ?」


 モリタカは親戚のおじさんの様にサヤに優しく声を掛けると、その父親のようなコウキに厳しく言った。


 「まったく……。分かった、今度ゲンさんの所に行く時にな」


 下手に抵抗するのも面倒と言わんばかりに、仕方なしにコウキはため息を吐いて了承する。


 「じゃあ、俺は帰るからな。何度も言うが、もう少し警察を信じろよ!? じゃあな!」


 モリタカという嵐がドアを叩きつけるように閉めると、陽明社に台風一過のような静けさが戻った。


 「ゲンさんの所には、いつ行くの?」


 鼻息を荒くし、目を輝かせながら聞いてきたサヤに対して、コウキは背もたれに体をあずけ天を仰いだ。

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