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それぞれの道

 ヴァンは港で貨物船が垂らしたタラップを前にして、トラジと言葉を交わしていた。


 「いやぁ、本当に見送りに誰も来てくれないとは。寂しいものですねぇ」

 「お前に好かれる要素なんてねぇだろ。さっさと帰って報告してこい」

 「言われたい放題ですが、嫌われてこその猟犬でもありますからね。ああ、そうそう。コウキさんの働きぶりについても報告いたしますので、トラジさんの貿易業は安泰ですよ」

 「ほぉ、そいつは嬉しいな。コウキに礼を言っとくぜ」

 「是非ともそうしてください。僕からもお礼を言っていたと伝えてください。……それでは、失礼しますね」


 終始笑顔のヴァンはタラップを上り、船上からトラジを一瞥すると、帝都を目に焼き付けるように港に目をやる。


 「おや? まさか、あの人達が見送りをしてくださるとは……。これはこれで面白い話ですね。それでは同族のお二方、お元気で」


 少し名残惜しげに視線を向けたまま、体をゆっくりと後ろに向けると、視線を離して目深にハットをかぶり船内へと向かった。


    ・    ・   ・


 蒸気船が吐き出す煙と重たいエンジン音、けたたましい汽笛をシュライクとサクラは聞いていた。


 「これで面倒なヤツは去ったな」

 「それの確認だったの? てっきりお見送りに来たのかと思ってた」

 「バカを言うな。何故、我がヤツの見送りなどせねばならん。…まぁ、これでしばらくは休めるな」

 「そうだね。…これからどうするの?」

 「貴様の好きにするがいい。…だが、付いてくるのならば拒みはしない」


 シュライクはサクラに向けた目を逸らすと、サクラが可愛らしく口を手で押さえて笑う。

 その態度にシュライクは顔をしかめて、顔まで逸らした。


 「ここしばらくは忙しかったからな。少しは休むとしよう。我は屋敷でくつろぐ。貴様は好きにすると良い」


 サクラに背中を向けて、外国人の居住区に向かったシュライクの後ろから、また小さな笑い声が聞こえた。


    ・    ・   ・


 コウキとサクラは喫茶店で向い合っていた。


 過去から現在に至るまでの話をし、お互いが顔を曇らせ、時には晴れやかなものになった。

 コウキはサクラが語る記憶は、心臓を埋め込まれた時に何となくだが知っている。

 だが、それでもサクラと話すことがコウキには堪らなく嬉しく、心が落ち着いていく喜びを感じていた。


 コウキの師匠は、悲惨な状況になりながらも妹と出会えて、生きて行く意味を強くしたのかもしれない。

 過去のことは知らず、どのような生き方をしてきたのかも聞くことはないまま死んだ。

 ただ、妹に出会えた。その時の喜びだけは、今のコウキが感じているものと変わらないだろう。


 話も大きなことから些細なことに変わって行き、ただの日常会話のようになる。

 それもコウキには嬉しかった。かつて失った当たり前の日常が返って来たようで、サクラの笑顔がコウキの心を穏やかにする。


 そうして何日もコウキはサクラと話しをし、兄妹の時間を過ごし続けた。


 「ねぇ、兄さん……。一緒に行かない?」


 恐る恐る話を切りだしたサクラは、少し目を伏せながら問いかけた。


 「悪いが行けない。お前がシュライクを大事に思うように、俺も大事に思うヤツ等が多くいる」

 「そう…だよね。やっぱりダメだよね」

 「ああ……。だが、お前は俺の妹だ。いつでも帰って来い。俺はお前とまた会える日を、ずっと楽しみに待っている……」


 コウキが少しだけ頬を緩めると、サクラは顔いっぱいに笑顔を咲かせる。

 最悪な別れをしても、兄妹は再び会えた。

 しばしの別れを祝福し、次に会う時は笑顔で迎える。

 当たり前のことにコウキの心は温かさで満たされた。


    ・    ・   ・


 陽明社にはモリタカの怒声とも取れる、大声が響いていた。


 「お前、本当に大概にしろ! 何でいつもいつもいつも勝手に動くんだ! あっ!?」

 「モっさんの気持ちも分かるが、警察が動けば勘付かれる。仕方なしだ」

 「気持ちなんて分かってねぇだろが! 良いか、連絡だけは寄こせよ! って、何回言わせんだよ!」


 モリタカは大声を張り上げながら、体から蒸気でも発していそうな力で大きな足音を立て、ドアを破壊せんばかりに閉めた。

 カズマが半笑いを浮かべ、サヤはわらび餅を食べている。


 しばらくするとドアをノックする音がし、コウキは招く言葉を口にした。

 ドアをやや強めに開けてキョウコが陽明社の中に入ってくる。

 

 「言わなくても分かってるわよね?」

 「ああ。出来ている」


 コウキがイラストと報告書をまとめた紙の束をキョウコに向けて差し出した。

 無言でキョウコは受け取ると、紙を流すようにめくり、目を通す。


 「ま、悪くないわね。とりあえずはこれで報告、」


 ドアがノックされ、キョウコの言葉が遮られた。

 コウキはキョウコの体を避けるように顔を出して中に招く声を発する。

 ドアが静かに開くと、ハルが笑みを浮かべて入って来た。


 「あ、ごめんなさい。お取込み中でした?」


 ハルはキョウコの顔を見て、コウキに顔を向けた。


 「いや、もう終わりだが」

 「そうでしたか。あの、これ。いつものお弁当です」


 ハルが風呂敷に包まれた弁当を顔の高さまで持ち上げて、微笑みながら言った。


 「ああ。いつもすまない」

 「いえ、私の料理勉強のためですので」

 「そうか。サヤの分まで作ってくれて助かる」


 コウキがハルと会話をしているのを、キョウコは半眼にして冷たく見ていた。

 その視線に気づいたコウキは、キョウコに目を向ける。


 「どうかしたか?」

 「別に……。た、偶には私にお礼で何かしなさいよね! いっつも手伝ってるんだから」

 「あ、ああ。分かった」

 「本当に考えてよね!? じゃあね!」


 キョウコは振り返るとハルに目を向けた。

 ハルはキョウコの目を見て、笑みを浮かべる。

 2人の間に五光稲光にも負けないような雷が走っていることをコウキは感じ取った。

 だが、何事かは理解できず、ただ目を丸くして見ていることしかできないでいる。


 ひとしきり電光をぶつけ合った2人が去っていくと、陽明社にはいつもの3人が残った。

 カズマは顔をいやらしい笑みでいっぱいにし、コウキを眺めている。


 「何だ?」

 「いえいえ~、こりゃあ大変なことになりますねぇ」

 「何を言っているのか分からん。どういうことだ?」


 事態を全く理解していないコウキは、何が起きているのかを単純にカズマに確認しようとした。


 「コウキはすけこましなの?」


 ソファから声を発したサヤに2人の目が集中する。


 「誰が言った?」


 コウキが低く暗い声でサヤを問いただした。

 サヤが目を動かしてカズマを見る。


 「ええっ!? いやぁ、そんなことは……。言ってないと思うなぁ~」


 2人から向けられた視線を全力で回避するように、天井に目をやってカズマは返した。


 「コウキはハルさんとキョウコさん、どっちを取るの?」


 カズマから目を離したサヤは、またコウキに真っ直ぐな目を向けて言った。


 「誰が言った?」


 コウキの言葉に促されるようにサヤはカズマを見る。


 「ちょっちょっと! いや、そんなこと……、いやいや、でも、いやぁ、2人共可愛いですよねぇ。コウキさんが羨ましいなぁ、いや、ホント」


 何とか取り繕い、乾いた笑いで締めくくったカズマに、コウキは射抜くような視線を送った。


    ・    ・   ・


 コウキはサヤを連れ立って家路についていた。


 夕陽が沈みかけ、微かな斜陽が古い住宅地を薄く照らす。

 2人はいつもと変わらぬ速さで歩き、今日一日、外での生活を終えようとしていた。


 「サヤ、手を」


 コウキはサヤに向けて手を差し出しながら言った。

 慣れた手つきでサヤはコウキの手を握ると、同じ歩幅で歩くようになる。

 一歩一歩を踏みしめるように2人は歩いた。


 「俺の生き方は変わらない」

 「うん、知ってる」

 「ならいい。お前の手を離すつもりはない」

 「……うん」


 コウキの手を握るサヤの手に少しだけ力が入った。

 コウキはサヤに目をやり、頬を緩めた。

 サヤはそれに気づき、可愛らしい笑顔を見せる。


 「ねぇ、コウキ?」

 「何だ?」

 「ハルさんとキョウコさんのことはどうするの?」

 「……ちゃんと考える」


 太陽が沈み、街灯が点滅しながら少しずつ闇を消していく。

 光と闇の中を進む2人は、互いの手を強く握り、妖魔が潜む闇と戦う意志を更に強いものとした。

最後までお読みいただき、真にありがとうございます。

ご指摘、ご感想がございましたら、感想欄にお書きいただければ幸いです。

本当にありがとうございました。

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