闇殺し
コウキから発される叫びと光に、神を恨む男が目を向けた。
処分をし、死を待つのみだった者が、発するものではないことだけは理解したようだ。
理解はしたが何かを知ることは不要と判断したのか、足元の黒い液体からいくつもの手が踊るように生えてくる。
伸び切った手がコウキに飛び掛かろうと狙いを定めた時、1つの影が行く手を遮るように下り立った。
「また邪魔をするか……。本当にどうしようもないやつだ」
「邪魔をしているのは貴様だ。いい加減理解したらどうだ? ボケても貴様の話は笑えんぞ?」
シュライクが人の神経を逆なでするような言葉を発し、まともに受け取った男の顔に怒りでしわがよる。
その顔が嬉しかったのか、シュライクは鼻で笑うと、目にもとまらぬ速さで男に向かい駆け出した。
コウキに向けていた手がシュライクを標的として捉える。
「愚息にもなれぬヤツめ……。死ね!」
一本一本の手が鋭利な爪を持ち、まともにくらってしまえば、体中の肉が引き裂かれる。
駆け出したシュライクは自ら、死へと近づくように一直線に走り続けた。
今まさに、シュライクの命を奪う手が襲い掛かろうとした瞬間、銃声が連続で鳴り響いた。
「僕がいることを忘れてもらっては困りますね」
襲い掛かろうとしていた手が、力を増幅したヴァンの銃弾に因って弾かれると、シュライクの行く手を阻むものは無くなった。
男に向けてシュライクは駆ける。だが、その足が止まった。
体は前に進むように前傾姿勢となっているが、下半身が追い付こうとしない。
歯噛みをしたシュライクは自分の下半身を見ると、黒い棘のような物が何本も足に刺さり、進もうとした足を捕えていた。
目を男に向けると、ほくそ笑みながら低く笑い、口を開いた。
「まったく……。呆れてものも言えんなぁ。私の力で生まれていないのではないか?」
「貴様が勝手に父親面をしただけではないか。我は認めてないぞ。……だが、親を気取るのなら、子の気持ちを知るのも大事だとは思わんか?」
シュライクは手に握っていたものを軽く放り投げると、男が何気なく受け取る。
手の中に納まったのは、軽く脈動する心臓であった。
男は疑問を浮かべた顔でシュライクを見ると、今度はシュライクがほくそ笑んでいる。
「しっかりと子の記憶を刻んでおけ。父親面をするのは、そこからだな」
最後に鼻で笑った瞬間、男の手の中にあったシュライクの心臓から血管のようなものが伸び、男の体に穴を開ける。
その穴の中に心臓が滑らかに入り込むと、男が頭を抱え、うめき声を上げ始め、段々と大きくなっていく。
「ぬううううぅぅぅぅおおおおおぉぉぉぉぉ! なっ! 何だっ! これはぁぁぁはぁぁぁぁぁ! ぐぐぐぐぅぅぅぅぅ!」
「失敬なヤツだ。父親になりたいなら、子のことぐらい理解しなくてどうする。まあ、貴様は親ではないがな……。おい、犬。お前も何とかしろ」
男が叫び声を上げる中、足に棘が刺さったままヴァンに声を掛けた。
ヴァンは少し面食らった顔をして、すぐに片側の口角だけを上げて目を尖らせる。
「確かに、今の僕達にできることをしなければなりませんね。では、あなたにはとっておきの物をプレゼントいたしましょう」
頭を抱え悶絶している男に届かないであろう言葉をヴァンは発した。
ヴァンは左手の甲に仕込んだ短剣を出すと、男に向かって歩き出す。
「あなたには直接懺悔してもらいましょうか。これで祈りなさい!」
ヴァンは男の体を下から切り上げると、大きく開いた傷口に向けて手をかざす。
その左手には銀色に輝く十字架が握られていた。
ヴァンは十字架を振り下ろして、傷口に押し付けねじこむようにし、傷を更に深くする。
十字架が男の体の深くに刺さり、それを取り込むように男の体が修復された。
「お! お! おおおおおおおおおおおおおお! 貴様! きさま! ききききききぃぃぃぃ!」
「やれやれ……。懺悔とは程遠いですね」
ヴァンは一通り嘆き、首を横に振った。
男は頭に当てていた手を離し、自分の体を抱きしめるように両手で絞めつけている。
それが何を意味しているのか、ヴァンもシュライクも分かっているようで、冷静に目を向けていた。
男の背中が破裂しそうなぐらいに隆起している。
それも時間が経てば経つほどに、体を破ろうと皮膚を限界まで引っ張り、裂け目ができつつあった。
「ああああぁああぁあぁぁぁああぁぁぁぁあぁぁぁぁ! ダメだぁ! ダメなんだぁ! 出るな! 出るな出るな出るなぁぁぁ!」
男が何かに懇願し、体を必死に押さえながら震えている。
だが、遂に男の皮膚が割け、黒いものが体から脱皮するように現れた。
人の大きさと変わらないが、全身が黒く、体の線が不明確で全身が揺らいでいるように見える。
これが男の正体であった。負の感情に包まれた闇の権化とも言える死体が現れたのだ。
男の殻とでもいうべき肉体は地面に転がっており、空気が抜けたゴムの人形のようになっている。
その抜け殻も塵と化して、宙に散って行った。
「神の力を利用して肉体を手に入れるような事をするからです。これで神への冒涜は半分終わりですね。ですが、ここからが……」
「負の力の塊だからな。我らの攻撃は、前以上に効かんだろうな」
「でしょうね。……ですが、真打ち登場とは正にこの事ですね」
ヴァンが少し楽しげな口調で言って振り返ると、シュライクも振り返る。
視線の先には体から電光が暴れるように走り、薄暗い夜を照らすような青白い目を輝かせていたコウキがいた。
「すまない、遅くなった」
コウキはシュライクとヴァンの近くによると、どちらの顔も見ずに言った。
ヴァンは微笑み、シュライクは鼻を鳴らす。
「いえいえ、ご無事で何より。最後の締めはお願いしますよ」
「貴様に任せるのもしゃくだが……。とっとと終わらせろ」
2人の言葉に軽く頷くと、その場から一瞬で消える。
瞬きの間に、死体の元にコウキは移動していた。
『迅雷』と同様の速さで接近し、その突進力のまま振りかぶった拳を顔面に打ち付け、電撃を加える。
吹き飛ばされた闇に包まれた死体をコウキは雷霆の如く追い、クナイでみじん切りにせんばかりに斬り付け、突き立てた。
「オオオオゥオゥオゥオオオオー!」
吹き飛ばされた死体が地面を転がると、その体からは血が噴き出すように電光が跳ね上がっていた。
死体がこの世の者でない程に不気味な声を上げて、体をくねらせて悶える。
体を震えさせながら立ち上がった死体には、コウキの次なる攻撃が始まっていた。
死体に刺さったクナイから光を放つ糸が繋がっている。コウキは『飛雷』で自身の指に繋げた電光の糸へ極太の雷を放つ。
「オオオオオオオオオオオオ! オオオゥゥゥオゥゥッ!」
死体は、一際大きな叫び声を上げ、デタラメに動かした操り人形のように体を激しくくねらせた。
コウキの攻撃の手は緩まず、銃弾を指に挟み、刺激した火薬が銃弾を放ち、闇を穿つ。
更に休めることなく、入道雲のような『煙雷』を作り、積乱雲に閉じ込められたかのような電撃を浴びせる。
コウキが次々と繰り出す間断なき攻撃に、死体を包んでいた闇が着実に散って行っていることが分かった。
その事を理解したコウキは攻撃の手を緩めて、死体の前に立つ。
死体にはまだ闇が覆っており目は見えないが、コウキは目が合っていると感じていた。
「何か言いたい事はあるか?」
静かに死体に問いかける。
だが、死体は答えることはなく、逆にコウキに襲い掛かった。
「そうか」
コウキは無表情のまま言うと、迫ってきた死体が近づいた瞬間、右手の人差し指を胸の前で上に向ける。
地面が光り、電光が暴れるように地に溢れた。
コウキが人差し指に雷をまとわせると、地面に満ちた電光が急速に死体の下に収束する。
その瞬間、光を蓄えた地面から天空に昇る龍のような電光が放出された。
死体は電光の中に消え、姿が見えなくなっていく。
天に昇り続けた電光がゆっくりと消えていくと、死体が体をふらつかせながらも立っていた。
包まれた闇はまだ残っており、発せられる力はどす黒く、未だに強い恨みが持つ力を見せつけている。
ふらつく体を立てなおし、改めてコウキに目を向けたであろう死体に、コウキは見据えて口を開いた。
「上を見ろ」
死体が不意な言葉に引かれるように天を仰ぐと、宙に留まっている電光が闇夜に輝いているのを見た。
ゆっくりと視線を下げ、コウキに目を向けた時、コウキは右手の親指を下に向ける。
その刹那、宙に留まっていた光が雷そのものとして、死体に向けて降り注いだ。
目が眩み、耳が音を拾えなくなる程の爆音を響かせた大量の雷は、神の裁きの光のように見える。
光が消え、目も耳も正常に戻ると、目の前には全体が紫色の痩せこけた人の形をした者がいた。
「終わりのようだな……。ふぐぅぅぅぅぅ……、ああっ!」
コウキは腹から電光が頼りなくなった五光稲光を取り出して右手に持ち、構えることなくただ垂らしている。
天に残った電光から、花火の散り際の残り火を思わせる火花が辺りを照らす。
火花に照らされた紫色に染まった死体と、黒い服の男が静かに向き合う。
終焉を迎えようとしている神の半身が、コウキに亡者のように駆け寄った。
「…フン」
「コウキさん!」
「兄さん!」
「うぅ…コウキィィィ!」
ここにいる全ての者がコウキにそれぞれの思いを託した。
獣の様に飛び掛かる神の半身がコウキに迫った時、コウキの目が鋭くなり、五光稲光が煌く。
「オオオオオオァァァァァァァァ!」
「散れっ!」
闇夜に浮かんだ青白い剣筋が残光を放つ中、コウキは振り下ろした刀を下げたまま動きを止めていた。
コウキは目の前にいる、神の半身だった者が両断され、崩れ落ちるのを静かに見つめる。
死体が散り始めたことを確認し、コウキは刀を大きく振って五光稲光に残ったカスを払い落した。
死体が蘇り、また死んで蘇った者が、本当の死を迎えたのだ。
コウキは散り行く死体から目を離すと、サヤの元へ向かった。




