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2人の命を

 コウキは背中から血を流し、口からも一筋の鮮やかな血が流れた。


 「兄さん! 兄さん、しっかりして!」


 流れ出す血に比例して、生命力が失われていく様をサクラは見せつけられた。

 サヤは胸を押さえながら苦しさに顔を歪めている。

 それでもコウキを心配し、肩に揺すった。


 「コウ…キ……。起き…て、コ…ウ…キ……」


 口から何とか絞り出した声をコウキに掛ける。

 コウキの手が地を擦る様に動いた。

 コウキは右手に掴んだ五光稲光をサクラに向けて突き出す。


 「サクラ……、サヤ…に……」

 「分かった、分かったから……。兄さん、早く手当をしないと」

 「先に…サヤを……。サクラ…お願いが……ある」


 サクラはコウキの手から五光稲光を受け取った。

 その時、サクラが顔をしかめた。

 五光稲光の妖魔殺しの力が、柄を持つだけで手に痛みを与えている。


 焼けるように痛む手に顔を歪めながら、サクラはサヤの体に五光稲光を刺した。

 サヤは息を大きく吸い、荒れた呼吸を整える前にコウキに被さった。


 「コウキ! ヤダ! 死んじゃヤダ!」


 サヤはコウキの体を大きく揺すると、コウキが声を上げた。


 「死なん……。そのつもりも……ない…ガッハ! はぁ……。サクラ、お前の命を俺に……くれ」

 「兄さん……、それって」

 「不死人だ……。今は……それしかグベェ! ゲフォ! ゴフッ! 先ずは…それが……」

 「でも、兄さんが……。それに……、ううん。とにかく、逃げよう! ねっ!?」


 コウキが失いつつある命を補うための提案にサクラは拒絶した。

 自分の過去を思い出しての言葉かもしれない。

 一歩間違えばコウキに必ず死が訪れるからだ。


 「俺…は……逃げない。ヤツを倒さな…ければ……」

 「それは! シュライクとヴァンが……。私も頑張るから……、大丈夫だよ」

 「無理だ……。妖…魔では……倒せない」

 「それなら、まずは兄さんを助けないと。そうしよ? お願い!」

 「ありがとう……。だが……、これしかないんだ……。サヤ…、お前も力を」


 サクラがうつむき、サヤも困惑した表情を浮かべている中で、急な言葉に体が跳ねる。

 コウキはサヤを見つめている。

 サヤは黙って見返すと、大きく頷いた。


 「すまない……。サクラ、お前の…心…臓をくれ……」

 「だから、兄さん」

 「その後だ……。サヤ…俺に……刀を渡せ……」


 コウキはサヤに目だけを動かして見つめると、サヤは目を大きくしている。

 だが、すぐに唇を硬く結び、また大きく頷いた。


 「サクラ、これで……不死人に…ならない……と思う……」

 「そんな……。そんな保証なんてないよぉ……」


 サクラは声を震わせ、目に涙を蓄えている。

 止めきれなかった涙が頬を伝った時、コウキの指がサクラの頬に触れた。


 「温か…いな。俺を思って…の涙は…嬉しい……。もう、泣かせたり…しないから……」


 コウキは柔らかな顔でサクラを見つめ、過去のことが一瞬頭を過ぎった。

 今度は泣かせない。もう離さない。

 コウキは決意し、顔を引き締めてサクラの顔を見据えた。


 「もう……。死んだら許さないからね。不死人でも良いから……、絶対に生きてね」

 「そう…だな……。そうしたら……、お前達と暮らすのも……良いかもな」

 「うん。そうしよ……。じゃあ、行くね……。ううう…ああああああぁぁぁぁぁ! ああぁ! はあぁ…ああ!」


 サクラが自分の胸に躊躇せず手を突き刺し、体の中にある心臓を血管を千切りながら引き抜く。

 不死人とはいえ痛みがあり、激痛に顔を歪め、絶叫し、体を震わせている。


 サクラはまだ脈打つ心臓を右手に握り、コウキの目を見つめた。

 コウキは目を閉じて静かに頷くと、サクラは心臓をコウキの胸に当てた。

 心臓の血管が急にコウキの胸に穴を開けると、そこから滑り込むように体の中に消えていく。


 「うっ! ああああああああああぁぁぁぁぁぁ! ぐぐぐぐぐぐ! あああぁぁ! ああっ! ぐっ! ああっ! はあうっ!」


 脳裏に知らない記憶が大量に流入する。

 知らない人、景色、感情、その人が経験したであろう記憶が、コウキの頭の中を埋め尽くす。

 コウキは自分が何なのか、自分の記憶が何なのか。全てが混じり合おうとした。


 「サヤァァァ!」


 歯を食いしばり、目を剥き出しにしているコウキは天に吠えた。

 慌ててサヤはコウキの元へ行き、手が届く場所まで体を下げて五光稲光を出した。


 「コウキ!」

 「ううううおおおおああぁぁぁ! 稲光! 伝! 身! 『穿雷』ぃぃぃ!」


 不死人としての力を受け入れつつ、五光稲光の妖魔殺しの力をコウキはその身に宿す。

 悲鳴を上げていることを理解しながらも、悲鳴を止めることはできなかった。

 脳に叩き込まれる誰とも知らぬ記憶と、体を焦がさんばかりの電光が流れコウキを痛みが襲い続ける。


 しかし、コウキの体の中で変わったことがあった。

 脳にねじ込まれていた記憶が電光に散らされ、不鮮明なものとして脳裏を過って行く。

 その不鮮明さがコウキの脳に与える負荷を軽くし、痛みが返って記憶を俯瞰ふかんして見るような冷静さを与えてくれた。


 流れる光景や感情を離れた所から感じて、その者達の生きざまをコウキは見続ける。

 そしてコウキは見た。サクラの思い出がコウキの前を過り始めたのだ。

 家族で過ごした日々。兄妹で遊び、喧嘩し、仲直りして、笑って。


 そんな当たり前の日々の記憶の後に流れた、悲しき記憶。

 サクラが最後にコウキに向けた、優しくて辛い気持ちが伝わる。

 絶望の中でもコウキのことを思ってくれたサクラの優しさが、コウキの心を満たしてくれた。


 サクラから直接伝えられたような思いが、コウキが抱えていた辛い過去を癒してくれているように感じる。

 人ではなくても、サクラと出会えた。

 死んではいなかったのだ。苦しい思いをしながらも出会えた。コウキは今までしてきたことが無駄ではなかったと悟る。


 例え、不死人になってもサクラはサクラであり、辛い思いをしたコウキもまたコウキのままなのかもしれない。

 また出会えたのだ。また共に生きる事ができる。

 そう思うと命が惜しい。だが、それを手にするために命を懸けるというのならば、全力で挑むだけだ。


 コウキは思いを決めた。サクラが渡してくれた命と思い出。そして、サヤが渡してくれた命の刀をこの身に宿して、平穏な世界を作る。

 頭の痛みが静まり、体を流れる痛みも無くなった。


 コウキは静かに息をし、目をうっすらと開けた。その目は青白く輝いていた。

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