魔精骨の骨粉
コウキとサヤは2人並んで、左右に大小様々なビルが立ち並ぶ、大通りに面した舗装された歩行者用の道を歩いていた。
大きな道の真ん中には路面電車が走り、その横を車が忙しなく走っている。
うるさい道の隅にはそれに負けじと、声を上げながら行き交う人々がいた。
周りの人々の格好は様々だ。着物の人もいれば、外国風な服を着ている人もいる。
髪形も昔ながらのものもあれば、流行の髪形で整えている人も多い。
こう見ると、この国と外国の文化が混じり合わずに、どちらも存在を強調しているように見える。
複数の文化が混ざり合って、独自の文化を作れるほどの時間は、この国にはなかった。
海外の列強国に対抗するために莫大な金をつぎ込み、借金までして近代化に成功したのだ。
ただ、近代化に成功したのは、軍などの対外的なものが多く、庶民の生活の全てが近代化したとは言い難い。
見かけ上は近代化した街中を歩くコウキとサヤの姿は、外国ものの服と着物という、この国の内情を象徴しているようだった。
「今回はいっぱいお金が貰えるといいね」
横からサヤが微笑みながら声を掛ける。
コウキは今一度、ポケットに入れている魔精骨を指でいじった。
「そこそこの量だ。いい金にはなるだろう」
「そう。じゃあ、」
「毎日、行くつもりはない。お願いしたらウメさんが作ってくれるんだ」
「ウメさんのご飯も美味しいんだけど……」
コウキからサヤは目を逸らして、唇を尖らせるようにし、残念さを感じさせて言った。
同じような会話を何度もしているので、コウキは軽いため息を吐いて、目的の場所に向けて歩みを進める。
しばらく歩くと、「整調薬房」と大きな木造の看板を掲げた、木造2階建ての建物の前に立った。
コウキ達は迷うことなく、店の引き戸を引いて中に入る。
「いらっしゃいませぇ。あ、コウキくんとサヤちゃんじゃない。あの人に用事?」
「おばさん、こんにちは」
初老を過ぎた柔和な顔にをした女性が、上品な声で話し掛けてきた。
目の周りの小さなしわと、柔らなかほうれい線が女性の優しさを強調している。
そんな女性に対して、サヤは頭を深々と下げて挨拶をした。コウキは余所行きの顔を見せて、笑顔を浮かべ返す。
「お元気そうで何よりです。ゲンさんは調剤中ですか?」
「ええ。適当に上がってちょうだい。ここから声を掛けても聞こえないだろうし」
「分かりました。それではお邪魔します」
笑顔のまま、靴を脱いで2階に向かう。
昔ながらの木造りで、手すりのない、やや急な階段を上って行く。
階段から2階が覗けるようになると、部屋の隅には隙間がないぐらい、小さな引出しが多数ある薬箪笥が置かれているのが見えた。
四角の間取りの部屋は、三方がほぼ薬箪笥で埋められ、窓がある一方も、机の上に置かれた書物で盛り上がっている。
部屋の四隅から圧迫感を感じそうな部屋の真ん中で、男が階段に背中を向けて手を前に出しては後ろに引いている。
よく見ると、男は薬研と言われる、薬を細かく潰す器具を使っていた。
床に固定するための重い台座の上に、船のような薬入れがあり、それを車輪のような物で薬を引いて、細かくする物だ。
余程、集中しているのだろう。階段を上る2人の足音が響いても、全く反応がない。
「ゲンさん、ちょっといいか?」
今まで薬を細かくすることに熱中していたゲンは、コウキの声に反応して、すぐに振り向いた。
丸眼鏡に、真ん中が禿げ上がった頭、伸ばしっぱなしの髭と、丸っこい顔の男が驚きの色を見せている。
それはコウキが余所行きの顔と声を取っ払って声を掛けたためだ。
「んでぇ、ビビらすなよ。で、魔精骨だろう? 見せてみろや」
コウキはポケットから4つの魔精骨を取り出して、ゲンに向けて差し出した。
ゲンは手の上に乗せられた魔精骨を、1つずつ手に取ってじっくりと眺めて、床に置いている。
「ふむぅ……。2つは普通だな。あと2つはそこそこの上物になりそうだ」
「だろうな。2体は雑魚の物だ」
「まあ、売り物にはなるからな。キチンと買い取らせてもらうぜ」
4つの魔精骨を掌の上で転がしながら、ゲンは笑顔を見せ、黄色いヤニで染まった歯を見せた。
特にそれが嫌と言う訳ではないがコウキは目を離して、何気なく辺りに散らばっている薬の専門書に目をやった。
「何だ? 和漢にでも興味あるのか? 魔精骨に敵うもん何てねぇぞ?」
「いや、興味はないな。ただ魔精骨を色々混ぜるんだろう?」
「ま、用途は色々だからな。だが、基本はそのままで十分だ。半端ねぇほどの滋養強壮剤だからな」
「病気や怪我にも良いからな。飲んでも、塗っても良いなんて便利なもんだ」
「へっへっ、それよりも精力と興奮作用だろう。俺でも飲んだら一晩中えらいことになるぜ」
いやらしい笑みをゲンは浮かべて、コウキに向かって何かを試すように言った。
コウキは鼻で笑って、ゲンに向かって言い返す。
「楽しむのは勝手だが、奥さんを泣かせるなよ」
「んなことは分かってるよ。ま、たまには羽目を外さないとなぁ」
「たく……。腹上死とかは勘弁だぞ? 話しの通じる販売先がなくなると困る」
「まあ、そこんとこは大丈夫だろう。お前さんも使って、少しは羽目を外せ」
「そっち側に使う気はない」
わいせつな話をゲンに振られると、コウキはそれを断つように、キッパリと言った。
浮ついた話が聞けなかったのが残念なのか、ゲンはコウキから目を離して、薬箪笥の中に魔精骨を入れるため立ち上がる。
薬箪笥を開けて魔精骨を入れると、別の引き出しを開けて札束を数えている。
結構な枚数を抜き出してコウキに向かって行くと、買い取った金額分を差し出した。
「どうも。…そう言えば、ここ以外で魔精骨を扱える所はあるのか?」
ゲンから数十枚の札を受け取りながら、コウキは何気なく聞いてみた。
「おいおい、他の所に売りに行く気か? それとも値段を吊り上げようってか?」
「そんなつもりはない。…他の狩人がどれくらいいるのかと思ってな」
思ったままのことをコウキは聞いた。だが、ゲンは首を傾げるだけだった。
「まあ、売値が下がらないことから考えりゃ、意外に狩る対象が少ないのかもしんねぇな。田舎の方がバレづれぇから、そっちに集まってんのかもしんねぇぞ?」
「そうか。帝都に住むやつ等にはありがたい事だな」
「だな。だが、お前さんには頑張ってもらわんといかんぞ? うちは金持ちの常連も多いんだ。どんどん狩ってくれ」
「金持ちの考えは分かりやすいな。また狩ったら持ってくる」
都合の良いことを言われてコウキは適当な返事をすると、1階に下りてゲンの妻に挨拶をする。
同じようにサヤも挨拶をして、「整調薬房」を後にした。
「今日はもう終わり?」
外に出るとすぐにサヤはコウキを見て問い掛けた。
「いや、俺はまだ行く所がある。お前は先に家に帰ってろ」
コウキは冷たく返事をすると、サヤは頷いて、元来た道を歩き始めた。
その背中をコウキは少しだけ見つめると、体を向きなおして、別の場所に歩き出した。