負なる力
満月から柔らかな光が降り注ぐ中、神の半身である負の男が立っていた。
男はただ立ちつくし、満月を眺めている。
その姿は月夜の風情を楽しんでいるように見えるが、漂う空気は月明かりの様に柔らかくない。
体から漏れるように黒い気を漂わせている。
「久しぶりに外に出て見たが、満月というものはやはり嫌なものだなぁ……。この粘っこい光が何とも。そうは思わないか、我が子等よ?」
男が月を見たまま語ると、おもむろに後ろを振り返る。
冷めた目をし、薄い笑いを浮かべていた。
「貴様の嗜好など知らぬ。よく開く口を黙らせてやろう」
「綺麗な光だと僕は思いますよ。どうやら私とあなたでは好みが違うようですね。益々嫌いになりましたよ」
吐き捨てるように言ったシュライクは鎌の柄を伸ばして、死神のような大きな鎌を作り出した。
ヴァンは口にした軽い言葉と違って、真正直な顔をし左手の銀色の銃を男に向ける。
「私達とあなたを一緒のように思わないでよね。大体、あなたの子供じゃないし」
サクラはあからさまに不快な声色と表情をし、右手からムチのような蔓を伸ばした。
不死人達の行動を見て、男は落胆した顔をし、憐れみの目を向ける。
「やれやれ……。何故、私の考えが分からんのか……。これでは、お前達と同じように刃向ってくる者が多そうだ」
ため息を吐き、嘆くように首を振った男は気を取り直すように、姿勢をただした。
「さて、子が親に逆らうならば、教育が必要だ。頭を下げるなら早い方が良いぞぉ?」
「親が子に謝ることも必要だぞ? 貴様が我らの親なら、こんな残念な父親で悪かったの一言ぐらい貰ってやらんでもないぞ?」
「本当に減らず口の多い子供だ。お前は殺しておこう」
シュライクの一言以上に多い言葉に不快感を示した男は目を鋭くして、殺意を向ける。
その目を受けていながらもシュライクは不敵な笑みを浮かべたままだ。
男の目と口から黒い液体が流れ始めた。
地面に垂れ落ち、男の足元が黒い液体で満たされ水面のように広がった。
黒い泉に立つようにしている男が笑みを見せると、明滅する尖った光が現れ、男の笑みを消し去る。
「お前も減らず口が多いな。ならば、お前も殺されるべきだ」
シュライクに向けていた男の目が、声の主であるコウキに向けられた。
右手に五光稲光を持ち、満月の優しい光とは違った、力強い光を放っている。
照らし出されたコウキの顔は無表情に近いものでありながら、怒りの色を見せていた。
「ああ、人か。お前を生かす必要は全くないな」
「お前はすでに死んでいた。今度は墓に埋葬すらせん。散って消えろ」
コウキは力強い意志を込めた腹に響く低い声を発し、刀を右手に水平に構える。
全ての不死人も力を込め、戦いの機をうかがっていた。
「稲光伝身・『迅雷』!」
コウキが駆け出しながら叫ぶと足元に電気が走り、姿を捉えることができる者はいなくなった。
サクラは蔓を上に大きく振り上げ、シュライクは鎌を振りかざし、ヴァンのサブマシンガンが男に襲い掛かる。
全員の攻撃が男に襲い掛かった時、黒い液体から大きな顔の骸骨が現れ男を飲み込んだ。
だが、コウキは骸骨を一閃し、同時に中にいた男の胸に深々と一本線の傷口を入れる。
駆け抜けるコウキの目が、斬られた骸骨の隙間から覗いた男の驚愕した顔と、黒い液体を胸から吹き出したことを確認した。
それに対して、不死人達の攻撃は男を飲み込んだ骸骨に阻まれている。
コウキの五光稲光のみが男の作った盾を切り裂き、改めてサヤの命の刀が男に有効だということを理解した。
「ぐぬおぉぉぉ! くんぬぅぅぅ……。やはり、その剣は」
「お前が知る必要のないものだ」
男の言葉を断じ、コウキは体勢を整えて刀を構えた。
男は顔に青筋を立てて、コウキを睨みつけている。
コウキはまた駆け出し、目で追えぬ世界に消えようとした。
「何度も何度も、同じ手を!」
男の足元にある黒い液体から、何本もの尖った手が一直線にコウキがいたであろう方向へと襲い掛かる。
コウキの動きは捉えられない速さであったが、『迅雷』の性質上、すぐには止まれず、方向転換をするために足に力を入れて踏み留まろうとした。
それを狙ってか、液体から伸びた手がコウキの逃げ場をなくす様に左右からも襲い掛かる。
迫りくる手を見てコウキは歯噛みし、一旦、後退しようと足を軸にして反転しようとした時、足首に違和感を覚えた。
「兄さん!」
サクラの蔓がコウキの足首に絡みつき、その勢いのまま宙に持ち上げられた。
「稲光伝身・『翔雷』!」
宙に上がったコウキを男は呆気に取られ眺めていると、目に悪い光を放つ電光がコウキを包んだ。
男に向けてコウキという雷が放たれ、地に下り立つ力をそのままに刀を肩から腰まで振り下ろすと、男の体が斜めにずれる。
「うぉぉあぁぁぁ!」
「ふっ! はぁっ!」
「おおおううううぅぅぅぅぅぅ!」
コウキは男の体を千切りにでもせんばかりに、刀を振るい続ける。
男は痛みに絶叫し、体が細かく斬られると黒い液体に肉片が散らばった。
散らばった肉片は黒い液体を噴き出すのを止め、ただ垂れ流す程度に変わる。
男の残り物から垂れ流された液体だけが地面に広がっていく。
全てが終わったかのように思われた時、コウキはすぐに飛び退いた。
誰もが何のための行動か分からなかった時、黒い液体から剣山のように無数の棘が飛び出す。
皆が目を大きくする中、液体から男がゆっくりと姿を現した。
「ふう……。厄介な剣だ。死ぬかと思ったぞ?」
男が何事もなく復活した姿に、全員の目が限界まで開かされた。
口まで開きそうな空気の中、ヴァンだけが素早く顔色を戻す。
「あまり考えたくはありませんが……。神の力の一部を宿しているということですか……」
「お? お前はなかなか勘が良いな。そうだ。あの槍には私の感情の全てが宿っている時に刺されたものだ。ヤツには腹立たしいだろうなぁ。ヤツの力の一部を持っているのだから」
男は自分の胸に手を当てて言うと、高笑いを上げた。
「一度の復活だけならまだしも……」
「ヤツの力だ。もっと使ってヤツの鼻を明かしたいものだなぁ」
「神への冒涜とはこの事ですねっ!」
ヴァンは男に怒りをあらわにしながら、サブマシンガンの引き金を引き、銃弾を連射した。
怒りを乗せた銃弾を、男は難なく黒い液体で手を作り、受け止め続ける。
「無駄だ。貴様の攻撃など、」
「ならば、我の攻撃はどうだ?」
男が自分の力に酔いしれている横で、大振りの鎌が顔に向かって振るわれた。
シュライクの鎌は男の目から上を切り離すように振り抜き、振るった力をそのままにすぐに飛び退いた。
頭蓋骨と脳みそが見えていた頭部は何事もなかったかのようにくっついている。
「やれやれ……。まだ分からんとはなぁ。こんな者を息子とは呼べんな」
「何度も言わせるな。痴呆か? 死んでいたのに頭が老いるのか?」
「ふざけたことをぬかしおって。貴様から完全に殺してやろう」
男が目を吊り上げてシュライクに向かうと、当の本人はあごを上に軽くしゃくる。
シュライクの動きにつられて男が目を上げると、電光をまとったコウキが刀を振りかぶった姿があった。
「ぬおおおぉぉあぁあぁぁぁ……」
頭から股に掛けて一刀両断された男は、二つに割かれたように地面に崩れる。
だが、コウキとシュライクは同様にすぐに飛び退き、男の動向を注視した。
「ううぅ……。やはり、その剣だけは厄介だ。痛くてかなわん。お前を真っ先に殺す…、と言いたいところだが、先にこいつだな」
二つに割れた体がお互いを引っ張るように付くと、男は定着具合を確認するように首を回している。
コウキに向けた半笑いはすぐに冷たい顔に変わり、足元の黒い液体から大きな手が高速で伸びた。
その手の向かう先にコウキはすぐさま振り返り、声を張り上げる。
「サヤ!」
黒い手が伸びた先には、研究所のがれきに隠れていたサヤがいた。
突然の襲撃と、胸の苦しみによって動けないサヤは軽々と手に捕まれて、男の頭上に持ち上げられる。
「おやぁ? このままにしていても死ぬかもな。だが、憂いは早めに刈り取らねばな。終わらせよう」
「サヤァァァァ!」
男の足元から太い棘が数本生え、サヤに向かって迫る。
コウキは全力で飛び上がり、『翔雷』の力で黒い棘よりも先にサヤの元へと飛んだ。
その時、棘が途中で止まりコウキに一斉に向くと、今度はコウキに迫ってきた。
「くそっ!」
素早く軌道を変え、棘の追撃をかわすも、何度も迫りくる棘を避け続けるしかなかった。
避け続ける中、コウキは目の端で捉える。
黒い手がサヤを握り締めようと力を込め、サヤの顔が更に苦痛に歪む姿を。
「貴様ぁぁぁぁ!」
軌道を変え、サヤの元へ最短距離で向かう。
コウキは黒い手の横を通り過ぎた瞬間、サヤは手から解放された。
黒い手を斬り抜けたコウキは崩れ落ちる黒い液体を避け、落下するサヤを抱き留める。
サヤは胸を押さえながらコウキに目を向け、微かな笑みを浮かべた。
コウキは手にした温もりと、サヤの笑顔に思わず顔が緩んだ時、体に何かが入り込む不快感と熱い痛みが襲った。
振り返るとサヤを掴んでいた手の切り口から棘が飛び出ており、コウキの体に刺さったことを証明する鮮血を先端から垂らしている。
「ゴファッ! くそ……」
コウキは口から血を吐き、愚痴が漏れる。
『翔雷』の力で飛んでいた力も、体中を走る痛みと失われる血液による脱力感によって失せつつあった。
ただ、手の中にある温もりを離さないように強くきつく抱く。
飛んだ勢いだけを残して、後は地面に叩きつけられることをコウキは理解している。
理解しているからこそ、サヤを強く抱きしめて、少しでも生きる可能性を増やそうとした。
「兄さん!」
サクラの声にコウキは目を覚ました。
コウキに向かって伸びる蔓が体を縛り、落ちる力を減衰させるため一旦宙に浮く。
直接叩きつけられるよりも余程軽い痛みで済んだコウキとサヤだが、コウキは横たわったまま動けなかった。
サクラがコウキの元へ駆け寄ると、背中にいくつもの穴が開き、おびただしい量の血を流している。
その光景に息を呑んだサクラの姿から、神の半身の男が何かを感じ取ったのか低く笑い始めた。
「まずは、1人か。さて、厄介なのがいなくなれば、お前達に勝ち目はないな」
男がまた低く笑い始めると、のけぞるように笑いを大きくさせて行く。
夜の闇に響く男の高笑いに、コウキの手が微かに反応した。




