命の刀
地下室の実験場に研究所が崩れ落ちたため、外から見れば地面に大きな穴ができたように見える。
コウキは天井が壊れる瞬間、サヤを抱えてがれきに埋もれないように動き続けた。
他の不死人達の動向を気にしながらも、死の可能性が高いサヤを守ることは最優先事項だ。
雪崩れ込んできたコンクリートの塊が一旦落ち着いたのを確認し、サヤに五光稲光を戻す。
「うっ! ううぅ……」
「すまん、またすぐに抜くことになるが我慢してくれ」
「うん。…他の人達は?」
がれきの山がいくつも連なっている場所にサヤは目をやっている。
死ぬことはないだろうが、がれきに埋もれてしまえば出るのは難しいかもしれない。
しかし、不死人達を放置した状態で神の半身である男とやり合うと考えると、勝てる想像ができない。
月明かりが差しこみ、コンクリートの粉が舞う中、がれきの一部が転がり落ちる音がした。
「おや? そこにいらっしゃるのは、コウキさんとサヤさんですか?」
手で服の汚れを払いながらコウキ達に向けてヴァンは声を掛ける。
ヴァンは慌ててがれきを滑るように下りると、地面に落ちていたハットを手に取り汚れを払った。
ハットを入念に確認すると、かぶって位置を調整し、笑みを浮かべる。
「失礼。これがないと、どうにも落ち着かなくて」
「そうか。落ち着いたなら、ヤツを殺りに行くぞ」
「そうしましょうか。あ~、シュライクさんとサクラさんは大丈夫なんでしょうか?」
ヴァンは首を傾げて言う。
コウキも気にはなっていたところだが、このままあの男に逃げられる訳にもいかない。
1対1にならないだけでもマシだと考えて動こうとした。
「あ! 兄さん、大丈夫!?」
離れたがれきの影からサクラが顔を覗かせて、コウキに向けて声を掛けた。
全員がサクラを見ると、その後ろから悠然とシュライクが姿を現す。
シュライクはコウキ達を見ると鼻を鳴らした。
「とりあえずは無事なようだな。我だけでも戦えるだろうが、頭数は多い方が良いだろう。さっさと行くぞ」
「シュライク、そんなことできる訳がないでしょ? それに攻撃しても、たいして効いてなかったよね?」
シュライクの傲岸な物言いをサクラはたしなめ、先に戦ったことを思いだすようにあごに人差し指を当てて考える。
サクラの言う通りであった。コウキとヴァン、シュライクの攻撃を受けても平然としていたのだ。
不死人のように一定の傷ができてからの再生であれば、殺せるようにも思えるが、その素振りがなかった。
「いえ、皆さんは大事な所を見落としていますよ」
「何だ犬? 何かあるのか?」
「僕達の攻撃で唯一、ヤツの修復が完全でない所がありました」
「ほう…、誰の攻撃だ?」
「コウキさん。…いえ、サヤちゃんの刀による攻撃です」
ヴァンの言葉で全員の目がサヤに集まった。
急な事にサヤは全員の顔を見まわして、困惑した顔を浮かべてコウキに目をやる。
コウキは男が変な言葉を言い、斬り付けた胸を手で押さえていた事を思い出した。
「サヤちゃんの命から作られた刀は、妖魔殺しの力が宿っています。そのため妖魔の源に近いヤツに効果があるのではないでしょうか?」
ヴァンの言葉に全員が黙り込む。
ただ、コウキには何となく分かった。
サヤは妖魔として生まれながらも、人に力を与える存在である。
それはこのような時のために生まれたのではないだろうか。
妖魔に全てを奪われたコウキに、人に仇なす妖魔を殺すための力を与えてくれる存在。
まさにその力が発揮される戦いなのだ。
「確かにそうかもしれん。それならば、俺が主体となって戦うしかないな」
「ご負担を掛けますが、そうなりますね。サヤちゃんとコウキさんが頼りです」
緊迫した状況でヴァンは笑顔を2人に見せると、月明かりを招き入れている穴の外に目をやる。
「兄さん、私も頑張るから。だから……、死なないで」
サクラが力強い眼差しをコウキに向け、真剣に自分の思いを伝えている。
コウキはサクラの目と声を聞き、少しだけ郷愁に駆られた。
芯が強く、優しかったその姿は昔のサクラと変わっていない。
サクラは不死人となったが、その根幹のサクラは無くなってはいないのではないか。
コウキのことを当たり前のように兄と呼び、心から心配をする者の姿は、過去のサクラがそのまま育ったように思えて来ている。
向けられた強い眼差しに応えるようにコウキは頷いた。
「俺は死なない。…死なない約束もしている。だから、お前も……。サクラ、死なないでくれ」
コウキもサクラと同じように、自分の思いをそのままに伝えた。
その言葉がサクラの目を大きく開かせ、涙を浮かべそうな笑みを見せている。
「戦い方は決まったな。俺がヤツを屠る」
「よろしくお願いします。僕は援護に徹しますので」
ヴァンが笑みを浮かべ言い、シュライクは顔を背けて鼻を鳴らした。
全員が更なる決意を胸に抱き、地下の実験場から外に出るために動き出す。
コウキは満月の灯りで照らされているであろう男に殺意を向けた。




