神に刃向いし者
地下室にある実験場でコウキ達は、白い肌の男を挟み込むような形で立っている。
「ほぉ……。汚らわしい人が私に敵うとでも?」
「ああ。所詮は捨てられた存在だ。とても強いとは思えん」
コウキの言葉に男が歯噛みし、肩が怒り始める。
力がこもりつつある時、コウキはサヤから距離を取り、リボルバーを連射する。
だが、その全てが遮られた。
男が目から流しだした黒い液体が尖った手の様に代わり、銃弾を受け止めたのだ。
男の黒い液体に全員が息を呑む。
それが男には嬉しかったのか、笑みを浮かべた。
「面白い武器があるものだ。当たれば痛そうだなぁ……。だが、残念だったな。腹立たしいが私はヤツの半身なのだぞ? ヤツが起こせるような奇跡なら私にも起こせる」
顔を少しだけ上げてコウキを見下すと、手を向ける。
怪しく黒い球体が見て取れた瞬間、コウキは横に走りながら発砲する。
黒い球体の中に銃弾が飲みこまれると、すぐに球体が割れて黒い煙がコウキの横を通過した。
「まったく…、手癖の悪い人間だ。黙って病魔に侵されてしまえば良いものを……」
男の手には黒い球体はなく、また黒い液体で作られた手が銃弾を掌で止めていた。
手に溜めた黒い球体は煙を固めた物で、それがコウキに襲い掛かったのは明白であり、男は煙を病魔と呼んだ。
その言葉にヴァンが反応を示した。
「奇跡だと……? そのようなものは奇跡とは呼ばない! 人を救うようなものでなければ、誰も奇跡とは呼びません!」
「ああ、人間にはそうだな。だが、妖魔には奇跡とは呼べないか? 圧倒的な力で人を葬る。人を救うヤツのように、私は妖魔を救うのだぞ?」
的を射た返答にヴァンは苦々しい思いを隠せず、顔を渋くさせた。
ヴァンは不死人、妖魔ではあるが、妖魔を憎み戦っている。
その妖魔を救うようなことを奇跡とは呼ばせたくないのだろう。
「そうだとしても、僕はあなたと戦いますよ。僕は妖魔を許す気はありません。それを生み出した要因の1つのあなたなら尚更、許すことなどできない!」
ヴァンは苦虫を潰したような表情から、強い意志を伝える凛々しい顔をして男に言い放った。
ヴァンがコウキに語ったように、妖魔を許さない。その思いをあらわにしたような顔を見せている。
男は肩をすくめて、ため息を吐くと、シュライク達に目を向ける。
「お前達はどうだ? この妖魔のように私に刃向うのか?」
男の問いかけに、シュライクは首を傾けながら、顔を少し上げた。
「ああ、勝手に父親面をして出てきたのだ。本当であれば、一発ぐらいは殴られても仕方がなかろう」
「ははっ。これは面白いことを言うなぁ。では、気が済めば共に歩むか?」
「冗談も程々にしておけ。偉そうな親は嫌われるぞ? 貴様のようなヤツが親だと分かれば、嫌でも反抗期になるだろうが」
男の誘いをシュライクは全却下し、小馬鹿にするように言うと鼻で笑った。
シュライクが偉そうな笑みを浮かべている。
サクラは厳しい目をして、男を見つめていた。
ヴァンは静かに息をし、飛び掛かる瞬間を待つ猟犬と化している。
コウキはサヤの近くに立つと、見つめてくるサヤの目を見返す。
コウキは頷くとサヤも頷き、うなじから五光稲光を現した。
「どうやら、誰もお前の誘いに乗る気はないようだな」
「残念ながら、あなたの味方はここにはいませんよ」
「滑稽だな。闇の神になるなどと仰々しいことを言っておきながら、この体たらくとは。いや……、逆に闇の神らしい嫌われっぷりではないか。腐っても神だな。ああ、腐るというか死んでいたな」
「黙れぇぇぇぇ!」
3人から否定された男は全てを黙らせるように絶叫し、歯を全開に見せて獣のように荒い息をしている。
男が動こうとする前にコウキはサヤから刀を抜いた。
「稲光伝身・『迅雷』!」
刀を抜き、駆け出しながら電光を体に流電させ、男に迫ったコウキは一瞬で消えた。
「おおおおおぉぉぉぉぉ!」
男のわき腹に大きな切り傷が現れ、天を仰ぎ悲鳴を上げる。
コウキが高速で駆け抜け様に刀で斬り付け、今は体勢を立て直して2撃目に入ろうとしていた。
だが、男が口から吹き出したものを見て動きを止める。
現れたものは鮮血ではなく、髪やヒゲと同じようにどす黒い液体が床の上を染めていく。
コウキがその光景に固まっている間に、ヴァンはサブマシンガンの引き金を引いた。
連続で響く銃声と、それに合わせて男が体をうねらせて地面に仰向けに倒れる。
シュライクは倒れた男に向けて歩きながら、鎌を肩に乗せて見下した。
仰向けになり、白目をむいている男にシュライクは鎌を振り上げて、男の首目掛けて薙いだ。
男の首が床の上に転がり、更にどす黒い液体が床を染めていく。
あまりのあっけなさに全員が拍子抜けした顔でいると、地面に転がった頭が坂道を転がるように元の体に戻った。
ヴァンが放った銃弾による大穴の傷も、何事もなかったかのように塞がっている。
「う~む……。面白い力を持っているなぁ。そのむぅ!」
男が語る合間にコウキが後ろから斬撃を浴びせる。
コウキは地に手をつけ、無理やり急制動を掛けると、また高速で駆けながら男の胸を斬り付けた。
「ぐふむぅ! 何やらおかしな力を持っておる。この場でやり合うのは得策ではないか……」
男がコウキから斬り付けられた胸を手で押さえながら呟く。
男の胸は他の攻撃で受けた傷のように、完全には修復されてはいなかった。
塞がりつつはあるが、傷口から滲み出る黒い液体が体を伝っている。
男が手を天にかざした。
その行動の真意を誰も分からず、同じように天を見上げると黒く尖った大きな手が数本伸びて、天井を殴り付け始める。
実験室が大きく震え、天井からいくつものコンクリート片が散らばり落ちて、大きく砕けたコンクリートまでもが落下した。
「ヴァン! ヤツを撃て!」
コウキは叫ぶと、ヴァンの了解なしに高速で走る。
連続して響いた銃声を背中で聞き、大きな風穴を開けられた男の首を狙って駆ける。
その直前、コウキに細長く尖った手が何本も襲い掛かってきた。
「くそっ!」
一言だけ吐き捨て、無理やり体を捻りながら襲い掛かる攻撃を避け、距離を置いた。
黒い手はコウキを深追いすることなく、また男の近くの黒い液体へと消えていく。
その間にも、天井を殴り続ける音が鳴り響く。
「意外に硬いものだなぁ。やれやれ……、気持ちの良いものではないが」
男は呆れるような顔をし、顔をうつむけると、口から大量の吐しゃ物を吐き出した。
それは先程と同じように黒いが、床に落ちることなく、宙に停滞している。
男が顔を上げると、男の横にどす黒く巨大な髑髏が現れた。
「これならば早かろう」
男の口から垂れるよだれと繋がっている髑髏は見る見るうちに巨大になると、天井に噛り付くように突撃した。
実験室は地震で大きく揺れたように震え、天井のコンクリートが破片でなく、塊となって降り注ぐ。
「全員、下がれ!」
コウキが声を上げた瞬間、天井が崩れて、研究所が地下室に流れ込むように倒壊した。




