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捨てられし者

 陸軍軍事研究所の地下実験場にシュライクは立ち尽くしている。


 ミハエルを殺したことによるものか、少しだけ目をうつむけていた。


 「シュライク! 大丈夫!?」


 階段から地下室に繋がる入り口を抜けて、サクラが実験場へと入った。

 サクラの声にシュライクは振り向く。

 振り向いたが、振り向いただけで何も言わない。


 「…そっか……。終わったんだ……」

 「ヤツは最後に少しだが記憶が戻った。一番良い締めくくりであったな」


 顔色を変えることなく淡々とシュライクは語ると、サクラが少しだけ顔を曇らせた。


 「貴様が悲しんでどうする。我らがやらねばならぬことは終わっていないぞ?」


 サクラを慰める言葉とは程遠い言葉を口にしたシュライクは、顔を厳重に作られた隔壁に向ける。

 シュライクの動きにつられるように、サクラも隔壁に目をやった。


 「さて、さっさと破壊しに行くぞ」


 後ろにいるサクラに声を掛け、足を進める。

 だが、その足が止まった。

 向かおうとした隔壁に変化が起きていたからだ。


 隔壁が盛り上がり、金属が悲鳴を上げている。

 金属が歪む限界を迎えると、隔壁の全てが羽を広げたように開いた。


 目の前の光景にシュライクは眉間にしわを寄せ、目を尖らせる。

 サクラは一瞬息を呑んだが、すぐに気を取り戻したように顔を引き締めた。


 隔壁で閉ざされていた部屋から、肌の白い足が見えた。

 まっすぐに歩く男は、髪が肩よりも長い癖っ毛で、口周りにヒゲを蓄えて更に下まで垂れている。

 彫が深く、目は大きく柔らかに湾曲しているため、男の顔を優しく見せていた。

 白衣と思われる物を体にたすき掛けのようにまとっている。


 肌と服の色が白く、髪とひげは黒い。

 しかし、髪とヒゲ、そして瞳の黒さは黒色では済まない程に暗い。

 闇の中で闇を覗くように、存在だけで周りのものまで黒く染めそうな程にどす黒かった。


 漆黒と白で分けている男が実験場に数歩立ち入ると、部屋の全体を舐めるように見回す。


 「このような部屋だったのか……」


 男は感慨深げに独りごちる。

 何の力も込められているようには感じない声色であったが、シュライクとサクラの顔が一瞬で変わった。

 目を見開き、冷や汗が顔を伝い、顔が恐怖に引きつりそうになるのを堪えているように表情筋がひくついている。


 男の言葉から伝わる力に不死人である者達が呑まれかかっているのだ。

 2人の存在に今頃気がついたように、男が目を向けた。


 「お前達は……? ふむぅ……、どうやら私の力で生まれた者達のようだなぁ」


 男はシュライクとサクラをしげしげと眺め、頷きながら言った。

 不快な感じを受けたシュライクは目を尖らせて口を開く。


 「いきなり現れて父親面をするとは、新手の詐欺師か? ふざけたヤツめ」

 「おおぉ~、そうだな、そうだった。私がお前達を生み出す力を世界に与えたのだ。我ながら良い者達を生み出せたようだなぁ」


 シュライクの言葉を適当にあしらった男は、ヒゲを上から下にさすりながら、目を細めて言う。

 その言葉が更にシュライクの神経を逆なでした。


 「だから何を言っている! 偉そうなことを言いおって!」

 「シュライクさん! その男は……」


 唐突に後ろから声を掛けられたシュライクは振り返る。

 その先にはヴァンが苦い顔をして、シュライクを見ていた。


 「…なんだ? この男が何だと?」

 「その手に持つ物を……」


 震える声でヴァンは言いながら、男の手に指をさす。

 シュライクはいぶかしくヴァンの指の先を見ると、目を大きく開いた。

 錆びきったひし形の物を手にぶら下げており、それが何かを全員が理解した。


 「何故、あれが……。いや、その姿形……。貴様は!」


 吠えるように言ったシュライクに、男は笑みを浮かべた。


 「やっと分かってもらえたか。なかなかヤツも知られていないんだなぁ。人をこんなことにしておいて……」


 男が嘆き、首を横に振った。

 男の言動から、全てを察したようにヴァンは声を大にする。


 「あなたは何をするつもりですか!? もう終わって何千年も経っているんです! もうあなたの思いは終わっているでしょう!?」

 「何千年!? ほぉ~……、それだけ経ったのか。何をするか……か。前と変わらんよ…、私が世界を彷徨ったときと同じだ。ヤツに思い知らせるだけだ」

 「思い知らせる? 誰に、何を!?」

 「よく吠える者だ。私はこの世で闇の神となる。ヤツが私を汚い物のように捨てて、輝かしい世界の神になったようにな。そんなヤツに思い知らせてやるのだ、この世界を闇に包み、私を捨て去った軽挙さをな」


 多少は柔らかさのあった男の顔は、氷のように冷え切った顔に変わり、言葉から恨みつらみがこもった暗く重い響きがした。

 処刑の際に、肉体に捨てられた負の感情で満たされた者の目的が、天に昇った自分の半身と真逆の事をしようとしている。

 誰もが恐怖に包まれそうな声を発した男は、瞬時にまた温かみを感じる顔に変えた。


 「そういうことだ。お前達は全て、私の力によって生まれたと言っても良い。共に歩むべき愛すべき子供達だ」


 男は大げさに両手を大きく広げて、地を見つめる。

 地に向けた目を上目づかいするようにした。


 「この世でお前達は苦しい思いをしただろう? 辛い思いをしただろう? ならば復讐をしたいと思わないか? 私はしたい。ヤツが私を捨てたように、私がヤツのことを否定する」


 見る者の心すらも黒く染めてしまいそうな目を向けながら、静かに姿勢を戻した。


 「この世界にヤツは光を、祝福を与えることで神としてあがめられ、敬い、愛される。私を捨てたようなヤツがこの世から愛されていることが許せない。

 確かに私は恨みをばら撒いたが、そこから生まれたのはお前達の意志と言っても良い。何の思いも無ければ生まれぬ存在だ。ヤツが照らす光によって暴かれた、人が忌避する闇のような思いから作られた存在なのだよ。

 だから、拒絶される、狙われる、殺される。ヤツが神にさえならなければ、お前達は生み出されることはなかっただろう。苦しめられることもなかっただろう」


 男は微かに怒りのこもった言葉を多く並べると、静かにたたずみ不死人達に手を差し伸べた。


 「さぁ、お前達を作り出した者達への最初の復讐者となるのだ。人に復讐を! 世界に復讐を! 神に復讐を!」


 天に向かって吠えた男の顔は歪んだ笑みを浮かべ、これから始まる復讐に心を躍らせているようだ。

 改めて不死人達に目を向けると、暗黒の意志を伝えるように浮かべた笑みを変えなかった。


 「そうか。それならば、貴様の所為で人生が変わった俺も復讐者だな」


 暗く抑揚のない声を掛けながら、大きく開かれた隔壁からコウキがサヤを連れて現れた。

 男は背中から掛けられた声に首だけを向ける。


 「貴様が神を恨むように、俺は貴様を恨む。貴様が神を否定するように、俺はお前を否定する」

 「お前は人か……? ヤツからの光を受けるような汚れた存在め……」

 「貴様は人ではないな。闇に妖魔を生み出した汚れた存在だ」


 コウキは男の語る全てを否定し、その言葉に男の顔が不快に満ちたものに変わった。

 男の強烈な視線を受けているコウキは、特に表情も変えず、近づき止まる。


 「お前は俺が屠る。お前がどんな思いをしたかは知らん。だが、俺は妖魔に全てを奪われた。……だから、俺はお前の存在を認めない!」


 語気を荒げたコウキの瞳には闘志がみなぎり、輝きを見せていた。

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