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覚悟

 コウキは目を煌々と輝かせる軍人と相対している。


 軍人は口から荒々しく呼吸をし、目がこぼれそうな程にまぶた痙攣させながら開ききっていた。

 今にも飛び掛からんとしそうな軍人を、後ろの研究員が震えながら顔を覗き込んだ。


 「トウマ大佐ぁ。私達はど、どうしたらいいでしょうかぁ?」


 粘っこい口調で、腰が曲がった研究員がトウマとコウキを交互に見ながら問いかける。

 困惑と恐怖が入り混じり、この状況に押しつぶされそうに唇を震わせていた。


 「クロオ…、お前達は……戻れ」

 「ええぇぇ!? 実験室には、」

 「隔壁は…閉じている……。まずは死体が…優先……だ」


 トウマがクロオに目をやり、間の空いた喋り方で指示を出す。

 全員の目がトウマに向いているとき、コウキが動いた。

 握っていたリボルバーをトウマを含め、全員に素早く撃ち放つ。


 「ちぃ……。卑怯なマネを……」


 コウキは銃を横に構えて銃弾を放ち、横に跳ねる銃身の勢いをそのままに、素早く全ての者を抹殺できる攻撃を繰りだした。

 だが、それ以上にトウマの動きは早かった。

 普通では視認できない銃弾を己の手を盾にして、研究員を守りきったのだ。


 コウキは改めてトウマが妖魔と化していることを認識すると、すぐにエレベーターに向けて駆け出す。

 後ろから猛然と迫りくる力強い足音の主に対抗するために、コウキは口を大きく開いた。


 「サヤ! 出せ!」


 エレベータの影から顔を覗かせていたサヤは驚いたが、すぐに後ろに振り返りうなじを外に覗かせた。

 うなじから伸びる刀の柄に向けコウキは手を伸ばして掴み、抜き出した瞬間に足を軸に反転すると、迫りくるトウマに体を向ける。

 コウキが見たのは怒りに身を任せるように、血管が浮き上がる程に力を込めた拳を振りかぶっている姿だった。

 

 「ふっ!」

 「んぬうぁぁ!」


 コウキとトウマが同時に気勢を上げ、腹から力を込めた声を発した。


 「くうぉぅっ!?」


 右手首を左手で押さえながらトウマが大声を上げた。

 斬り落とされて焼けただれた右手が、焦げた臭いと煙を上げて地面に転がる。


 「くそっ! 人でここまで…やれるか……」


 苦々しい顔だけでなく憤怒に満ちた声を発したトウマは、俊敏な動きをし転がった右手を拾い上げて、自身の右手首に当てる。

 何になるのかコウキには理解できず、その光景に戸惑いが生じた。

 その一瞬がトウマにとって再起の時であった。


 押し付けた手が生々しく骨を繋ぎ、筋繊維を結び、皮膚が滑らかに伸びるように張り付く。

 トウマは手首から分断された手が元に戻ったことを確認するように手を開いては閉じる。


 「丈夫だな」

 「これは…すごい……。こんな…これほどの…力……」

 「会話にならんか。言葉も通じないなら妖魔以下だな」


 コウキは顔の横に刀を水平にして構える。

 突きに特化した構えを取り、軽く腰を落とした。


 「稲光伝し!?」


 その動きを見たトウマは歯を剥き出しにした笑みを浮かべ、帯刀していたサーベルを抜く。

 抜かれたサーベルはただの鉄で固められた物ではなかった。

 サーベルの刀身が赤く染まり、更に燃え盛る炎をまとっていた。


 「これは…貴様の刀に似ている……な」

 「似ているだと? ふざけるな……。サヤの命の刀と、人を犠牲にして得た力を比べるな!」


 コウキは吠えた。顔を歪めたトウマに向け、暴れる電光をまとった刀で高速の突きを繰り出す。


 「ぬっ!?」

 「ちっ!」

 「ふぅんっ!」


 心臓を貫く突きをトウマはサーベルで振り払った。

 舌打ちしたコウキに向けて、トウマは振り払ったサーベルを翻して斬りかかる。


 迫る紅蓮のサーベルをコウキは体をのけ反りかわし、再度体勢を整えて踏み込み刀を振るった。

 コウキの素早い斬撃に、トウマも対応し、お互いの得物がかち合い、金属音を響かせる。

 コウキの刀とトウマのサーベルが何度もぶつかり合い、電光と炎が作り出す火花が2人の周りに飛び散り舞っていた。


 一瞬の気も抜くことができない中で、何合も繰り返される攻防を断つように、トウマが渾身の一撃を上段から繰り出した。

 全力で襲い来る刃をコウキは刀で受け止めると、トウマはそのまま力押しの形を取る。


 「くぅ! くぅぬぅぅ……」

 「死ね…死ね…死ねぇぇ……」


 コウキは全力でトウマが押し付ける力に対抗するが、徐々に体勢が崩されていく。

 人間であるコウキと、妖魔と化したトウマでは単純に力が違った。


 五光稲光の力を体に宿さずとも、コウキ単独で妖魔と戦うことはできない訳ではない。

 そんなコウキに五光稲光を使う隙を与えなかった、妖魔化したトウマの力は人造とは呼べない程の力であった。

 そんなトウマの単純な力でのぶつかり合いでは、後れを取ってしまうのは明白だ。


 トウマに押し倒されるように、コウキの体が徐々にのけ反る。


 「死…ぬ…つもりは、ない……!」

 「死ぬ…死ぬ…死ぬ…死ぬー!」

 「そう…だ……。貴様がなっ!」


 単純に押し続けたトウマのサーベルに対して、コウキは刀と共に体を逸らした。

 コウキの刀が単純に押していた力を逸らしたことで、燃え盛る炎のサーベルは床を焦がさんばかりに振り下ろされる。

 力が入りきって硬直したトウマの体に、コウキの刀が迫る。


 わき腹を切り抜け、返す刀で背中を深々と斬り裂き、目にも止まらぬ三段突きを心臓に向けて繰り出す。

 最後の三段目は心臓を貫いたまま、引き抜くこと無く、電光によってトウマの全身を痺れさせ、焦がしていく

 

 「あぁ! あぁぁぁぁあがががががが! ガハッ! ゴホッ! ゴエッ!」


 トウマは絶叫し込み上げてくる血を口から吐しゃ物のように、大量に何度も吐き出す。

 自由を奪われた体を、更に焦がし続けんとした刀をコウキは抜いた。


 トウマに浴びせられた全ての攻撃は電光をまとった状態のものであり、その威力はただの刀の時とは段違いである。

 痙攣していたトウマの手からサーベルが床に落ち、空しい金属音が鳴った。

 床を赤く染める血とは対照的に、焼き尽くす程の勢いを持っていたサーベルはただの鋼色しか見せていない。


 「もう終わりのようだな」


 コウキは刀を下げて、トウマの背中を見る。

 その声を聞き、トウマは痛みに堪えるように、顔に力を込めて足を擦りながらコウキへ体を向ける。


 「終わり…では…ない……」

 「そうか。なら、終わりにしてやる」


 コウキは下げた刀を片手で振り上げてトウマに近づく。


 「この国を…この国のため…、この力は……必要だっ!」

 「かもしれんな。だが、俺には不要だ。人の人生を狂わせてまで得ようとする力などな」

 「黙れ……。犠牲はつきものだ……。無駄に…は…ならん……」

 「分かった。だが、犠牲にしたのならば、犠牲にした者の無念を受ける覚悟を持つべきだな」


 国を思う気持ちと、人を思う気持ちに大差はない。

 どちらも正しいことであり、それを行使するということに責任が生まれる。

 コウキはそれを淡々と告げた。


 口から更に血を噴き出したトウマが笑みを浮かべる。


 「そうだな……。こんな…日が…来る…と…思ってはいたが……。今が……」


 電光をまとった刃がトウマの首に触れると、何に阻害されることなく頭が胴体から離れる。

 力を失い後ろに体が傾き、仰向けとなってトウマは絶命した。


 コウキはトウマが散って行く姿を確認すると、サヤの元へ足早に向かう。

 刀を逆手に持ちサヤに命を返すと呻き声を上げ、少しずつ落ちついていく。

 大きく息をした後、サヤは心配そうにコウキを見つめた。


 「コウキ…、大丈夫……?」


 サヤが上目づかいでコウキを見て問い掛けた。

 コウキは何を言っているのか分からず、サヤに言葉を返そうとする。

 その時、頬を伝うものがあることに気付いた。


 服の袖で拭っても、また頬に温もりを持ったものが何度も伝う。

 顔から離れた涙が床に染みを付けるように、何粒も垂れて更に床を濡らす。


 コウキの中で眠っていた何かが弾けた。

 元凶である死体を破壊した訳ではない。

 だが、父をいじくり、醜いものに変えた者の1人を殺した。


 喜びなのか、悲しみなのか分からないが、コウキは何かを感じて涙を流している。

 気を引き締めて、涙腺に蓋をする。涙で湿った頬を拭い、顔に力を込めサヤを見据えた。


 「ああ、大丈夫だ。まだ先がある。サヤ、行くぞ」


 コウキが発した言葉にサヤは大きく頷く。

 2人は廊下の先にある隔壁に目をやり、その先にあるであろう死体に向けて力強い思いを発した。

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