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人を守る者と国を守る者

 コウキは銃声が後ろから響いてくる中、サヤの歩幅に合せながら走る。


 「サヤ、もう少しだけ急ぐぞ」


 息が上がりそうなサヤを急かすように声を掛けて、少しだけ足を速めた。


 キョウコが入手した情報から、脱出ルートに選ばれる可能性がある場所は限られている。

 その上で死体を運び出すためには、車が使える場所でなければならない。

 そんな中、研究所の側面にある雑木林の中に人の手が加えられているとのことだった。


 情報では外から見ても変哲もない林の中を、脱出用の車が通るために整地されているように見えるという。

 全員の意見は一致し、裏手から攻め、正門も押さえれば、逃げる先は限られる。

 不死人達の動きを抑えつつ、本命の死体を破壊するため研究所の側面へと回った。


 研究所に取ってつけたような、角ばった長方形の建物がある。

 作り自体は建物と同じコンクリート製だが、多くの建物の壁面は平面なのに対し、ここだけは建物から一部が飛び出ていた。

 近づくとシャッターが建物への入り口を塞いでいる。


 「サヤ、出せ」


 コウキの暗い声に反応し、サヤは傍まで行くと刀の柄をうなじから現した。


 「抜刀」

 「あうっ!」


 一言だけ言い、サヤに身構えさせてからコウキは刀を抜く。

 闇夜にサヤの小さな悲鳴と、五光稲光の青白い光だけが放たれた。


 コウキはシャッターに近づくと、刀を素早く振るって新たな入口を作る。

 動けないサヤの元へ向かい、刀を刺し戻すと2人で静かにシャッターに開けた入り口を通った。

 中は外から見た通り、そう大きい物ではなく、軍用車が2台列になって並んでいるだけで、ただの車庫にしか見えない。


 「誰もいないね?」

 「ああ。だが、ここでもやることはある」


 サヤが建物中を見回して、コウキに小さな声で語りかけると頷き返した。

 コウキはすぐに懐からクナイを取り出して、車のタイヤを斬り付けていく。


 「こうすれば車は使えない。徒歩で逃げるならば、俺の方が間違いなく早い」


 全ての車のタイヤから空気が漏れ出し、車が少しだけ沈むのを確認すると、コウキはクナイをしまう。

 建物の奥に目をやると、奥はある部分を除いて頑強な壁であった。


 ある一面とは金属製の扉と、シャッターで締め切られたエレベーターが壁に埋め込まれるように設置されているからだ。

 扉はいたって普通の扉で、おそらくは非常口か何かだろう。

 エレベーターはデパートなどで見る物よりも大きい。横幅しか分からないが、10人以上は乗れると思われる。


 「サヤ、行くぞ」

 「うん」


 2人共、簡単な言葉を交わすだけで、同時に奥に向けて動き出した。

 周囲を警戒しながら歩くと、エレベータのモーター音がうるさく鳴り始める。


 「これは?」


 思わず口からこぼれ落ちた言葉の真相を確認すべく、コウキはエレベーターに駆け、空洞をシャッターの隙間から覗く。

 光が漏れた箱型の物が、この建物に上がって来ようとしている。

 コウキはすぐに判断し、行動に移した。


 腰に張り付けていた水平2連ショットガンを取り出して右手で構える。

 左手にはリボルバーを垂らし、撃鉄を起こすと金属がかみ合う音が響く。


 上がりつつあるエレベーターが中心付近まで上ったところで、コウキのショットガンがエレベータのドアを粉砕する。

 更にもう一発をエレベータに絡んでいるワイヤー目掛けて放つと、脆くもワイヤーはエレベーターを見捨てた。


 「うぇあぁ!? 何なんだぁ?」

 「落ち着け! うろたえるな!」


 恐れおののく様な悲鳴と、それを止めさせるため固い物言いで声を張り上げて静止している。


 エレベーターが下がるのを必死に踏み留めるように、四隅の鉄枠が悲鳴を上げている。

 コウキはリボルバーを構え引き金を引くと、素早く丁寧に鉄枠を破壊する。


 必死に落ちないようにしていたブレーキを外され、重みのある鉄の箱を止めるものは無く急降下した。

 コウキは素早く弾丸の補充を行い、ショットガンをエレベーターに向けて連続で放つ。


 「ひぐぅっ! はっ早く開けて! 早く!」

 「痛い痛い痛い! 何でこんな目にぃぃ! 嫌だ、出して!」


 エレベータに閉じ込められた者達に向けて放たれた散弾は、確実に中の者達を恐怖に落とし込んでいた。

 更に排莢を済ませて、銃弾を補充しエレベータに向けて再度、散弾を発射する。

 銃声が静まると中から響いていた悲鳴は消え、うめき声しか聞こえなくなった。


 「サヤ、行くぞ」


 エレベーターを覗きこんでいたコウキは、顔をサヤに向けて言う。

 サヤはすぐに頷き、小走りでコウキの元へ行くとサヤの体が急に持ち上がった。


 「わっ!」


 驚きの声を上げたサヤはいつも以上に近いコウキの顔を見る。

 お姫様だっこでサヤを持ち上げたコウキは、何事もない顔でエレベーターに近寄ると何も言わずに飛び降りた。


 「ひゃうっ!」


 一瞬の恐怖とエレベーターの天井を破壊し着地した衝撃に、サヤは妙な声を上げる。

 コウキは特に反応せず、足元に転がる死体を見ていた。

 軍人で息の音がありそうな者には、素早くリボルバーで頭を撃ち抜いていく。


 エレベーターの端に隠れ、銃弾の補充を済ませると、顔を覗かせて外を伺う。

 幅は人が4、5人通ることができる程度で、その先には軍服と思われる物を来た者が3人見えた。


 現状を把握したコウキは、すぐさまショットガンを放ち扉をぶち破る。

 ドアが壊れると同時に走りだし、コウキの動きに反応しようとした者達にリボルバーを向け、頭部を撃ち抜く。


 前面を守るように立っていた軍人達は、コウキの速さに反応できず、糸を切られた操り人形のように崩れ落ちた。

 軍人が死体となった瞬間に、コウキは銃弾の補充を済ませる。


 血が廊下を染めていく中、白衣を着た研究員と思われる者達は全身を震わせていた。

 軍人は残り1人で、一番奥からコウキに強い視線を送る。


 研究員達に挟まれるようにストレッチャーが置かれており、白い掛物からはダラリと垂れた紫色の手が見えた。

 コウキが視線を向けたことに反応するように軍人が動き出す。

 その動きを見逃さず、すぐさまリボルバーを軍人の眉間に向けた。


 「これが何か分かっているようだな?」


 研究員の盾にでもなるように軍人が立ちはだかると、軽く顔を死体に向けてしゃくり上げて問いかける。

 コウキは強い意志を見せる視線を軍人に向けて、問いに答えた。

 その目に軍人は顔をきつくして、コウキを睨み返す。


 「お前はこの国の人間ではないのか? これはこの国の宝だ。奪わせる気も破壊させる気もない!」

 「それが宝だと? 妖魔を作る様なものが宝だと言うのか?」

 「宝だ……。これがなければ、先の大戦には勝てなかっただろう。これがあったからこその勝利なのだ!」


 銃口を眉間に向けられているにも関わらず、軍人は全く怯む様子はなく、むしろ強い意志を示すように硬い顔を見せ大声を上げた。

 コウキは男の言葉を聞き、無表情で固めている顔に少しだけ怒りを滲ませた。


 「その宝で何をしたのか分かって言っているんだろうな?」

 「もちろんだ。何人もの人を犠牲にして実験を繰り返し、失敗で屍を築きながら我々が手にした力を作り出す物だ」

 「その屍の気持ちを……、犠牲になった人達のことを考えたことはないのか?」

 「考えたに決まっているだろうが! だが、国を守るためには必要なことなのだ! 優先すべきはこの国のため! この国に住む者達の平和のためだ!」


 軍人は声高に叫び、大きく手を動かして仰々しく語る。

 この国に住み、この国のために忠を尽くす軍人の言葉としては間違いはなかった。

 だが、それは軍人としての考えであり、全ての者がそうは思えることではない。


 コウキは軍人が訴える正当性を微塵も受け入れるような目をせず、鋭い目を弱めることはなかった。


 「そうか……。ならば、捧げられた人達は、この国のためになったということか?」

 「ああ。そのお陰で我が国が直に戦火にさらされる危険は減った。全ては犠牲になった者達が与えてくれた命のお陰なのだ」

 「それならば、残された者達のことも考えたのか? 目の前で実験に因って死に行く者達を、人を捨てさせられた者達を見て、その者達の大事な人達を考えなかったのか!?」

 「黙れっ! 考えぬ訳がないだろう! だが、全ては国という大木を守るためだ……。守るために歪な接ぎ木が必要であれば、犠牲を伴っても作らざるを得ない」


 コウキらしくない語気を荒げた問いに、軍人も声を張って返したが苦渋に満ちた顔を覗かせていた。


 「お前が剥ぎとり削った木には繋がっていた者達がいる。お前はそれを理解していた。理解した上で、妖魔を作り出したんだな?」

 「そうだ。でなければ、このようなことはできん」

 「分かった……。お前達に剥がされ削られた者が俺の父だ。作られた妖魔に母と妹を殺された。俺はお前達に繋がりを奪われた者だ」


 静かに、だが怒りが伝わる声を軍人に向けて発した。

 コウキは自分から全てを奪った原因が目の前にいる。

 軍人もコウキの意図を感じ取ったのか、顔色を険しいものに変えた。


 「お前が私達を恨むのは分かる。だが、それでも国を、」

 「そうかもしれん。だが、俺には関係ない。お前が国を思うなら、俺はこの先に犠牲になる人を思う。俺が戦う理由はそれだけだ」


 強い意志を示したコウキがリボルバーの撃鉄を上げた瞬間、軍人が注射器を腕に刺して血よりも鮮やかな赤いものを注入した。

 それが何かを理解し引き金を素早く引くと、銃弾が軍人の額の真ん中を撃ち抜いた。

 溢れ出る血液が顔を伝い、体を這うように上から下に流れていく。


 だが、倒れなかった。軍人は体を震わせて、歯が剥き出しになりそうなぐらい痛みに耐えているように見える。

 体の震えが治まり、吹き出していた血が止まると、軍人は目から怪しげな赤黒いの光を放ちコウキを見据えてきた。


 「こ…れ…が…、本…物…の…力……。これが…あれば……」


 軍人は右手を握り締めて、自分の力を確認した言葉を発した。

 伝わる力強さにコウキは身構える中、軍人だった者がコウキに目を向ける。


 「お前に…見せてやる……。これが…この国を…守るのだぁっ!」


 咆哮とも取れそうな声を上げてコウキに己の意志の強さをぶつける。

 ぶつけられたコウキは静かに立ち、自分の意志を伝えるように妖魔を睨みつける。


 「国に住む人達が不幸になるような力で何を守る? お前が守りたいのは人ではない。自分を認めてくれる国だ。お前が守りたいものと俺が守りたいものは違う……。俺は…、俺の守りたいもののために、貴様を殺すっ!」

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