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荒ぶる猟犬

 地上から地下室に響いて来た音と振動が静まり、研究員達は安堵の表情を浮かべていた。


 周りの空気が緩み始めた中、軍人達にはまだ緊張感が残っており、トウマも顔を強張らせたままだ。

 敵の目的が死体であれば、それなりの数の者達を送り込むはずだ。

 現状はどうなのだろうか。トウマの頭の中で作戦を立てようとする中、研究所の一室に転がり込むように1人の軍人が駆け込んできた。


 くすんだ緑色の軍服を身にまとった者は、何かがあれば連絡をするように配置していた部下だった。

 軍人は狼狽した様子でトウマ達に駆けながら声を上げる。


 「ほっ! 報告します! 裏手の警備兵は全滅いたしました! 外国の者も仲間割れなのか、1人を殺して正門へ向かって、」

 「報告します! 2階で外国の者が戦闘中。1人の男に因って正門の警備兵は全滅、今は外国の者が2人で戦闘中です!」


 悲報をもたらした者に続いて、更に悲報を伝えてきた者にトウマは歯噛みし、顔を怒りで染めた。

 警護は任せろと言っておきながら、この体たらくに怒りしか湧かず、部下に思わず掴みかかり怒りをぶつけてしまいそうなのを我慢していた。


 トウマは大きく深呼吸をして、頭を冷やす。

 先ずは状況把握をするために頭の中を整理する。

 研究所の警備兵は全てが殺されてしまった。人造妖魔ではあるが、それを倒せる程の者達がいる。

 一流の狩人達での作戦となれば、納得せざるを得ない。


 更に不死人は仲間割れを起こし裏手で1人殺害、研究所内で2人が交戦中だ。

 最後に正門で2人の不死人がヴァンと戦っている。

 そうなると最悪の場合、不死人の中で味方と、敵は同数ということになる。


 最悪な状況を考慮して軍人は動かなければならない。

 正門の不死人2人がヴァンを仕留めれば、いくらでも押し返すことはできるだろう。

 ヤツ等頼みになるが、ギリギリまで状況を見極めて動く必要がある。

 それでもダメであれば、最後の手に出るしかない。


 「よしっ! お前達はもう一度、外の状況を探ってこい!」

 「はっ!」


 規律正しい軍人らしく胸を張って、一点の曇りもない声で指示を出した。

 2人の軍人も合わせるように返答し、敬礼をした。


 2人の軍人が踵を返して地下室から出て行こうとしたところで、階段へ続くドアが静かに開いた。


    ・    ・   ・


 クリムとクサンタが研究所の影に隠れたのを確認し、コウキは素早く刀をサヤに戻した。


 サヤが必死にうめき声を抑える中、コウキは不死人達の動向に気を配る。

 研究所の2階からは怒声が何度も響き、建物が割かれるように、いくつもの切れ目が入っている。

 裏手での戦いは分からないが、耳を澄ませても何も聞こえないことから、ハヅキ達の引きつけは成功したと思える。


 気掛かりなのはサクラともう1人の不死人だ。

 ここの戦いに来ていないということは、交戦中なのか、すでに戦いは終わり、死体の保管場所に向かったのかもしれない。


 冷静に状況を分析していると、正門から悠然とした態度で軽機関銃を左肩に乗せたヴァンが姿を見せた。

 目深にかぶっていたハットを人差し指で少し上げると、コウキに向けて軽く笑みを送った。


 コウキはヴァンに向けて頷くと、すぐに研究所の側面にサヤを伴って足早に移動を開始した。

 不死人達を引きつけて、ヴァンの力に注意を払わせたところで、本命の死体の破壊を行う。


 強烈な死を浴びせられ、更にその姿まで現れてしまえば、嫌でもヴァンがいることにしか注意が向かない。

 コウキとヴァンに削られた命で焦りも乗じているだろう。

 それを見ぬくようにヴァンは銃を建物の影に向けると、荒々しい銃声を発して研究所の壁を破壊していく。


 軽機関銃とは言え、建物の外壁を破壊できる威力はない。

 だが、ヴァンが放つ銃弾は削るや穴を開ける程度ではなかった。

 まさしく、破壊している。


 これがヴァンの力だった。左手に持った物を同化させ、妖魔としての力を上乗せする。

 それが今、銃弾が建物を砕く程の力に変えていた。


 クリムとクサンタはその力を知っているのか、建物の影から影へと移動して行く。

 ヴァンは狙い通りになったことに思わず笑みが零れる。


 「いい加減、出てきてください。逃げ回るのもいいですが、それだけでは事態は変わらないと思いますが?」


 安い挑発を隠れている不死人に向けて投げる。

 ヤツ等もバカではないと知っているヴァンは、どう動くのかを思案する。


 ヤツ等の戦い方はコウキが十分に身をもって教えてくれた。

 あとはヤツ等が姿を現せば。その思いが届いたのか建物の影から1人が飛び出す。

 姿を見せたのはクリムであった。


 「くらえぇぇ!」


 長剣から繰り出される、超長剣がヴァンに吸い込まれるように一直線に伸びていく。


 「おや? やることが単調…ではない!」


 ヴァンがクリムの長剣をかわした時、青い円がヴァンの側面に現れた。

 この事態を受け、ヴァンは目だけを動かしてクリムの方を見る。

 クリムの影から姿を見せるようにして、クサンタが体を出し、攻撃を仕掛けたのだ。


 クリムとクサンタが姿を重ね、時間差で攻撃を放つ。

 これが2人が出したヴァンへの攻撃方法であった。


 だが、ヴァンはこの状況にも関わらず、口は怪しげな笑みを浮かべている。

 青い円から飛び出る槍を見ながら、銃口を青い円へと向けた。

 

 「ヴァッフ!?」

 「クサンタさん!?」


 突如、クサンタの肩が弾け飛び、持っていた槍が地面に転がる。

 無くなった手をかばうように左手で押さえるクサンタをクリムは長剣を戻しながら、気遣うように目をやった。


 「だガフッ!」

 「クリッ!」


 クサンタに気を回したことが仇となり、銃弾でクリムの頭が弾け飛ぶ。

 痛みを堪えていたクサンタも、クリムに注意をしようとしたところで同じく弾け飛んだ。


 「おやおや。仲良く頭がなくなりましたね。でも、これで終わりませんよ」


 銃弾を満載した箱型の弾倉には、まだまだ余裕があり過ぎた。

 ばら撒くように銃弾を浴びせ、不死人の命を絞り尽くそうとしている。


 ヴァンがクサンタに攻撃できたのは、青い円に銃弾を放ったことに因るものだった。

 クサンタの能力は自身の槍を空間をすり抜けさせ、離れた場所に槍を突き出せる。

 それを細かく何度も円と円の間を繋ぐように槍で攻撃を仕掛けていた。


 ヴァンはそれを逆手にとって、槍よりも早い銃弾を放ちクサンタの元へ繋がっている、いくつもの円を逆流する形でクサンタの肩を破壊したのだ。


 「さてさて……。あとどれぐらいでしょうか。できれば早めに片を付けたいのですが」


 片手でハットを目深にかぶりながら、軽機関銃から吐き出される銃弾は止まらない。

 一方的に蹂躙している状況に少し飽き飽きしてため息を吐こうとする。


 その時、研究所から轟音と共に壁や床が壊れ、地面に崩れ落ちると大量の煙が宙に舞った。

 ヴァンは一瞬だが呆気に取られてしまったことが仇となり、クリムとクサンタは煙の中へと消えた。


 「ちっ! いきなり何なんですか、これは……」


 煙が落ち着くのをぼんやりと眺めていると、けぶる中で煌々と光る何かが向かって来ていた。


 「あれ? これって……」


 ヴァンは何かを察したのか、目を大きくして顔を前に突き出し、その姿を確認する。

 煙が晴れると姿を見せたのはミハエルだった。

 顔に下卑た笑みを満ちるように浮かべて、ふらつきながらヴァンに向かって歩く。


 「ふふっ……。あの程度の男だったとは……。えっらそうな事を言って……」

 「…その口ぶりからすると、シュライクさんはやられてしまったのですか?」

 「お前はヴァンか? そうだ……、俺がやったんだ! あの腹立たしい男を、この手で! 素晴らしい死に様だったぞ。地べたに尻をついてなぁ!」


 その光景を思い出したのか、のけぞるように大声で笑い、倒れそうになっている。

 ヴァンはその光景を見て顔をしかめた。

 これで1対3になってしまったのだ。


 憂慮する事態にヴァンは次の手を考えねばならなくなった。

 コウキはすでに動いている。こちらに戻ってくることは無い。

 あとはサクラが正門側に来る余裕があればだが、不死人の1人に付くように決めているため、下手な期待はできない。


 全てが上手くいくとは思っていなかったが、それでも思った以上に悪い状況を迎えたことに舌打ちした。

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