壮絶なる兄弟げんか
研究所の2階の廊下では、眩い光を放つ剣が乱舞していた。
ミハエルの剣技は怒りに惑わされているのか、力任せに斬り付けるように振るわれている。
対して、シュライクは鎌の持ち手を巧みに変えながら、剣をさばき、手や体を少しずつ斬り付けていく。
「どうした? その程度か? ずいぶんとデカい口を叩く割にはたいしたことのないヤツだ」
お得意の上から目線での物言いをし、振るわれた剣を鎌で絡め取り、顔目掛けて蹴りを繰り出す。
「げふっ!? っくっそっがぁ!]
シュライクのブーツの跡が顔に赤々と残っている中、更に顔を赤くしたミハエルは剣を振り回した。
重なる怒りで熱くなったミハエルの剣は更に扱いやすくなったのか、軽々といなしながら斬り付ける。
修復されながらも着実に傷を与えられ、痛みと屈辱がミハエルを更に獣のような戦い方へと変貌させていく。
「お前ごときに……。お前ごときにぃぃぃぃ!」
黄金の剣が光に照らされたように、一層の輝きを放って廊下の闇を消し去って行く。
ミハエルの手にした剣は目が眩みそうな光が落ち着くと、煌々と光る金色の剣へと変わった。
「ほぅ……。それがお前の力か。頭の中も剣同様に、御大層に光を放ってそうだな。悪い意味ではないぞ? 自分はえら、」
「黙れぇ!」
シュライクの言動に我慢の限界を迎えるように声を荒げて、剣を廊下に振るった。
ミハエルが斬り付けた廊下には、そのまま剣に斬られた跡が見える。
剣で削り取った訳ではなく、剣でそのまま斬り、その剣幅の分だけ廊下が斬られていた。
「ふむ……。どうやら切れ味は良くなったようだな。だが、わざわざそれを見せつけるとは、頭の切れあ、」
「黙れ! 黙れ! 黙れぇっ!」
剣技というには程遠く、ミハエルは力のままシュライクに向けて斬撃を繰り出す。
シュライクは力任せな攻撃を受け止めようと、剣を鎌で絡め取ろうとした時、手応えに違和感を持った。
鎌が刃ごと切り取られていたのだ。思わぬ事態にすぐさま距離を取るため、ミハエルの脇をすり抜け相対する。
余裕を見せていたシュライクの顔は、真剣さを通り越し、緊迫した顔をへと変貌した。
右手に力を集中させて新たな鎌を形成する中、輝く剣をだらりと垂らしているミハエルが顔を伏せて笑う。
「あ~…、もう化けの皮が剥がれたか。偉そうにしておいて、これだけで顔色がここまで変わるとは」
歪な笑みを隠すように、手を顔に当てて高らかな笑い声を上げる。
ミハエルの高笑いにシュライクは顔色を変えず、ただ見据えていた。
「さて、さっさと殺して死体を我が手にしなければな!」
ミハエルは言い終わると同時に、顔を汚らわしいものでも見るかのように変えて駆け出した。
すぐに応じるようにシュライクは迫るミハエルを待ち受ける。
振るわれる金色の刃を鎌で防ぐことが不可能であることは明白だ。
シュライクに取れる行動は、ミハエルが振るい続ける刃から逃れ続けることだった。
「無様、無様、無様ぁ! 偉そうなことを言って、その程度か!?」
「まったく、短絡的なヤツめ」
笑みをこぼしながら、悦に入った剣を振るい続けるミハエルにシュライクは冷たい視線を送った。
シュライクがとてもではないがミハエルに届かないであろう距離に飛び退いてから鎌を振るった時、その鎌の柄が伸びる。
ミハエルが地面に振り下ろした剣を持ち上げる間もなく、シュライクの鎌がわき腹に刺さり、体を真っ二つに割かれる。
飛び散る鮮血と内臓が生々しく廊下を染めて行き、上半身と共に下半身も崩れ落ちた。
「くそっ! 舐めたことを!」
地面に倒れ込んだが、すぐに再生が始まり、血の跡しか残さずミハエルの体は元に戻った。
だが、その顔にまた怒りがこみ上げて、赤く染まっている。
柄を伸ばした鎌をまた元の大きさにシュライクは戻して、肩に掛けて見下す。
「力任せに振るうからだ。相変わらずと言えば、相変わらずか。まあ、今ま、」
「死ねっ!」
人を食った物言いが続くシュライクに、我慢の限界をとうに切れているミハエルはまた剣を振りかぶって襲い掛かる。
シュライクの言う通り、振るわれる剣は廊下を斬り、壁を斬り、ありとあらゆる所に傷をつけていく。
建物にいくつもの切れ目を入れるように振るわれる剣によって、建物が悲鳴を上げ始める。
「おいおい。このままでは研究所ごとっ!?」
足が滑り落ちる感覚に声を上げると、地面に走っていた亀裂に足を取られ、シュライクは尻餅をついた。
引っ掛かった足を抜こうと、足に力を入れる前にその力を奪われる。
「ぐわっ! くぐっ! がぁっ!」
「ははっ! ざまぁない! 無様にこけて、切り刻まれるだけとは! さっさと塵と化せ!」
愉悦に染まった顔から、一振りで確実に命を奪おうと、大げさな剣の振るい方を続ける。
再生した瞬間に次の刃を振るわれ、シュライクは刻々と死刑を待つ者の身となってしまった。
力を入れようにも、痛みが走って思うように動けず、それが治まる直前にまた斬られる。
まさしくなぶり殺しな状態になってしまった自分にシュライクは歯噛みをした。
その顔に歓喜するように、ミハエルの笑みは更に歪なものへと変わり、込み上げる笑いを思いのまま発する。
「ああ……、あと何回この光景を楽しめるのだろうか? なぁ、シュライッ!」
悦に浸っていたミハエルの顔が粉みじんに吹っ飛ぶ。
次いで、体も同じように弾け飛ぶと地面に散らばった。
聞こえた音は銃声だった。シュライクは素早く亀裂から足を抜くと、外に目をやる。
微かに見えたのは銀色の光だった。
「ヴァンめ……。余計なマネ…、とは言えんな。まあ、お陰で無駄な命を減らさんで済んだからな」
弾け飛んだ頭部と胸部の再生が始まったシュライクに目をやる。
肩に鎌を乗せて、ゆるりと近寄りながら口を開く。
「さて、仕切り直しと行こうか。いや、兄弟げんかの続きと行くか……。ま、大抵は兄が勝つがな」
地面に手と膝を着き、頭部が修復しつつあるミハエルに向けてシュライクは言い放ち鎌を振るった。




