妖魔レポート
コウキとサヤは、ウメが作った朝食を済ませると、出社に向けて準備をしていた。
コウキは暗器をそこらしこに仕込んでいる、くたびれたスーツを取り出して着る。
使い古し、戦いを切り抜けたスーツに、更に重荷を加える暗器がスーツを疲れさせている。
サヤは1人で着物を慣れた手つきで器用に着る。
こちらもコウキと同じように少し擦れてきているが、まだ着物としての上品さは失ってはいない。
片手にコートと鞄を持っているコウキは居間にて、サヤが出てくるのを待っている。
少し遅れて焦りながら羽織に袖を通してサヤは居間に来ると、コウキと共に家を出た。
「今日のお昼はどうするの?」
人の足で踏み固められた土の道を歩きながら、サヤがコウキを見つめ聞く。
その問いにコウキは目を瞑って、ため息を吐いた。求めている答えは分かっているからだ。
「源平食堂に行きたいんだろう?」
「うん。ここ何日か行ってない」
「…分かった」
「うん」
軽く諦めた感じをかもし出して、コウキはサヤを見て言った。
その言葉にサヤは上機嫌で、愛らしい笑顔を見せる。
コウキは可愛らしい笑顔を見ながらも、表情を変えず、陽明社へと足を進めた。
・ ・ ・
「おっはようございます」
相変わらず軽い口調で笑顔を見せながら、朝の挨拶をカズマはする。
挨拶に対してコウキは目を向けるだけで、サヤは深々と頭を下げた。
いつも通りの2人の挨拶を受けると、カズマはまた書類に目を通し始めた。
コウキも安物の机に向かい椅子に座ると、目の前に積まれた書類に目をやる。
この中の情報に妖魔に繋がるものがあるかどうか。
運が良ければ早く見つかるが、運が悪いと無駄足になることもある。
警察から確証のある情報があれば、一番手間が掛からない方法なのだ。
しばらく書類と格闘していると、カズマが書類から目を離してコウキを見る。
「あ、コウキさん、そろそろ妖魔に関する報告書とイラストをまとめないと」
うっかりしてたと言わんばかりに、カズマはコウキに向けて言うと苦笑いをした。
「報告書はほぼ終わっている。あとはカズマのイラスト次第だ」
「うへぇ~、俺待ちですか? 一応、コウキさんから聞いた感じで、まとめてはいますが」
コウキに向けて、カズマは数枚の紙を差し出した。
それをぶっきらぼうに受け取ると、1枚1枚に目を通して妖魔の全体像と特徴を確認する。
「どうですか? けっこう上手くいってると思うんですけど?」
「ああ。細かい所を除けば、問題はない。これなら大丈夫だろう」
報告書とイラストを1つにまとめていると、ドアをノックする音が聞こえた。
コウキが招く言葉を発すると、1人の女性が部屋に入って来る。
「コウキくん、報告書は出来上がっている?」
「まったく……。キョウコ、入ってきて早々に聞く事か?」
挨拶を省いた女性はコウキに向けて、透き通るような綺麗な響きの声で、やや厳しめに質問をした。
やや勝気な顔に綺麗に分けた黒髪と、伸ばした髪を後ろでブローチでまとめている。
服は装飾が多めの薄い青色のワンピースを着ており、覗かせる体付きは健康的なものだ。
「こっちにも納期があるのよ。そっちも助かってるんでしょ? お互い様」
腰に手を当ててキョウコは体を乗り出して、コウキに向け強めに確認の言葉を口にする。
「分かっている。お互いにとって良い話だからな。ほら、これが今月の分だ」
キョウコの言葉に間違いはないと今一度理解して、コウキは書類を差し出す。
「ふ~ん……。今月は3体…いえ、4体ね。何これ、首なしって?」
「妖魔化したら首から上がなかった。急所がよく分からなかったが、適当に銃弾を撃ち込んだら殺れた」
「じゃあ、あんまり脅威じゃなかったってことね。問題は、毛むくじゃらかぁ……」
コウキの渡した書類の中で、毛むくじゃらの妖魔に関する部分を熱心に読んでいる。
あの反応と動きの良さに、鋭利で硬く太い爪は、一般人には脅威であろうとコウキも改めて考えさせられた。
「中々に狡猾なヤツだったからな。2体だったから容易だったが、これが複数体だとな」
「結構、厄介ね。他の狩人や、討伐隊の強化をしてもらうよう、連絡してもらわないとね」
「ああ、お国の一大事になる前にな。お偉方に伝えておいてくれ」
キョウコはあごに手を当てて、眉間にしわを寄せ苦々しい感じで言うと、コウキは肩をすくめて返した。
軽く投げやりなコウキの発言にキョウコは目を細くして冷たい視線を送る。
「すぐに動いてもらえると思わないでよ? ただでさえ、軍部と政治家の間でごたついているんだから」
「俺達には関係ない。だが、俺達が死んでしまえば、軍も政治もへったくれもないぞ?」
「分かってるわよ。あ、これ他の狩人からの報告書。しっかり活用してよね。それじゃ」
キョウコが差し出した書類の束をコウキは受け取ると、そのまま踵を返して去って行った。
その背中をコウキは見ることなく書類に目を落とす。その時、カズマが楽しそうな声で喋りかけた。
「いやぁ、キョウコさん、可愛いのに怖いですよねぇ。でも、その差がたまりませんねぇ」
カズマが椅子の前脚を浮かせて、器用に後ろ脚だけでバランスを保って言った。
顔もやや勝気な感じではあるが、人によっては可愛く、人によっては美人と、どちらからも印象が良い顔に見える。
ただ、コウキは特に返事をすることなく、書類に目を通し続ける。
「ねぇ、コウキ」
「何だ?」
今まで存在を消していたようなサヤが、コウキに向けて声を掛けた。
「『魔精骨』は持って行かなくていいの?」
その言葉にコウキは少しだけ眉を上げて、机の引き出しを引く。
中には無造作に4つの骨のような物…『魔精骨』が転がっている。
コウキはその4つを鷲掴みにして、ポケットに放り込んだ。
「カズマ、昼飯がてら、ゲンさんの所に行ってくる」
「は~い、留守番はお任せです」
軽快な口調で承諾したカズマを見ることなくドアを開けて外に出る。
ドアは開けたままにしていると、サヤがドアを閉めて小走りで付いて行った。