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弱者の一撃

 研究所の裏手では、爆発音が止み、轟音ともいえるガトリング砲の銃声も止んだ。


 トラックが今すぐにでも発進できるようにエンジンが低く震えるような重低音を鳴らしながら、次の指示を待っていた。

 その指示を出すためのハヅキは電灯に照らしだされた、灰色の岩人間に目を奪われ、口をだらしなく開けている。

 トラックの傍に立ち、刀に手を置いて鋭い目を闇に向けていたゼンスケも、目を大きくしている。


 妖魔の力は人造かもしれないが、ハヅキは先程の戦いの中で何となくだが理解できた。

 決して人が倒せない程の者ではない。犠牲を払えば、倒せないことはないと理解していた。


 だが、あの岩人間の発する力はその程度ではない。

 いくつもの修羅場を潜りぬけてきたハヅキもゼンスケも、その力強さに飲み込まれ、息を呑んでしまっている。


 2人がただただ硬直して見ていた岩人間が動く。

 正しく、岩が人であればこう動くだろうと思われる歩みの重さだ。

 そして踏みしめる1歩は地面を押しつぶさんばかりの力を見せる。


 不死人の力を全開にして迫る岩人間の動きが止まった。

 2人は何も把握できず、ただ止まったという事実だけが頭の中を支配する。


 「何のつもりだ?」


 岩人間が首を回すと、岩が割れるように細かな石粒が首から地面に落ちていく。

 振り向いた先には、右手から植物のつるのような物を伸ばしている、サクラの姿があった。


 「バルドロ、よく見てよ。あれって、ヴァンじゃないと思うよ?」


 岩人間と化したバルドロが視界を遮っているため、サクラは体を傾けてハヅキ達へと目を向ける。

 サクラの言葉を受けてバルドロは再度、首を戻した。


 「確かにヴァンではない」

 「でしょ? 早めに戻った方が良いんじゃない?」

 「分かった。…で? これは何だ?」


 ミハエルからの指示をもう一度確認するようにサクラは言うと、それに納得した。

 納得はしたものの、バルドロは体に絡みついているサクラの蔓を見て、不満げな声を出し体を見回した。


 「ああ、これ? 勝手に突撃しに行ったら、止めるのが大変と思って」

 「ふざけたことを言う女だ。流石はシュライクの部下だな」

 「褒め言葉としていただいておくね」


 バルドロは表情は岩のままだが、声色からは見下すようなものを感じさせる。

 蔑まれたサクラは笑顔を見せ、若干嫌味な返しをした。


 「正門から爆発音も聞こえたし、早く行かないと。さっさと、その姿から戻ったら?」

 「ああ、そうしなければ。ならば、さっさとこの蔓を解け」

 「ん~、でも、さっきみたいに勝手に行かれたら困るでしょ? 首輪みたいなものかな」


 今一度、状況を理解したバルドロは体に絡みついている蔓を指さし、サクラに指示を出した。

 その姿を見てもサクラは応じず、茶化した物言いをし、また笑みを見せる。

 サクラの顔を見て、岩そのもののバルドロがサクラの蔓を両手で掴んだ。


 蔓の繊維がかなり固いものなのか、バルドロの腕の岩から屑が地面に落ちる程、筋肉を隆起させている。

 固く太い糸を引っ張り裂くように、蔓を引きちぎった。

 バルドロに絡みついた蔓の元を千切ると、サクラは少し肩をすくめた。


 「酷いなぁ。人の力をこんな風に扱うなんて」

 「バカにしたのはお前だ。…それに、引きとめるだけなら、力は不要じゃないのか?」


 何かを感じ取ったようにバルドロはサクラに疑問を投げかけた。


 「そう? 止めるには打って付けの力だと思うけど?」


 問いかけにすっ呆けるようにサクラは返すと、バルドロの動きが変わった。

 ただ立っていた体が、少し腰を落として身構えている。


 「何、どうかしたの?」

 「お前は信用できない。シュライクの部下だ。ミハエル様の部下ではない」

 「まあ、確かにそうだけど。でも、狙いは一緒じゃない?」

 「ならば、お前が先に行け。それを見てから、俺も行く」


 一歩も引かぬ、動かぬような物言いをし、バルドロはサクラを見据えている。


 「そっか。分かった。行こうかなっ!」


 サクラの右手から蔓が伸びると、ムチのようにしならせてバルドロの顔を高速で打ち付けた。

 文字通り面食らったバルドロはすぐに首を持ち直す。


 「やはり薄汚いヤツ等だったか。我等を差し置いて、死体を手に入れる気だな」

 「あなた達の仲間のヴァルガスも同じようなことをしたでしょ? そのお返しっ!」


 地面に垂らしていた蔓を持ち上げ、また顔に当てると、更に蔓のムチは速度を上げる。

 縦横無尽にうねり、バルドロにムチ打ちの刑の如く、高速で岩の表皮を削り取って行く。

 岩に覆われたバルドロは頑丈ではあるが、動きは緩慢だったため、避けることができず打ち付けられているままだ。


 だが、止まらぬ攻撃が突如終焉を迎えた。バルドロの右手がサクラの蔓を掴んでいる。

 その右手は岩で包まれたものではなく、生身のものであった。

 

 「くっ! こんな時に生身に戻すなんて!?」

 「ふんぬぅあ!」


 両手で蔓を握り、大きく引っ張り、体を捻りながら地面にサクラを叩きつける。

 次は上空まで高々と上げて振り下ろそうと蔓を上げたところで、蔓だけが宙に浮きバルドロの肩に乗った。


 「いたたたたぁ~……。そろそろレディになる年頃の女性にして良い事とは思えないんだけど?」


 サクラは地面に叩きつけられると、すぐに右手から伸ばしていた蔓を切り離して、空中に持ち上げられるのを回避していた。

 地面を転がったサクラは立ち上がり、体に付いた埃や土を払う。


 「ちっ! 歳を取る前に、殺しきってやる」


 バルドロは怒声を張り上げ、足の表皮の岩を皮膚に戻して、体を前傾姿勢にして駆け出す。


 「もう!」


 愚痴をこぼすようにサクラは声を上げて、蔓を出現させて振るう。

 しかし、その蔓はすでに岩に戻した右手に弾かれた。

 

 すぐに狙いを岩から戻した足に向けて蔓を振るが、腕を垂らすように走るバルドロにことごとく弾かれる。

 サクラは岩とは思えない速さで突進を仕掛けるバルドロを避けるために横に飛び退いた。


 その時、サクラに戦慄が走った。

 バルドロが直進していた体勢から踏み留まると、片足の筋肉が破裂しそうな程に膨らみ肩から飛び掛かってきた。


 「きゃあ! ううっ! ゲホッ! ゲホッ! うぐうっ!?」


 岩に追突され飛ばされたサクラは痛みに堪え、すぐに距離を置こうと動いたがバルドロによって、その動きを封じられた。

 足を潰され、腹部を強打され、血がこみ上げてくる喉を潰すように首を握り、高々と持ち上げられた。


 「ふん、所詮はシュライクの部下だ。このまま死に続けるがいい。どれだけもつかな?」

 「うううううう! うっ! うっ! んんっ!」


 サクラの顔が真っ赤に染まり、足をばたつかせ、バルドロの手を掴み剥がそうとする。

 だが、サクラの膂力とバルドロの膂力の違いは人の時点で歴然としており、夜になれば更に顕著になる。

 この状態になってしまえば、サクラに取れる選択はないに等しかった。


 必死に暴れ抵抗するサクラの足掻きに応じるように、庭園に銃声が連続で響き渡る。


 「うんぬがぁー! 誰だぁ!?」


 生身の足にいくつもの穴が開き、再生され塞がって行く。

 その間にも銃弾はバルドロの足を襲い続け、関節を貫いたのか片膝を地面に着いた。

 バルドロが目を銃声の元へ向けると、グレーのスーツ姿のすかした顔をしたハヅキがサブマシンガンをバルドロに向けている。

 

 「ヤクザ者さ。女の子をいたぶるような輩には、少し灸をすえなきゃなと思ってね」

 「何だと人間が! 貴様もすぐに、」

 「ゼンスケ!」


 すかした笑みを浮かべたハヅキに噛みつくようにバルドロは吠える。

 その声を遮り、ハヅキはもう1人の者の名を呼んだ。


 バルドロは背後に迫る殺気に気付き、固い首を動かそうとした。

 見えたのは、白刃が振り抜かれるところであった。

 

 「ぐあああぁあぁあぁ! ぬうぉ!? くそっ!」


 片足をゼンスケの居合によって足の根元から両断され、地に着く膝もなくなり、バルドロの体が地面に転がる。

 バルドロは思わぬ人間による襲撃により、力を加えていたものを忘れてしまっていた。


 「さっさと放しなさいよ、変態!」


 サクラはバルドロの手を引き剥がし、足で蹴りつけるとすぐに距離を置いた。

 ハヅキとゼンスケも距離を置く。バルドロの再生は終わり、全身を岩にして3人を見回した。


 「んで、可愛い御嬢さん。これからどうするおつもりで?」


 サブマシンガンを肩に乗せたハヅキは、サクラに視線を送り問いかけた。


 「嬉しい言葉ありがとうございます。もう、いいかな。…咲きなさい!」


 ハヅキに輝く笑顔を見せた後、バルドロに手を差し出すように向けて、手招きを何度もする。

 その挑発でもされているような光景にバルドロは憤慨し、地震でも起こしそうな歩みをした。

 しかし、その歩みは止まる。手や体に巻きついていた蔓の至る所からつぼみが芽吹いた。


 「な、何だこれは?」


 つぼみは純白の花びらを咲かせると、次第に色が変わって行く。

 じわじわと鮮やかの赤に染まると、花びらから液体が滴り落ちる。

 それは段々と早くなり、大雨で花びらに降った雨粒が滝の様に流れているようであった。


 「その花から流れ出る液体、見覚えない? それはあなたの血液だよ」

 「くっ! くそっ、こんな蔓など! むうんっ! うぎゃぁぁぁぁ!?」

 「あっ! その蔓はもうあなたの一部だよ。体の奥深くまで入り込んでるし、種子も体の中に入り込んでるからまだまだ咲き続けるよ。血管や筋肉にも根ざしているから、抜くのは大変かも」


 蔓を引っ張ったバルドロは痛みに悶え、地面に転がり駄々をこねるように暴れる。

 その様子を見ながら、サクラは更に怖い事をサラリと言った。

 その横でハヅキは少し呆れた顔で両肩を上げる。


 「いやはや……。お兄さんの妹さんとは聞いていたが、やることがえげつないねぇ。兄妹らしいっちゃあ、らしいかな」

 「兄さん、私のことを言ったの?」

 「ま、それとなくな。お兄さんなりに心配してんだろうさ」


 絶叫を上げ続けるバルドロを無視して、ハヅキとサクラが会話を交わした。

 ハヅキの柔らかな笑みと言葉を受け、サクラの顔がほころんだ。


 「そっか……。兄さんが……」


 体中を鮮血の花で埋め尽くし、全ての血を絞り出され、命の源がなくなったバルドロは散って行った。

 その姿をサクラは見ているようで、見ていなかった。


 兄のことを思うように遠い目をしているサクラを、優しい目でハヅキは見ていた。

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