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兄と弟

 研究所から向かってくる影から漂う見えない力に、言い知れぬものハヅキは敏感に感じとり身震いした。


 「おい……、いつでも逃げられるように車にエンジン掛けとけ……」


 影から目を離さず、普段見せることのない苦虫を潰したような顔をし、手下に指示を出す。

 遠くに見える影は走っているのだろうが、どこか不器用で、幼子が見せるあどけない走り方のように見えた。

 だが、感じる力は可愛いものではない。思わず舌打ちをしたハヅキはクランクを握る手に力を込め、ガトリングを吠えさせた。


 影が向かう手前の地面にいくつかの穴を穿ち、着実に影に向かって射線が伸びて、肉体をぼろ屑に変えんばかりの銃弾の嵐が襲い掛かる。

 ハヅキはクランクを回す手を緩めることなく、全力でガトリングに息吹を吹き込み、迫りくる影を亡き者にしようとした。

 

 「おい! 弾倉を変えろ! 早く!」


 弾切れを告げる銃身の空転を見て、逸る心を抑えることができず、手下に怒声を張り上げて指示を出すと、影に向かって目を向ける。

 動きが止まっているが、崩れ落ちることなく、五体満足のまま立ち尽くしていた。

 歯を噛みしめながら、弾倉の交換が完了した事を告げる金属がかみ合う音を聞くと、再びガトリングから銃弾を放つ。


 影の居場所を感覚で捉えていたためか、無駄な弾を使うことなく、放たれた銃弾が影に直撃する。

 だが、今度も影に動きはなかった。ハヅキからはそうとしか見えなかった。


 あの影は光が照らして作ったまやかしではないかと思いたくなった時、影がゆっくりと動き出す。

 残された数少ない電灯の灯りに照らされたのは、灰色をした岩の人であった。


    ・    ・   ・


 廊下を照らす灯りが非常灯しかない中、シュライクは駆けていた。


 後ろからミハエルが声を掛けて静止する言葉に応じるように、階段のある手前で立ち止まる。

 振り返ると、不満を隠しきれないミハエルの顔があった。


 「何故、止める? 2人仲良く襲撃でもしたいのか?」

 「違います。あなたは場所を知らないのでしょう? 勝手に行かれて、違う所で騒ぎが起こればそれこそ問題です」

 「大体の場所は見当がついておる。我の鼻の良さを侮るな」


 真っ当なことをミハエルは険しい顔をし、厳しい口調で言い放った。

 当たり前のことを言われたシュライクは、見下す様な言葉を吐き、顔と鼻で笑う。


 先ほどまでいた廊下からガラスが割れる音が響いた。

 クリムとクサンタが正門にいるコウキの元へ向かったと思われる。


 「表はあの2人か……。では、裏手はバルドロとサクラだな。で、残ったのはいがみ合う兄弟とは……。少し笑えるではないか」


 シュライクは言葉通り、低く笑い、現状を楽しんでいるように見える。

 しかし、ミハエルにはその言葉も、笑い声も全てが自分を不愉快にさせるものであり、一刻も早く黙らせようと口を開いた。


 「ちっとも笑えません。さっさと行ってください。私はのんびりとあなたの活躍を見物させていただきます」

 「我を止めた男が口にして良い言葉とは思えんが?」

 「黙れっ! 忘恩の輩のようなヤツはさっさと死ねばいい! あのお方も、貴様など不要だとお考えのはずだ!」


 シュライクの見下した発言に対して、今まで見せたことのない本当のミハエルの顔が現れた。

 溜めるだけ溜めきった怒りが爆発したように、肩を震わせ、顔は獣のように歯を剥き出しにしている。


 「ああ、ヤツか。王などと偉そうなことを言って、死期が迫れば不老不死を求める。人間をバカにしている不死人が、結局は人間の権力者が求めたものと同じものを求める。何とも滑稽ではないか」


 シュライクは手を大きく広げて、高らかに笑い声を上げた。

 シュライクの言動の全てがミハエルの怒りという炎に油を注ぐことになり、こめかみに青筋を立てて荒い息を吐いている。


 「我らが王を侮辱する言動……。もはや看過できん! 例え、この逼迫ひっぱくした状況でも、お前がいては台無しになりかねない!」

 「いい顔ではないか。昔はそうして喧嘩をしたものだぞ? まあ、貴様はおぼろげにしか覚えていないようだがな」


 憤慨したミハエルは手を天にかかげると、掌と指先から液体のような物が流れ出て、宙で留まり一振りの金色の剣を形成する。 

 その行為を見ながらシュライクは少し郷愁を感じさせる思い出が過ぎり、不死人としてでなく弟を見る目をした。


 「さぁ! これでお前を切り刻んで殺してやる! その後、ゆっくりと死体は私が回収しよう!」


 剣を大きく振るい、溢れだす敵意を隠すことなく言葉にしてシュライクに言い放った。

 死体の入手を交渉が前提と考えていたミハエルの理性はどこに行ったのかと思う程の、醜態をさらしているように見える。

 だが、シュライクの知るミハエルは今、目の前にいる負けず嫌いで怒りっぽい弟だった。


 かつて喧嘩をしながらも、仲が良かった弟の事を思う。

 その弟も兄である自分も、あの時に死んでしまったのだ。

 弟でありながら、少しの記憶だけを残した弟の体を持つ者にシュライクは悲しげな眼差しを送る。


 「あのまま貧しくとも3人で生きて死ねたのなら、今より余程、マシな人生であったろうな……」

 「何をごちゃごちゃと! さぁ! お前も力を出せ! この世からお前の存在を消し去ってやる!」

 「そうだな。これ以上、お前じゃない者がいるのは不愉快極まりない。お前の中から解き放ってやる!」


 シュライクが語気を荒げると、右手から濃い紫色をした粒子が掌に集まり、派手な装飾が施された小さな鎌が現れた。


 「相変わらずみすぼらしい物だ。お前のような輩にはお似合いだな!」


 疾風と言える程の速さでシュライクに突撃したミハエルは、高速の突きを勢いそのままに繰り出す。

 シュライクはその速さに動じることなく、右手の鎌で剣先を捕え、突きと突進の勢いを横に逸らした。

 勢いの止まらぬミハエルの腹部に、旋風のような中段蹴りがめり込み、顔と横腹を歪ませた。


 「かはっ!?」


 痛みが走ったミハエルに向けて、シュライクは素早く持ち上げた剣に掛けた鎌の向きを変えると、剣が作り出した坂を下りてミハエルの肩に深々と刺す。

 刺さった鎌に更に力を込めて斜め下に振り抜くと、ミハエルの体に斜めの一本線の傷が現れるとともに、鮮血が吹き上がり廊下に飛び散った。


 「ぐっ! あぁっ! ぐぅぅ……。くそっ!」


 肩から胸に掛けて斬りつけられた傷から、止めどなく血が垂れ、廊下を染めている。

 シュライクは鎌に付いた血を不快なもののように見て、血を払うついでにミハエルに振り掛けた。

 斬りつけられた痛みが走る中、傷が再生されつつも、心に付けられた傷に塩を塗られたようで、ミハエルの顔は更に怒りに染まる。


 「…そ……。くそっ……。くそがぁぁぁぁ! ふざけるなぁ!」

 「ふざけてはおらん。貴様を我が殺す。その先で待っていろ」

 「何がだ!? 貴様こそ死んでどこかに消えてしまえ!」

 「そうだな。だが、我等はどこに散って行くのだろうか……。天国とやらは遠い気がするが、アンナには辿り着いていて欲しいものだ」


 緊迫した戦いの中で激高しているミハエルを余所に、シュライクは虚空を見るような目をする。

 すぐに現状に目を向けたシュライクは、鎌を肩に乗せて顔を上げて見下すように目をやった。

 

 「貴様の中に眠る弟よ。姉の元へ我が…、兄ちゃんが送ってやる。もう少しだけ待っていろ!」


 力強い意志を持った目をミハエルに向け、心の底に溜めこんでいた思いを言葉にした。

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