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闇夜の策謀

 爆発の後に残された粉じんが月の灯りに照らされて、低く白い雲が立ち上っているように見える。


 「お~い! この橋は通れないぞ! 迂回路を連絡してこい!」


 モリタカは声を荒げて部下の警官に指図を出し、急かすように何度も手を振り払う。

 動き出した警官の背中が遠ざかるのを確認したあと振り返り、煙を上げる橋を眺めた。

 そこには橋の途中が崩れ落ちており、人が飛び越えることができない程に分断されている。


 「あいつ、やりすぎだろう……」


 煙が風によってモリタカ達に流れてくると、目がかゆくなり、鼻を粉じんが刺激して盛大なくしゃみを発した。

 少しずつ車が提示された迂回路に従うように動きだしたところで、遠くから鈍い爆発音が耳に届く。


 すぐに目をやると、迂回路として指定した橋から煙が立ち上っている。

 その状況を知らずに向かった車の中には軍用車が何台もあり、すでに迂回路に向かっていた。


 カタツムリのようにしか進まない車の行く手を阻むものが、もう1つ出来上がったのを知ることはあるまい。

 これで川を越えて進むには大回りをしなければならなくなった。

 車列が前にも後ろにも遅々として進まなくなった中、遠くに見える煙を見ながら煙草に火を点ける。

 

 「こりゃ、えらいことだな。ったく、徹夜だろうなぁ……」


 モリタカは口から紫煙を吐き、タバコを摘んで嘆くように呟く。

 壊れた橋の先に目をやると顔を緩め、再度口にタバコを咥えて、交通整理に苦心している部下の元へ向かった。


    ・    ・   ・


 正門からもうもうと立ち上る煙を、ミハエルは電灯が消えている廊下越しに見ていた。


 裏手から本命が攻めると見せかけて、表から攻める。

 戦の常套手段ではあるが、それに備えて人員を配置しなければ、本命を誤ってしまい大惨事となる。

 バルドロとサクラを向かわせたのは仕方がない決断ではあるが、知らず知らずに顔を歪めた。


 改めて被害の確認をするために廊下の窓際に向かうと、月明かりに照らされた近くの窓ガラスがぶち破られる。

 飛び散るガラスが月明かりを反射する中、顔を引き締めたシュライクが廊下に下り立った。

 廊下に散らばるガラスを踏み、子気味良くガラスが割れる音を奏でると、シュライクはミハエルに向けて口を開く。


 「本命は正門だ。裏手のヤツ等はどこぞの雇われ者だろう」


 いつになく真剣な表情から伝わる緊迫感にミハエルは眉をひそめる。


 「やはり……。では、私達はすぐに正門に向かいましょう」

 「まぁ、待て。人造妖魔共が動き始めた。適当に戦わせて疲れたところを攻める。これならば死ぬことも少なく済むであろう?」


 今にも部屋で待機している不死人2人に対して命令を下そうとしたところを、シュライクは留まるように言う。

 シュライクは語気を荒げることも、蔑むようなものでもなく、ただただ常識を語るように抑揚ない口調であった。


 「では、このまま見ていろと? 手助けをする光景を見過ごしていることがバレれば後々の交渉に響きますよ?」

 「後々の交渉などない。ヤツ等は死体をここに置いて事態が過ぎるのを待つか、死体と共に逃げるかだ」

 「それぐらいは理解してます。あなたこそ、そんなことも理解していなかったのですか?」

 「だから交渉はないと言ったであろう? 我等で奪う。ヤツ等に我等と戦える力はない。場所も分かっているのであろう?」


 あくまでもヘイハチとの取り決め通りに動くことを考えているミハエルに、シュライクは真逆の提示をした。

 少しだけ目を伏せたミハエルに向けたシュライクの目には憐れみの色が見える。

 シュライクはため息を吐き、首を横に振った。


 「貴様が律儀なのは分かるが、交渉が本当に再開されるか分からん。まだこちらには切り札はあるが、」

 「それは! それを渡して、今の状態を手に入れました……」


 不死人達にはまだ交渉の材料があることを匂わせた時、ミハエルは声を荒げる。

 荒げた声が急速にしぼみながら、最後には絞りきった声になると、ミハエルの顔は苦渋に満ちたものとなった。

 苦虫を潰したような顔のミハエルに、シュライクはまた同情の色を隠せない目を向ける。


 「なるほど……。であれば、仕方がないな。どちらもいただいて行こう。これは我の独断だ。失敗しても、どうとでも言い繕うことはできるであろう?」

 「そんなことが信じられる訳がないでしょう! あなたが不死人とバレればあなたも!」

 「相変わらず熱すると頭が固くなるな。ヴァンも不死人なのだぞ? 不死人の味方がいても不思議ではない」


 シュライクは自分の身を犠牲にして賭けに出ようとしたが、ミハエルは声高にそれを拒絶した。

 だが、次に発せられたシュライクの言葉に、ミハエルの顔色が一変する。

 ヴァンが不死人であることはまだ知られていない。しかし、この戦いの中で少なくとも数度は致命傷を負い、不死人であることが分かるはずだ。


 ミハエルの頭の中では、ヴァンを利用してからの交渉しか考えていなかったが、思わぬ提案を受けた。

 もう1人の不死人がヴァンと共に襲撃し、死体を奪いに来た。そう言えば辻褄が合い、防衛に成功しても言い逃れることができる。

 しかし、完全なる裏切りであり、ミハエルには受け入れがたい気持ちがまた顔色を濁らせた。


 頭の中の整理がつかないまま悩んでいたところに爆発音が響き、窓ガラスが軽くがたつく。

 それも一度ではなく、間断なく爆発が続いており、研究所を絶え間なくビクつかせている。


 ミハエルは舌打ちをして裏手に目を向けた時、正門から数発の銃声が響き、研究所の敷地を照らしていた電灯が次々と消えていく。


 「前からも来たようだな。ヴァン……、ではなさそうだが。また雇われた者か……。となると、もしかしたら更に裏をかいて、本命に一直線かもな」


 ミハエルは月明かりが照らす中、1つの影が鮮やかな手並みで両手に構えた銃から弾丸を発射している光景を見る。

 満月の灯りと夜目が利くとはいえ、照明を消されれば誰かを把握するのは難しい。

 ヴァンではないとすれば誰なのか。ミハエルを悩ます材料が増える中、まだ裏手からは爆音が響いている。


 「行かぬならば、我1人で行くぞ。あとは好きにするが良い」


 頭を抱えそうなミハエルに冷たく言い放つと、踵を返してガラス片を細かく砕きながら走り出した。

 その背中に目をやり、分が良いのはどの選択か。光明が見えない選択を突きつけられ、唸り声を上げる。


 「くそっ! クリム、クサンタ! 正門に向かい、侵入者を排除しなさい! 私はシュライクを追います!」


 ミハエルは2人の返事を聞くこともなく、シュライクの影を追いかけ出した。


    ・    ・   ・


 研究所の裏手の敷地に植えられていた、色とりどりの草花や凝った置物で作られた庭園が片っ端から壊れている。


 一面にしかれた芝生もダイナマイトの爆発によって地面ごと吹き飛ばされ、土と交わって鮮やかな緑の色は見えなくなった。

 ダイナマイトの投擲の再開は正門からの爆発に因るものであったが、その少し前から怪しげな人影が駆けて来ていた。


 今ではダイナマイトの大盤振る舞いを続けており、怪しい人影が爆発に弾かれては別の爆発に弾かれ、こちらまで接近できてはいない。

 だが、爆発で跳ね飛ばされ続ける中、それでも立ち上がる者達がいた。


 これが妖魔なのだろう。コウキから人が作り出したもので、その強さは未知であると伝えられている。

 強いか弱いかは分からないが、随分と頑丈に出来たヤツ等だとハヅキは妙に感心していた。


 「兄貴ぃー! そろそろダイナマイトが無くなりそうでさぁ!」


 破壊したコンクリートの壁の影に隠れながら、何度もダイナマイトを的確に放っている子分が声を上げた。


 「そのまま使いきるまで使って構わねぇ! おい、お前等! ダイナマイトがなくなったら、壁から下がれ!」


 ハヅキの上げた声に全員が返事をすると、また爆発音が起き、えぐられた土が地面に散らばる。

 吹き飛ばされた妖魔を確認し、ハヅキは横に置いてある物に掛けられた白い布を剥いだ。


 金属であることを隠すことない鈍い鋼色をした大きな筒のようなものを、太い三脚に載せて固定してあった。

 筒のように見えたのは全て銃身であり、6本の銃身が円を描くように取り付けられている。

 銃の後部にはクランクが付いており、上部には長方形の弾倉が詰められていた。


 「ガトリング砲をこの国の中で使う日が来るとは…、世も末だな!」


 ハヅキはクランクを回すと、拳銃とは比較にならない銃声を上げながら、研究所が丸見えになる程に破壊されたコンクリートの壁から見える妖魔を撃ちぬいた。

 正確無比ではないが無駄弾を使わず、定期的に銃を休め、ダイナマイトで動きが止まったヤツ等を集中的に破壊していく。


 「うっひょ~、こいつはすげぇな。おい、弾倉の装填の準備を忘れんなよ」


 ご機嫌な口笛を鳴らして、近くの部下に指示を出す。

 あとはどこまでこいつ等を引きつけて、撤収するか。

 ハヅキは頭を使いながら手も器用に使い、算段を立てる。


 ダイナマイトの投擲数が少なくなってきている時に、離れた場所から真っ直ぐこちらに向かってくる人影が見えた。

 地面をえぐり、ひっくり返す程の破壊力を持つダイナマイトが飛び交う中、戸惑っている様子がない。


 「ありゃ……、ちょっとヤバそうじゃないか?」


 ハヅキは雰囲気からただならぬ者であることを察し、砲身を向け、クランクを回し始めた。

 鼓膜が破れそうな銃声と、一瞬で5発以上の高威力の銃弾を発射するガトリング砲が火を吹く。


 高速の銃弾に貫かれたことによって、影は操り人形をデタラメに動かしたように体をうねらせた。

 だが、その後、何事もなく向かってくるのを見て、コウキが雑魚の引きつけだけと依頼した意味を理解した。

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