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元凶

 静かに語ったヴァンに視線が集まった。


 「死んで神になり、多くの奇跡を起こし、人としての教えや規範を記し、迷える者達を導き、救う……。死んで天に昇った魂は、未だに衰えることなく崇められております」


 ヴァンは理解が及んでいないコウキを集中的に見ながら、全員に目をやり言う。


 「神となった者は1人の弟子の裏切りによって捕縛され、磔にされた後、槍で刺されて、その生涯を終えました。残酷な殺され方です…、信じていた弟子に裏切られたのなら尚更ですね」


 嘆かわしい思いが伝わる様な物言いをし、ヴァンは首を少しだけ横に振った。

 コウキはヴァンの話を聞いて、神が何者かを知る。


 「その神のことは知っている。この国にも少なからず、信仰者がいるからな」

 「ええ。とても良い教えですからね。…ただ、それだけ良い教えを説ける人間が裏切りにあって殺される。果たして、死を迎えた時にも清廉なままでしょうか?」

 「死ぬ間際……。いや、死ぬ瞬間に魂と肉体に、善と悪の感情が分かれた……。と言うことか?」


 コウキがヴァンの言葉を汲み取り出した答えに対して、ヴァンは軽く笑みを浮かべた。


 「その通りです。どれだけ清廉潔白な者でも、感情はあります。表があれば裏がある……。光があれば影があるように、光り輝く者の裏には、狂おしい程の闇があったのかもしれません」

 「その闇が死体に残った……」

 「そう……。神の死体は葬られましたが、蘇りました。これは多くの者に目撃されており、奇跡の1つにも挙げられております」


 シュライクとサクラはヴァンの語りを黙って聞くだけで、表情を変えることはなかった。

 小出しにされる情報からコウキは悟りつつある。死体が何をなしたのかを。


 「蘇った死体…、それには神は入っていないということだな?」

 「はい。先に言った通り、抜け殻です。…いえ、人々に導きの光を与える存在の反対……。人々に害を与える者達を生み出す怨念を持った存在となりました」


 最後の言葉に語気を強めてヴァンは言った。

 コウキは喉を鳴らしてつばを飲み込むと、顔を険しくさせる。


 「死体が妖魔を生んだと?」

 「いえいえ。妖魔は少なくとも、人の世界の始まりからいた存在です。その時、その時で妖魔も変わっていますけどね」

 「では、死体は何をした? 蘇っただけではないだろう?」

 「です。死体は世界各地を回りました。神の御業…とは言いたくはありませんが、世界中に疫病を広げるように悪意を拡散させました。これによって、妖魔が生まれやすい世界ができたのです。

 一方では人々を救い、もう一方では人々を苦しめる。何とも皮肉な話ですね……」


 ヴァンはまた嘆くように言い、首を横に振った。

 この世界の裏に潜む存在の妖魔を生み出す力を与えた者の存在に、コウキは眉をひそめた。


 「…その死体はどうなった?」

 「僕は朽ちて散ったものとばかり思ってましたが……。この国が圧倒的不利な戦争に勝ったこと、それに呼応するように不死人達がうごめき始めたことで、死体がこの国にあるのではという話が持ち上がり、僕が派遣された……。ということなのですが、その辺はどうなんですか?」


 少し目を伏せてヴァンは言ったあと、眼光を鋭くしてシュライクを見る。

 ヴァンの視線を受けてシュライクは鼻を鳴らすと、見下すようにあごを上げた。


 「我が来たのは最初の戦争に勝ったあとだ。元々、まゆつば物の話だが、この国に神の墓があると聞いたことがあったのだ。戦争で得た怪しげな話と繋げて考え、他のヤツ等が動くより先に、この国に乗り込んだ。結果、我の考え通りであった訳だ」


 言い終わると、また鼻を鳴らして、首を傾けヴァンを見下している。

 その視線を意に介さず、ヴァンは笑みを浮かべてコウキを見た。


 「だそうです。結果、この国で死体は力尽き、埋葬され、その存在をこの国の者が知り、研究した結果、妖魔が人工的に作られるようになった。死んで世界に恐怖をばら撒いた者が、掘り起こされて利用され、一部の者のために恐怖を生み出す道具として扱われる……。これまた皮肉な話ですね」


 ヴァンは少し肩をすくめて言うと、目を閉じてため息を吐いた。

 恨みを持って生き返った者が再度、死んだ。だが、死体となった今では道具のように扱われている。

 神となった者の一部であったはずの者が、このような扱いを受けていることに嘆くようにうつむいた。


 「僕の話はこれで終わりです。あとはあなた方の目的とやらを聞かせていただけないでしょうか?」


 目を開き、ヴァンは冷たい眼差しをシュライクに向けながら言った。


 「貴様のようにベラベラと喋るつもりはない。…本当の不死など認めん。ただ、それだけだ」


 シュライクは言い切ると、目を閉じて、腕組みをした。

 問いかけを遮断するように、態度でそれを示している。

 コウキもヴァンも理解ができず、お互いを一瞥し、シュライクに視線が集まる。


 「もうちょっと言わないと、誰も納得しないよ? 私から言おうか?」


 少し離れた位置から、全員の会話を静かに聞いていたサクラがシュライクに向けて意地悪そうに言った。

 片目だけ開けて鼻を鳴らしたシュライクは、気怠そうに口を開く。


 「この世の生き物は全て死ぬ。妖魔もそうだ。ならば、全員死ぬべきであろう? 不死など求めてどうする。死がない生など、生き物とは呼べん。生きているから死を恐れる。死を恐れるから、生きるために抗う。

 不死など、生きることを捨てたも同然だ。死がなければ生きる意味もなくなる。限りがあるからこそ輝くものだ。人も妖魔も、それは変わらん……」


 多くの言葉を語ったシュライクはまた目を閉じた。

 それを見てサクラが口に手をやり、笑いを堪えている。


 ヴァンも何か分かったのか、少しだけ笑みを浮かべていた。

 コウキもシュライクの言っている意味を理解はしている。


 自分の過去を思い出す。多くの者が死んで、その苦しみから今の自分ができている。

 その自分のことを心配してくれる者達ができたのは、死んだ者達のお陰だ。


 辛く苦しい思いが生むものもある。だが、不死であれば悩みの多くは消える。

 それがシュライクには生を捨てさせるものと感じたのだろう。


 どちらが良いとも言えない。サクラを失った時の苦しみを味あわないで済むのなら、不死も悪くないのではと思ってしまう。

 だが、不死になったとして生きるために抗うことを忘れれば、何もなさず、何も考えない。ただの死体のような生のようにも感じる。


 命を燃やして、何かを失い、何かを手に入れる。命の心配もなく、何も変えずに人生を延々と過ごす。

 どちらが良いのか、それはその時になってみないと分からない。結局、本当に正しいこと等はありはしないのだ。

 それならば、自分の生き方を貫き、正しい事であったと思えるように生きる。コウキの思いは決まった。


 「話は分かった」

 「で、あなたはどうされるのですか?」

 「俺の生き方は変わらん。人に仇なす妖魔を屠るだけだ。それが不死人であろうと、人造妖魔であろうと、…妖魔を作り出す死体であろうとな」


 コウキは静かではあるが、強い意志を込めた言葉を発した。

 ヴァンは笑みを浮かべ、シュライクはまた鼻を鳴らす。


 サクラは少し目を伏せ、傍らにいるサヤはコウキの目を見て力強く頷いた。

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