稲光伝身
コウキの視線の先には、帝都の放つぼやけた光に照らされたサヤと黒い影があった。
「ただの人間かと思ったが、狩人だったとはな……。おっと、動くなよ。この娘がどうなっても知らんぞ?」
苦痛を訴える妖魔をよそに、もう1体の似たようなけむくじゃらな妖魔は、コウキの動きを制するためにサヤを人質にしている。
「酷いヤツだな。仲間がそこで死にかけているぞ?」
悶絶している妖魔を一瞥し、サヤを人質にしている妖魔に向けてコウキは冷たく問いかけた。
「ああ、手助けする前にボロクソにやられるとはな……。役に立たんヤツだ」
妖魔は同じ仲間に軽く目をやると、吐き捨てるように冷たい言葉を口にした。
コウキは死にかけの妖魔から目を離して、サヤを見る。
怯えた感じも、恐怖に体が支配されて動けないでいる感じもさせていない。
ただ立っている。当たり前のことだと言わんばかりに。
「で、何か要求でもあるのか? 見逃せとでも?」
「よく分かってるじゃないか。狩人とやり合う気はない。そこのやつを連れて行くのを見逃せば、この娘を助けてやる」
「信じられる気がしない……。サヤ、やれ」
抑揚のない暗い声でコウキは、高圧的な物言いをした妖魔を無視して、サヤに声を掛けた。
サヤはその声に小さく頷くと、目を瞑り、顔が少し険しくなる。
妖魔が何かを感じ目を向けた時には、サヤの胸から青白い光が溢れていた。
「クソガキ! てめぇ!」
妖魔はそれが良いものではないことを本能的に感じ取ったのか、サヤに向けて尖った爪を振り下ろす。
大振りでまともに当たれば、体の一部をごっそりと奪いそうな爪は、サヤに届くことはなかった。
サヤの周りに青く半球を描くような膜が現れ、妖魔の爪はその膜に止められている。
「な!? 何だ、これは?」
妖魔は目の前の状況を理解できず、出せた言葉は陳腐なものであった。
頭の中が疑問符で埋め尽くされているような顔をした妖魔に対して、サヤは変わらず目を瞑ったまま、顔に力を込めた。
膜が更に青味を増して、膜の表面に雷が暴れ回っている。
刺激が強い光が妖魔を薄目にさせた瞬間、妖魔がサヤの傍から跳ね飛ばされた。
「ぎゃあぁぁぁ! いぎぎぎぎぎ……」
吹き飛び、地面に叩きつけられた妖魔は、体中から鼻につく焦げた臭いをさせながら、うめいている。
妖魔はサヤの周りに張られた膜が爆発し、その衝撃によって吹き飛ばされた。
そして体を焦がし、自由を奪い、地面でイモムシのように丸くなって痙攣しているのは、大量の雷が突き抜けた結果である。
妖魔を苦しめた力は、サヤの身に宿している『命刀・五光稲光』の力を自身で使用したものであった。
コウキはその光景を暗い目で確認し、サヤに向かって歩く。
光が治まったサヤは目を開いて、コウキを見据えている。
「もう終わり?」
「後始末が残っている。出せ」
サヤの先ほどまで起きていたことに対して、何の余韻もなくコウキに聞く。
それに対してコウキはただぶっきらぼうに答えた。
コウキに指示された通り、サヤは頭を少し下げて、髪を分け、うなじをあらわにする。
うなじから青白い光を放つ柄が現れた。コウキはおもむろに柄に手を掛ける。
「抜刀」
そう言うと、柄を握り締めて一気に引き抜く。現れた刀から暴れる電光をまとった青白い刀が現れた。
「ああぁ!」
刀が引き抜かれる痛みに、サヤは抑えきることができないような小さな悲鳴を上げる。
その後に胸に軽く手を当てている。それをコウキは一瞥して、妖魔に体を向けた。
「一気に決める……。稲光伝身・『迅雷』」
そう呟くと、刀身を走っていた電光が潜み、コウキは一瞬で消えた。
コウキが消えると、地面で悶える妖魔と、膝を着いて込み上げる痛みに震えている妖魔の首が、同時に胴体から切り離される。
剣筋を残すように、青白い光が妖魔の首元に軌跡を描き消えていった。
崩れ落ちる2体の妖魔から、少し離れた所にコウキは立ち、刀を振って血を払った。
コウキの両足には『五光稲光』が留めていた電光が流電し、同じように眩い光を放っていた。
振り返りサヤに向かい進みながら、転がっている頭部を目で追う。
闇に転がっている頭部が、青く明滅する光で照らされて見える。
いつの間にか、『五光稲光』の刀身に電光が戻っている。
電光と刀が照らす中、サヤは胸を両手で押さえて息を荒くしていた。
コウキはサヤの近くに立つと、刀を逆手に持ち直す。
「サヤ、納刀」
サヤがコウキの声に微かに頷くと、次の瞬間にはコウキがうなじに刀を素早く押し込んだ。
「うっ! うぅぅ……」
刀が刺し戻される痛みに微かな悲鳴を上げると、すぐに姿勢を正した。
サヤはコウキを見るが、コウキはサヤを見ず、散って行く妖魔を見ている。
散って行く中で妖魔が残した骨のようなものを、コウキは拾いに行く。
腰を屈めて、地面にあるものを拾う。
指で摘んでまじまじと見ると、ポケットに突っ込んだ。
「ねぇ、コウキ」
後ろにいるサヤが、コウキに声を掛けた。
その声に首だけ向けて、次の言葉をコウキは待つ。
「どうやって帰る?」
「車の運転には自信がない……。歩くしかないな」
コウキは気だるげな声を出して、ゆっくりと歩き出す。
サヤはコウキの横に並ぶために、少し早歩きで追いかけた。
・ ・ ・
陽明社ではモリタカの大きな声が響いていた。
「何度言えば分かるんだ!? 勝手に動くな! もうちっとは自重しろ!」
思わず耳を塞ぎたくなるような大声を何度も上げていた。
カズマは半笑いを浮かべ、サヤはモリタカの背中をじっと見ている。
怒鳴られている当の本人のコウキは顔色を変えず、モリタカの顔を見つめていた。
「せめて警察を通してから向かえ! 何かあったらどうすんだ!?」
「モっさん、心配は嬉しいが、下手に警察を動かすのは不味いんじゃないのか?」
「お前とサヤちゃんだけよりはマシだろうが! とりあえず礼だけは言うが、次からは先に言えよ!?」
またモリタカはコウキに指をさして念押しをすると、大きな足音を立てながら去って行った。
「いやぁ、またこっ酷く言われましたね。迫力ありますよねぇ、あの顔ぉ」
カズマはモリタカがいなくなったからか、軽口をたたいた。
そんな軽口にコウキは特に乗ることもなく返す。
「言っていることに間違いはない。ただ、今回のやつの尻尾を掴むのは難しかっただろう」
「ああ、でしょうね。男1人や男2人とか狙わないですよね。サヤちゃんのお陰なようなもんですね」
感慨深げに静かに言ったコウキに対して、カズマは軽い口調で返すと最後に笑い声を上げた。
「私のお陰なの?」
サヤがコウキとカズマを交互に見ている。
少し目が輝いているように見えた。
「だよぉ。サヤちゃんがいないと、コウキさんみたいな人を狙わないよ」
よいしょしそうな口調でカズマはサヤに笑顔を見せて言う。
「おい、カズマ。余計なことを言うな」
コウキは面倒事だと言わんばかりに、たしなめた。
「じゃあ、源平食堂に行きたい」
嬉々とした声色でサヤはコウキを見て言うと、少し鼻息が荒くなっている。
こうなることを分かっていたようにコウキはため息を吐いた。
「夕飯まで待て。帰りに寄る」
「うん。じゃあ、待ってる」
楽しげに本を読み始めたサヤとは別に、コウキはダルそうに椅子の背もたれに体をあずけた。