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皆の思い

 コウキは布団から這い出て、部屋の窓際の壁にもたれ掛って座った。


 陽が中天に輝く中、ただ何をするでもなく焦点の合わない目を窓の外に向ける。

 目に入るのは、道と家を区切るボロ木の柵だけであり、柵から伸びる影だけが陽の角度に応じて変わっていく。


 ただ、コウキの目はそれを見ている訳でもない。

 視界にあるだけで、頭の中を回り続けるものがあり、視界の情報は頭に届くことはなかった。

 それはサクラの、サクラだった者の存在と、それからもたらされた情報に因るものであった。


 国に父のいた穏やかな世界を奪われ、母とサクラで築こうとした穏やかな世界を、今度は国に因って妖魔に変貌させられた父に奪われ、妖魔に襲われ散ったサクラの無念を晴らす思いから狩人になれば、サクラは妖魔となり別人となっていた。

 コウキが選んだことの全てが自分にとって裏目に出ているとしか思えなかった。

 何故、こんなことになってしまったのか。これなら最初から何もせず、暗いまま人生を終えた方が良かったのではないか。延々と終わらない悩みが頭の中を回り続ける。


 ふすまが引かれる音がし、眺めていた柵からふすまへと目を移した。

 ハルが心配げな顔をして、コウキをふすまの隙間から顔を覗かせるように見ていた。


 「コウキさん…、声を掛けたんですが……。あの、入っても良いですか?」


 恐る恐るハルはコウキに尋ねると、コウキは微かに頷いた。

 ゆっくりとふすまを開けてハルは部屋に入ると、コウキの前に立ち、正座をして向き合った。


 向き合ったはいいが、口を開ける事ができず、目をコウキに向けては逸らすを繰り返していた。

 ハルが口を開く機会を妨げるように、コウキは窓の外に目をやる。


 あれから3日経った。

 その間、毎日、ハルはコウキの家を訪れたが、これといった会話はなく、食事の用意だけをして帰っていた。

 それをコウキは別段、感謝することもなく、味を感じない食べ物を食し、寝た心地のしない睡眠をとっただけだ。


 いっそ全てが夢ならばとコウキは何度も思った。寝て覚めたら、全てが昔のままで、変な世界を想像していただけだったと。

 だが、浅い眠りから目を覚ませば、嫌でも現実を見せつけられる。それがより一層、コウキの辛い過去を引きだし、心を傷つけた。


 どうしようもない過去を語った相手が目の前にいる。

 コウキは横目でハルを見ると、開くことなく凝固してしまったような口を無理やり開けた。


 「…ハル……。俺がやってきたことは無意味だったのか……? サクラは…、少なくともサクラの記憶を持ったヤツが生きている。

 俺は…、何のために苦しんだんだ? 母さんのため? 村の皆のため? 違う……、違う違う違うっ!

 全てはサクラの手を離して助けられなかった自分が許せなかった……。戦う力が欲しかった……。どれだけ苦しくても、サクラが最後に味あわされた絶望を妖魔どもに思い知らせたかった!

 それなのに…、サクラは生きていた、妖魔として……。俺はサクラが生きていることを喜べば良いのか? それともサクラの体を乗っ取った妖魔を恨めば良いのか? …俺は……」


 混濁した頭の中から出せる言葉をコウキは並べると、目を伏せて顔を歪める。

 コウキの言葉にハルは返すことができず、同じように目を伏せて黙ることしかできなかった。


 沈黙が部屋に重く圧し掛かる中、玄関の戸を荒々しく叩く音が聞こえ、ハルは慌てて寝室を後にする。

 ハルが部屋を去っても、コウキの言葉で作り出した沈黙は、コウキ自身を潰すように留まり続けた。


 「ちょ! ちょっと!? キョウコさん、ずかずか人の家に、」

 「コウキくん、開けるわよ」


 カズマが慌てた声を上げる中、畳の上を力強く音を鳴らしてキョウコはコウキの返事を聞かぬまま、ふすまを引いた。

 コウキは横目でキョウコを見ると、また柵に目を戻す。また畳を力強く踏みつけながら、キョウコは腰に手を当てコウキの前に立った。


 「…何、呆けた顔をしてるの? サヤちゃんがさらわれたんでしょ!? さっさと探しに行きなさいよ!」


 キョウコは目を吊り上げて、大声でコウキをしかりつけた。

 生気を失ったコウキの目が、険しい色をしているキョウコの目を見る。


 「ああ、そうだな……」

 「そうだなって……。ずっと一緒にいた子に対して、あなたはその程度の気持ちしかない訳!? あなたにとってサヤちゃんは何だったのよ!?」

 「黙れっ! …知った風な口を聞くな。あいつとは戦うために一緒にいただけだ……」

 「そんなこと……。もういい! あなたが探さないなら私が探す! 勝手にそこでへこんでなさい!」


 キョウコは治まらない怒りを抱えたままコウキに背中を向けると、家に入って来た時と同じように畳を力強く踏みしめながら去って行った。

 コウキは去ったキョウコの背中を見た後、また目を外に向ける。何度見ても変わりはしない光景が、停滞しているコウキと重なる。


 「あのぉ…、コウキさん? 俺からも良いですかねぇ?」


 ふすまから上半身だけを覗かせるように、カズマは半笑いを浮かべてコウキをうかがっている。

 その問いかけに目だけを向けた。カズマは納得したのか、寝室に足を踏み入れコウキの前にあぐらをかいて座る。


 「えぇ~、っと、そのぉ……。大体、言いたい事はキョウコさんに言われちゃったんですがね」


 いつも通りの軽い口調で最後に乾いた笑いをカズマはしたが、すぐに神妙な面持ちに変わった。


 「俺、コウキさんとサヤちゃんの過去を知らない……。っていうか、知らなくて良いと思ってるんです。

 うだつが上がらない画家志望のどうしようもない俺が妖魔に喰われたって、誰も悲しみはしないっすよ。

 …でも、コウキさんは助けてくれました。皆で陽明社を作って、一緒に仕事をしてくれました……。そんな思い出をくれただけで十分なんです」


 カズマは言いながら、少し照れくさそうに笑みを浮かべている。

 目もどこか遠くを見ており、過去を思い出すように語った。

 すぐにその目を現実に戻すと、コウキに真剣な眼差しを向ける。


 「その時からサヤちゃんとコウキさんは一緒でした。コウキさんは冷たい風を装っていたのかもしれません。

 でも、他の皆はそんな風に思っちゃいません。皆、優しい人だと知ってます。サヤちゃんが、それを一番知っているはずです。

 コウキさんのことを一番信頼しているのは、サヤちゃんなんですよぉ。サヤちゃんを笑顔にするのはコウキさんなんです!

 サヤちゃんがいないと陽明社が暗くなっちゃうじゃないですかぁ。男ばっかりの職場なんて、俺は嫌です、ぜっっったいに嫌です。だから、コウキさんとサヤちゃんは一緒にいないとダメなんです!」


 カズマはコウキの目を食い入るように見て言った。

 普段のカズマからは想像できない程に真剣な口調で、コウキの心に響く様な言葉を何とか伝えようとしている。

 コウキはカズマの語る言葉の1つ1つに思い出を呼び起こされ、忘れかけていた気持ちを刺激された。


 思わず顔をしかめたコウキはカズマから目を逸らして、うつむいた。

 そんなコウキを見てか、カズマはまぶたを強く閉じて、体を微かに震わせ、溜めこんだ力を放出するように目を大きく開いた。


 「しっかりしろぉ! あなたは人間だろ! 大事な人の手を離すな! 離れたんなら、捕まえに行け! 戦うとか、戦わないとか、そんなのどうだっていい! あなたは狩人の前に人間なんだ! 大事な、大切な人の手を離したままにするなんてしたらダメなんだ!」


 目に涙を滲ませながら、カズマは心からの願いを必死にコウキに伝えようとした。

 カズマの言葉が更にコウキの顔を歪めていく。カズマの言っていることが痛い程に分かっている。


 その事がコウキの狩人としての始まりの世界と、その後にサヤと築いた世界を混合させ、頭の中が歪んでいく。

 それがコウキの顔に現れていたのだ。忘れる訳がない光景と、気付かされた光景がコウキを悩ませていた。


 「…コウキさん、失礼なことを言ってごめんなさい。でも、本心です。コウキさんが行かないなら、俺が行きます。俺にとってもサヤちゃんは大事な人なんです」


 そう言い切ると、カズマはコウキから目を逸らさずに勢いよく立ち上がり、踵を返して、コウキの家を後にした。


 何故、こうも胸がうずくのだろうか。コウキの中でいくつもの感情が溢れて入り混じり、行き場を失くして心が破裂しそうになっていた。

 顔が暗くなっているのが自分でも分かる。何で暗くなっているのかを考えていると、ハルがコウキの横に座った。

 コウキと同じように壁に寄りかかりながら、窓から外を見ている。


 「コウキさんは、色々な人を助けてきたんですね。…私も助けてくれましたよね。あの時の恐怖は忘れられません……。それ以上に、優しく接してくれたコウキさんの姿が忘れられません。

 あの時から好きになったんだと思います。強いとか、怖いのから助けてくれたとか、そういうのじゃなくて。心から私のことを心配してくれて、優しくしてくれた気がしたから……」


 ハルの独白のような言葉を、コウキは窓ガラスに映るハルの顔を見ながら聞いた。

 遠い目をしていたハルが、コウキに顔を向ける。コウキも首を少しだけ動かしてハルを見つめた。


 「私は優しいコウキさんが好きなんです。サヤちゃんを見捨てるようなコウキさんは嫌いです。だから…、私の好きなコウキさんのままでいてください」


 そう言い終えると、ハルはコウキの体に手を回して、自分の唇をコウキの唇と重ね合わせる。

 コウキはあまりのことに目を見開いたが、ハルが出せる目一杯の勇気を自分に渡そうとしての口づけとしか思えず、ハルの体を優しく抱きしめ、口づけを熱く深いものにした。

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