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混じりあう闇

 月が光を取り戻しつつある夜に、サヤはベッドの上で変わらぬ姿勢のまま座っていた。


 部屋にはサヤしかおらず、見張っている者は誰もいない。

 それでもサヤは動こうとはしなかった。コウキの事を考えると動けないのだ。


 コウキが生きている事が分かり安堵したところで、次は命を奪うと脅迫された。

 シュライクの言葉を少女が嗜めたお陰で話は中断したが、無かったことになった訳ではない。


 何度もこの思考を繰り返しては、自分がどうしたら良いのか判断できない。

 サヤの中で渦のように回り続けている。

 その時、ドアが開き少女が顔を出した。


 「まだ悩んだままなの? ご飯も食べて、寝ないと体に悪いよ?」


 少女は窓際に置かれた椅子に向かいながら、サヤに軽い口調で声を掛けた。

 少しだけ少女を見ると、また視線を床に戻した。

 

 サヤの行動を見て、少女は深くため息を吐き、目を優しくした。

 温かみのある目でサヤを見据えると口を開いた。


 「今日は兄さんに会いに行ってきたの。コウキ兄さんにね……」


 少女の言葉に思わずサヤは顔を上げた。

 サヤが浮かべている驚きを見てか、少女は少しだけ笑う。


 「本当に大事に思ってくれてるんだね……。兄さんは昔から優しい人だったみたいだし」

 「昔から…って?」

 「言ってなかったよね。私はサクラ。コウキ兄さんの妹だったの」

 

 サクラと名乗った少女の言葉にサヤは耳を疑う。

 直接聞いた訳ではないが、コウキが夢にうなされる度に、その名を呼び続けていた。

 コウキが戦う意志を持った切っ掛けがサクラの死であるとサヤは思っていたが、切っ掛けの本人が目の前の自分と言ったのだ。


 「…コウキはあなたのために……」


 サヤはサクラから目を逸らして、手を強く握り締めた。

 コウキの苦労を思い出す。自分が自分でないようなときに見た記憶ではあるが、痛みに悶え、血反吐を吐き、地べたでゴミのようにボロボロに打倒されていた。

 それでも目を覚ませば、棒であれ、石であれ、砂であれ、何であれ、強く握り締めて、立ち上がる。


 何かを離したくないように握り締める小さな手が、長い時を経て大きな手になりサヤを引っ張った。

 か弱かった小さな手を、太く、固く、かさついた肌に変え、骨のように固いまめがいくつもできるまで、努力し続ける起因となった者にいら立ちを隠せず顔をしかめる。


 「やっぱりそうなんだ……。私はもう兄さんの知っているサクラじゃない……。サクラの精神と体で出来上がった不死人なの。兄さんも最初は半信半疑だったけどね」

 「何で……、何で、もっと早く会いに行かなかったの? コウキがどれだけ……」

 「私も兄さんが生きているって知ったのは最近なんだぁ。でも、すぐには会いに行けなかった。…何かね、記憶の中の私がどう思うのかなって気になってさ」


 サクラは少しだけ視線を下げ、悲しげな声色で言った。

 悔しい気持ちで満たされていたサヤにも悲しげな響きが届き、サクラと同じように視線を少し下げた。


 「でも、今日はちゃんと伝えに言ったの。昔の私だった頃の気持ちと、今の私の気持ちをね……」

 「私を…、コウキをどうするの?」

 「どうなるのかなぁ。私のために狩人になったなら、辞めて欲しいって言ったけど……。記憶の中の兄さんしか知らないから。どうするのかなぁ……」


 サクラが物悲しそうに言い、目を伏せたのを見て、昔のサクラが今のサクラにも残っているのではないかと、その姿からサヤは感じた。


    ・    ・   ・


 トウマは急きょ、参謀本部の執務室に呼び出され、早足で向かっていた。


 連絡をしてきた者に確認したところ、ヘイハチからの呼び出しであった。

 夜も更けてきた頃に呼び出しが掛かるということは、間違いなくヤツ等に関することであると思い、歩く足に力が入る。


 人気のない廊下を軍靴が立てる固い音が響く中、トウマの意志の固さを周りに見せつけるように毅然とした態度で進む。

 トウマは歩みを緩めて、重厚感のある観音開きのドアの前に立った。


 「閣下、トウマであります!」


 人の声が少ない参謀本部内の全てに響き渡りそうな大きな声を上げる。

 トウマの大声が廊下を抜け、一刻して扉の奥から物音がした。


 「入りたまえ」


 ヘイハチは荘厳な声色で招き入れる言葉を発した。

 その力強さにトウマは息を呑むと、首を横に振って気を取り直しドアを開ける。


 執務室の応接スペースにあるソファには、ヘイハチとミハエルが向かい合うように座っている。

 思った通りの光景であり、トウマは気後れすることなくヘイハチの横へ向かう。


 「遅くなってしまい、申し訳ございませんでした!」


 執務室に収まらない大声をトウマは上げたが、ヘイハチもミハエルのどちらも意に介さずという風だった。

 その光景からどちら共に悪い事態が発生したことを察したトウマは、次の口を開かずただ待つ。


 「…トウマくん、座りたまえ」

 「はっ! 失礼します」

 

 命令に従いヘイハチの横に座ると、ミハエルがトウマに目をやった。

 その目からは人でない者が発する力が込められている。

 今まで散々作り上げてきた妖魔達が見せる敵意に満ちた目。それを向けられていた。


 「さて、ヘイハチ様。彼が来たことですし、早く話をまとめたいのですが?」


 普段感じる優雅さが薄れているミハエルを見て、トウマは少し目を丸くした。

 今まで下手に、もしくは同等であるかのように接してきた者が、今では自分の力を誇示して相手を萎縮させるような声色をしている。


 「少しお待ちいただけますかな。彼はまだ事態を飲み込めておりません。それに彼があれについては最高責任者です。私でも詳しい事は知らない、知らせないようにしているのですから」


 ミハエルの話を突っぱねるように、頑強な壁のような硬い物言いをヘイハチはする。

 話を戻されたミハエルは少しだけ顔を歪ませた。

 これもトウマの中で初めてのことであり、更に話の深刻さを伝えてくる。


 「良いでしょう……、ダラダラと申すつもりはありません。まずウカジ殺しの犯人ですが判明しました。次にウカジを殺した者は法王の猟犬です。最後に…、我々の存在を察知されました」


 ミハエルが発した言葉の全てにトウマは息を呑み、目を丸くした。

 言葉を発しようにも、舌が麻痺したのか、喉が詰まっているのか分からないぐらいに混乱している。


 ウカジ殺しの犯人が法王の猟犬であることが、トウマの頭の中を埋めていた。

 更には、こいつ等の存在を知られた。それは、あれを保有していることがバレたも同然である。


 「…それは、あなた達が下手を打ったからではないのですか?」


 何とか出した言葉が、責任を押し付けるものであった。

 他に考えることがあるはずなのに、トウマの今の頭では処理できず、口からみっともない言葉を出す程に動揺している。


 「そうですね。まさか、犬が動いているとは思いませんでした。それの責めは受けましょう。あれを守るために全力を尽くします」

 「…守る? そんなことを言って、奪って逃げるつもりではないのですか!?」

 「黙れ! 犬が嗅ぎつけたんだぞ! 証拠を掴まれれば、我が国だけではない! 貴様らの国も亡びかねんのだぞ!?」


 今まで聞いたことがない怒気に満ちた大声を、喚き散らすようにミハエルは言う。

 しかし、トウマはミハエルの醜態よりも、その言葉に全てを持って行かれてしまっていた。


 この国が亡ぶ。ミハエルの言葉に誇張はない。

 ミハエル達の国は強力であり、多くの国との繋がりを持っているため、おいそれと下手なことをされることはないだろう。

 だが、裏を妖魔が牛耳っていることがバレてしまえば話は別だ。


 法王は多くの国々に影響力を持つ。宗教も民族も超えて、その偉大さで大国に匹敵する権力を持っている。

 人々の平和のために法王は尽力し、紛争などがあれば穏便に解決するよう、国と国の懸け橋になるような者だ。

 まさに人の善意を体現し、世界に光をもたらす者と言っても過言ではない。


 その者が裏で管理している猟犬によって、闇のものを保有しているような事がバレ、その証拠を白日の下にさらされてしまえば、この国は一斉に悪しき者達の国とみなされ世界から孤立する。

 ミハエル達の国は妖魔の存在を周到に隠してはいるが、この一件に関わっていることが分かれば、追及は逃れられない。

 トウマの頭の中で最悪な状況が思い浮かぶと、認めたくないことも相まって、歯噛みしながら口を開いた。


 「確かに……。のっぴきならない状況ですね。それの解決策が猟犬の始末、ということですか?」

 「そうです。確証が高まれば、増援が来る可能性があがります。呼ばれる前に始末し、あれをまた別の所に隠すのが良いと考えます」

 「では、軍を使って捕らえましょう」

 「それは止めておいた方がよろしいでしょう。悔しいですが、ヤツは一番の手練れです。下手に動けば返り討ちに遭い、より疑惑が深まって法王に一報が送られるかもしれません」


 トウマは自分の提案に対して、苦々しい顔をしながら否定したミハエルを見て、事の厄介さが更に分かった。


 「ミハエルさん、あなたのお考えをお聞かせ願えますかな?」


 今まで一言も発さなかったヘイハチが静かに尋ねた。

 2人共、熱くなり過ぎていたのか、ヘイハチの存在を忘れており、咳払いをし、姿勢を正した。


 「我々の考えは、あれを保管している場所の警護です。犬の動向は同胞が確認します。ヤツが動いたら、すぐさまこちらも対応します。

 例えヤツだとしても全員で掛かれば、勝つことは難しくはありません。そのあとについては、片がついてからのお話にしましょう」


 落ち着いたのか、焦りにより早くなった口調が治まり、ゆっくりと分かりやすく説明する教師のような喋り方に変わった。

 ミハエルの言葉にトウマは賛同することしか考えることができないでいる。だが、裏切りを恐れているのも隠せない。


 「…裏切らない保証はございますかな?」


 静かに、だが深く強く心を縛り付けるような力でヘイハチは問うた。

 顔色は変わらないが、その目はミハエルが放った妖魔の力にも負けない力が見える。


 「あれに更に力を与える物を、我々は確認のために持って来ております。それをお渡しいたしましょう。くれぐれもご使用は慎重にお願いします」


 ミハエルは脇に置いていた鞄から、茶色の布に包まれた物を取り出しヘイハチに差し出す。

 ヘイハチは受け取りおもむろに布をはぐと、ミハエルに目をやり小さく頷いた。

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