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大切な者

 長方形の窓ガラスから、中天に煌く太陽の光が部屋の中を照らしていた。


 木造の土台に柔らかなマットが置かれ、ふっくらとした布団がベッドを包むように掛けられている。

 サヤはそのベッドに腰掛けて、板張りの床に目を落としていた。


 サヤの前には、シュライクと共に行動をしていた少女が、背もたれの高い椅子に腰かけている。

 少女はサヤと比べて、幾分か背が高く、顔つきも大人に上がる前の少女のあどけなさを残しているが、どこか色気を感じさせるものがあった。

 もう少し経てば立派な女性となり、社交界に出ても恥ずかしくはないであろう優雅な雰囲気を醸している。

 

 あどけない少女のサヤと比べると似ている所は、髪の艶やかさと着物を着ている所だけだ。

 椅子に姿勢正しく座る大人になりつつある少女と、ベッドに腰掛けてうつむく少女の姿ははた目から見れば、お説教を受けているように見える。


 だが、サヤは口も開かず、少女も口を開かない。

 部屋に沈黙だけが流れていた。

 その時、ドアが軋む音を立ててゆっくりと開く。


 「どうだ? 何か喋ったか?」


 部屋に入って来たシュライクはサヤを一瞥して、少女に目をやり言った。

 シュライクの言葉に少女は首を軽く横に振る。


 「何も喋ってない。喋れない訳じゃないけど、喋りたくない。無理やりシュライクが連れて来たから?」

 「黙れ。こいつはこいつで利用価値がある」

 「可哀想な気がするけど? 女の子をいじめるのが趣味だったっけ?」


 サヤを見下ろしているシュライクに向けて、少女は軽く笑みを浮かべながらからかった。

 その言葉に露骨に嫌な顔をシュライクはして、舌打ちをする。

 2人の会話を聞いてもサヤは一言も発さず、微動だにしない。

 

 「やれやれ……。せっかく連れて来ても、これではな」

 「力を貸して欲しいなら、頭を下げるのが先じゃないの?」

 「何故、我が頭を下げねばならぬ。…まあ、いい。貴様の主は生きているぞ」


 特段、口調を変えることなく、淡々とコウキの生存をシュライクはサヤに教えた。

 その事がサヤを少し反応させた。顔をうつむけたまま、安堵の表情を浮かべている。


 「そうなんだ。よかった、安心した」

 「我はこいつに言ったのだ。おい、貴様の主の命ぐらい、我に掛かれば容易く奪える。嫌ならば、貴様の力を寄こせ」


 シュライクの単純明快な脅迫をサヤは受けた。

 膝に乗せていたサヤの両手に力が入り、手が小刻みに震えている。

 サヤの姿を見てか、少女がやや険しい顔をしてシュライクを見た。


 「シュライク、随分と安っぽい脅迫じゃない。この子の力が、あなたに使えるの? 危険な物かもよ?」

 「やってみねば分かるまい。人をあれだけ強くさせるのだ。我が使うことができれば有効な武器になる」

 「それはそうだけど……。もし、この子が自分で死を選んだら? 自分の命を切り離して使う力のようだけど?」


 少女が神妙な面持ちに変えて言うと、シュライクは腕組みをし、眉間にしわを寄せた。

 シュライクも少女も、先の戦いでサヤの力と、それの代償を理解しているようだ。

 サヤを無理やり使っても、サヤが死を選んでしまえばシュライクの目論見は泡と消える。


 シュライクも次の言葉が見つからず、部屋に再度、沈黙が訪れた。

 黙っているサヤにシュライクは目を向け、口を開く。


 「いいだろう。ならば、貴様の主に直接聞こうではないか。貴様を使う気があるのか、我に渡すのか。それであれば納得できるであろう?」


 思わぬ言葉にサヤの体が少しだけ跳ねた。

 サヤの反応を見た少女は、シュライクに向けて疑問を持つ顔をする。


 「使うって言ったらどうするの? そのまま返すの?」

 「そうだな……。あれだけの力を見せつけられたのだ。普通は立ち上がれまい」

 「普通は…かぁ。…じゃあ、行ってこようかな」


 少女が部屋を去っていくのをシュライクは確認し、サヤに目を落とす。

 人形のように動かぬサヤの頑固さに折れるように呆れた顔をした。


 「まったく……、面妖な妖魔だ。人の力となり、人を慕うか……」


 シュライクは独り言のように呟くと、少女が座っていた椅子に腰かけ、足組みをしてサヤを見つめた。


    ・    ・   ・


 コウキは発展目覚ましい帝都と未発展の地を分ける、アスファルト敷きの道路に足を踏み入れた。


 歩くと言うより、足を引きずるような形で、痛みを堪える険しい顔と脂汗を垂らして進むコウキの姿は、周りの人々から奇異な目を向けられる。

 傍らにはハルがおり、おぼつかない足で歩くコウキを支えている。


 「コウキさん、あんまり無理したら、もっと体が……」


 支えるコウキを覗き込むようにして、ハルが声を掛ける。

 苦痛の色を隠しきれていないコウキは、ただ首を横に振って足を進める。

 見ているだけで辛い気持ちになりそうなコウキの顔を、ハルは見続けることができず目を前に戻した。


 帝都に群がる人々の流れに乗れないまま、コウキ達はじわじわと進む。

 陽明社のあるビルの階段を一段一段、息を切らし、歯を食いしばりながらコウキは上った。

 目的の陽明社のドアを開けると崩れ落ち、床にうつ伏せに倒れた。


 「えっ!? コウキさん!? どうしたんですか!?」


 カズマが椅子から飛び跳ねるように立ち上がり、慌てふためきながらコウキの元に駆け寄る。

 倒れて息も絶え絶えなコウキをカズマとハルはソファの上に寝かせて、落ち着くのを待った。


 「…カズマ……。サヤが…、さらわれた……」

 「コウキさん! って、うえぇ!? サヤちゃんが!? どうして!?」

 「説明は……、後だ。…今から言うヤツの…、特徴で顔を…書いてみてくれ……」

 「自分のことも考えて下さいよ……。分かりました、言ってください」


 コウキが伝える特徴をカズマは紙に必死にまとめる。

 まとめた情報を基にイラストに取り掛かるため机に戻ると、わき目も振らず鉛筆を振るい続けていく。


 コウキは寝息を立て始めた。

 気づけばハルの手を握って寝ており、ハルは片方の手をその上に重ねてコウキの顔を悲しげな表情で見る。


 中天にあった陽も、斜陽となりかけたところでカズマの手が止まった。

 肩を伸ばし、目を閉じて指でほぐしている。

 かなりの集中力を使ったのだろう。椅子に少しだけもたれ掛かって、体をだらけさせた。


 書き終えたイラストに対して目を細めて、聞いた特徴と間違いがないかを確認している。

 全てを終えたのか、少しだけカズマは笑みを浮かべて、紙をつまんでハルに見えるように手を上げた。


 「終わったよぉ。外人…だよねぇ。多分、これで大丈夫だと思うけど、コウキさんが起きたら渡しておいて。じゃ、俺は少し休憩してくるから」


 カズマは首のコリをほぐすように首の回りを揉みながら、陽明社を後にした。

 コウキがカズマに頼んだイラストをハルは気にする様に、机に目をやるとドアが開いた。

 入ってきたのは、ハルと変わらないぐらいの歳の少女で、艶やかな髪を2つに分けて結んでいる。


 「あ、あの、ごめんなさい。私は、ここの社員じゃなくて……」


 急な来訪者にハルは慌てて言った。

 少女は何も言わず、ハルの傍まで歩いて行く。


 「えっと、御用がありましたら、伝えますので……」

 「こうして見ると、あんまり変わってないなぁ……」


 ハルの言葉を無視するように少女は感慨深げに言う。その言葉にハルは首を少し傾げた。

 コウキのことを知っている人。昔を知る人はほとんどいないと聞いていたからだ。


 そう思っていると、少女はコウキの鼻をつまんだ。

 コウキは鼻をつまれたことと、呼吸がおかしくなったことで、不愉快そうに目を覚ました。

 冷たい目を向けられた少女は小さく笑う。


 「あ、その顔も変わってない。意外と昔のままなのねぇ」


 少女の言葉にコウキの顔が少しずつ変わっていく。

 目を見開き、声を出すために開けた口が震えたまま、何も発さない。


 「久しぶり、兄さん」


 柔らかな笑顔を少女は見せ、コウキに向けて言った。

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