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闇が去りて

 目を開けると木がくすみ、シミがいくつも見える天井が目に入った。


 コウキは天井を眺めながら、少しずつ頭が冴えていき、何故ここにいるのかを確かめようとする。


 「つっ! くぅ……」


 首を曲げ、体を浮かせようと力を入れたとき、全身に痛みが電流のように広がった。

 事実、電気を体に流していたのだから、間違いではない痛みである。


 体を動かせないことだけが分かると、何とか動く首をゆっくりと回した。

 皮膚がひりつくが動くことが分かり、少しだけ安堵する。


 だが、首を回しても自分の部屋にいることしか分からなかった。

 他に変わったことは無いかを考えると、来ていた服が変わっている。


 コートにスーツ姿だったものが、少し肌にざらついた感触を与えるものに変わっている。

 コウキはいつも着ている安物の浴衣であることが分かると、何があったかを更に思案した。


 覚えているのはサヤに五光稲光を返したところまでだった。

 それ以降は覚えていない。身に宿した力の反動だろう。

 長時間、使用したことがない力であったことから、これだけの副作用があるとは知らなかった。


 体全体が火照って、ひりつく中、気持ちだけは冷静になっていく。

 コウキは自分が取った行動を振り返り、それが良い事だったのかを考えている。

 その時、部屋のふすまが静かに開いた。足音を立てないようにか、しずしずと歩いてくる。


 「あっ! コウキさん、目が覚めたんですか? 良かった……、良かったです……」


 コウキの耳に届き、視界に入って来たのはハルであった。

 ハルは目に涙をため、泣き顔になるのを堪えながら、コウキの無事を何度も喜んだ。


 「ハル……。何があった……?」


 涙で目が潤んで、微かに震えているハルにコウキは確認する。

 今の状況は何があって作られたのかを知る必要があった。


 「その…、ごめんなさい……。ウメさんからお話を聞いて」

 「どういう…ことだ?」

 「あの……、外人の方がボロボロのコウキさんを連れてきたそうです」


 ハルが発した言葉にコウキは目を大きくし、目の色を変えた。


 「それは金髪…の男か?」

 「えっと、そこまでは……。あ、でも服はコウキさんみたいに黒かったそうです。顔は見えなかったようですけど……」


 黒かった。コウキが見たシュライクの服は赤色のマントを羽織っていたはずだ。

 では、黒色の服の男とは。コウキには思い当たる人物がいなかった。


 「分かった。…サヤは? サヤはどうした!? ぐっ!」


 気になっていた人物を思い出し、立ち上がりそうなぐらいの勢いでハルに確認をした。

 コウキが確認したことについて、ハルは顔を伏せる。


 「…サヤちゃんは……いないようです。黒い服の人も、そこまでは言わなかったようで……」

 「くそっ! くそ……」


 普段、上げたことのないコウキの声にハルは驚き、体がびくつく。

 コウキの表情を見て、ハルはまた悲しみの色を顔に浮かべ、口を閉じて、握った手に力を込めて堪えるしかなかった。


 歯ぎしりが聞こえそうなぐらいに、噛みしめた歯がコウキの口の間から覗く。

 目を閉じ、顔を歪ませ、自分の不甲斐なさを嘆くように呻いた。

 サヤを助けるために己の命を捨てる覚悟をしたにも関わらず、サヤは行方がしれず、自分だけがのうのうと生きていることがコウキには堪らなかった。


 「…包帯、変えますね。前にいただいた軟膏を塗りますので」


 気持ちを必死に切り替えるようにハルは言うが、コウキは何も発さず、目を閉じたままだ。

 反応がないまま、ハルはコウキに向けて手を伸ばした。


 「ハル…、手を……。手を握ってくれないか」

 「えっ? っと……。はい」


 コウキの願いにハルは戸惑いながらも、何かを察したように頷く。

 コウキの固く、かさついた掌に、ハルの柔らかで弾力のある掌が重なり、包み込んだ。


 「…助けられなかったのか? 俺は、俺は…離してしまったのか……? サヤの手を……」


 少しだけ力を込めたコウキの手から悲しみが伝わったのか、ハルは表情を曇らせた。


    ・    ・   ・


 暗闇の中で2人の男が向き合っている。


 痩せ細った月の輝きでは、カーテンを開け放たれた部屋の中を照らす程ではない。

 外からの灯りが天に輝く星だけでは、2人の姿は闇の中にある影と同化しているようにしか見えなかった。


 「それはどういうことでしょうか?」


 苛立ちを押さえられないのか、語気を強くしたミハエルが問うた。

 ミハエルの質問にシュライクは足組みをし、顔を気持ち上げた。


 「何度も言わせるな。ヴァルガスは死んだ」

 「それがどういうことなのかと聞いているのです。何があったのかを教えろと言っているのです、私は」

 「声を荒げるな。耳障りだ」


 質問に対しての返答に怒りが抑まらないミハエルに向けて、シュライクは見下す様な言葉を吐いた。

 挑発されたミハエルは椅子の肘置きを手で掴み、握り潰していく。木造りの椅子が悲鳴を上げるように、みしみしと音を立てる。


 「八つ当たりとは、ずいぶんと幼稚だな」

 「…黙りなさい。もう一度聞きます。何があったのか……。克明に話してください」

 「まあ、よかろう。ウカジ殺しの犯人を見つけて追跡をした。そして、犯人を捕らえようと動いたところで、貴様の部下が邪魔に入ったのだ」


 何とか怒りを抑えて険しい顔になりそうなミハエルを余所に、シュライクの傲岸な物言いでの説明が続く。


 「2体の妖魔とヴァルガスを送れば、我を差し置いて犯人を捕縛できる。とでも考えたのだろうが…、相手が悪かったな」

 「その…相手とは……?」

 「ヴァンだ」


 シュライクの言葉にミハエルは怒りを失い、目を大きくし息を呑んだ。

 動揺していることを嗅ぎ取ったシュライクは鼻を鳴らした。


 「流石は貴様の部下だ。善戦すらできずに妖魔どもは散り、挙句の果てに不死人たるヴァルガスまで消されるとはな。愉快なものだったぞ」


 人の神経を逆なでする言葉を並べるだけ並べると、低く笑い、更に神経を逆なでする。

 散々にコケにされたミハエルの目には怒りを通り越し、殺意が見えていた。


 「あなたは! あなたは何もしなかったのですか!? 仮にも、」

 「仮にも? 我に任せたことを途中でかっさらい自分の物にしようとするような下賤な輩が、我らと同族などと認めたくはないな。ああ、貴様の指示なら、貴様もヤツの同族か」


 言い終わると高らかに笑い声を上げたシュライクの言動は、暗闇の中で怒りに打ち震えるミハエルを激昂させるには十分なものであった。


 「シュライク! あなたは同族を見捨てた罪でここで、」

 「我の仕事は終わってはおらぬぞ」


 怒りを爆発させたミハエルとは対照的に、シュライクは静かに言った。

 その言葉がミハエルの沸き上った怒りを、一旦鎮めたのか部屋に静けさが戻った。


 シュライクは足組みを解き、ミハエルに向けて体を乗り出した。


 「相手は法王の犬の中で一番の男だ。無暗に襲うような事をしてしまえば、こちらが消されかねん」


 神妙な口調で語るシュライクの言葉に、ミハエルは小さく頷く。


 「それにヤツは我の鼻から逃れる術も持っている。今回はわざとおびき寄せたのだろう……。もしまた、何の策もなしに追えば、いかに我と言えど単独で戦うには荷が重い。となると、多数での戦いが良いのだが……」

 「…多数ですか。ヤツの目的を逆手に取ると?」

 「話が早いではないか。その通りだ。ヤツがあれの場所を特定できているかどうかは分からぬが、そう遠くない内に嗅ぎ付けるであろう。もし、ヤツに先を超されるようなことがあれば……」

 「最悪なシナリオですね……。分かりました。ヴァンの危険性を持って、交渉に臨みましょう。それを終わらせて、改めてあれを入手するための交渉となるでしょうね」


 傲岸な物言いが鳴りを潜めたシュライクと、怒りが治まり、冷静さを取り戻したミハエルは思案した。

 どちらの顔も神妙なもので、先程までの会話が茶番のように見える。


 肘置きに片肘を乗せ、頬杖をついたシュライクがゆっくりと口を開いた。


 「我がヴァンを全力で探し、動きを監視する。ヤツが動けば、すぐさま貴様に伝える。貴様らはあれを保管している場所で待ち伏せし、ヤツが来たところで叩く。これが一番の方法であろう」

 「確かに……。法王の犬の危険性は彼らも承知でしょうから、あれの近くまでおびき寄せて叩くことも可能でしょう。…いえ、叩かねばなりませんね」


 そう言いミハエルは少し目を伏せた。

 シュライクはその行動に対して、軽く眉を上げる。


 「まったく……、義理堅い男だ。勝手にこんな体にした者に対して……」

 「黙りなさい。我々は助けられたのです。あのお方がいなければ、私達は」

 「野垂れ死んでいたかもしれんな。それも1つの人生だと思うがな……、弟よ」


 静かに言い終えたシュライクは、椅子から立ち上がり部屋の外へ向かう。

 後ろからミハエルが送る視線を無視し、ドアを開けた。

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