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おまえのために

 電光を発し、目を青白く輝かせたコウキは、自身を五光稲光へと変貌させていた。


 ヴァルガスはコウキの一撃によって心臓に届いた衝撃と電撃で、一時的に死んだが再生済みだ。

 だが、それが目の前にいる人間からの攻撃に因るものであることに、怒りをたぎらせている。


 離れた場所からはミハエルがヴァルガスのことは見ず、コウキの姿だけを眺めている。

 歯が覗きそうなまでに口角が上がり、目を大きく開いてしまう程に喜びを隠せなかった。

 必死に笑いを堪えてはいるが、喉から低い笑いが漏れる。

 

 「いいぞ、ヤツは。ただの人間でも、妖魔ですらない……。これぞ修羅といったところか」


 楽しげな声色で感慨深く、独り言を呟く。

 シュライクの先に見えるコウキとヴァルガスの戦いを、上質な決闘を見る観客のように目を輝かせていた。


 「この人間がー!」


 溜まりにたまった怒りを吐き出すように、大声をコウキに向けてヴァルガスは発した。

 動き出そうとするヴァルガスと鉄球は、前に進むために力を加える。

 次いで攻撃を繰りだすための動作に移ろうとしたとき、コウキは残光だけを置いて消えた。


 「ギャウッ!」

 「ぐぼぁっ!」


 雷霆(らいてい)のごとき速さで拳を鉄球に振り落とし、勢いそのままにヴァルガスの頭部にも拳を下から上に振り抜いた。

 目の前に立ったコウキは、頭が破裂したヴァルガスと地面に深々とめり込んだ鉄球を見る事なく、次の行動に移る。

 両手に握ったクナイで体を斬りつけ、突き刺し、えぐる。その全てに電撃が追加され、ヴァルガスの皮膚や筋肉を焦がしていく。


 だが、不死人たるヴァルガスの体は、乱舞する攻撃を受けながらも着実に再生を進めていた。

 ヴァルガスは下から突き上げた拳で粉砕された顔が、鼻元まで戻りつつあった。


 「あえぬらー! じんげんー!」


 呂律(ろれつ)の回らぬ酔っ払いのような声を上げ、痙攣して動けないはずの拳を振り上げる。

 同時にコウキの後ろを鉄球が挟み込む形となり、前も、横も、後ろも逃げ場を断たれた。

 振りかぶった拳が横から空気をねじるような力で振るわれ、鉄球は鎖でコウキの後ろを塞ぐようにし、横から飛び掛かった。


 「あん? どこに、いってぇぇぇ!?」


 すでに目元まで再生したヴァルガスは聞き取れる声を取り戻し、取り戻しつつある視界にコウキがいないことによって少し呆けたような言葉を発したが、次の瞬間には大声を上げ天に吠えた。

 コウキが『翔雷』と同様に体中に電光をまとい、宙に浮かび上がっている。その指先からいくつもの細い電光が伸びており、それを繋いだまま少し距離を置いて地面に立つ。

 か細い光を放つ線の先には、長くて太い針がヴァルガスの脳天に刺さっており、これが激痛の正体であった。


 ヴァルガスの脳みそに太い針が何本も突き立ったまま、それを取り込むようにして再生が完了する。

 その頭には電極を取り付けたように、針が何本も生えていた。全てが電光の線でコウキと繋がっているが、ヴァルガスの目からは自分の脳みそと繋がっているとは思えないだろう。


 「てんめぇぇぇぇー!」

 「黙れっ」

 「あ!? ががががが!」


 視線を鋭くしたコウキの指先から細く伸びた電線を伝う様に、太い雷が目にもとまらぬ速さでヴァルガスの皮膚と脳みそを焦がした。

 脳への直接的な電撃を受け苦痛を訴えると、再生を待つ間、また動きが止まった。


 「死ねっ」


 コウキはスーツの中に手を突っ込み、指の間に銃弾を挟んで交互に手を振るうと、雷管を刺激された銃弾の乾いた銃声が一瞬で鳴り響く。

 生身を貫通させんばかりの銃弾の威力に電撃を加えて、ヴァルガスを更に死に追いやる。

 体に仕込んだ銃弾を全て撃ち尽し、次にクナイを指の間で掴むと瞬時に投げ、ヴァルガスの体に新たな電極を突き立てた。


 「爆ぜろっ!」


 コウキからヴァルガスへと繋がる電気の糸が、死を伝えるための電線となり、極大な雷がヴァルガスの体に突き刺さる。


 「ぐぼぁぁぁぁ! がぁっ! ぎぎぐっ! ごふぁぁぁっ!」


 触れた皮膚がただれ、筋肉は焦げ、肉体の水分が熱せられる。更に電圧が増すと、血液と体液が沸騰し、体の中を流れていたものが膨張し、破裂した。

 クナイも溶ける程の電熱によって、ヴァルガスの体は上半身の左側がかろうじて下半身と繋がっており、息も絶え絶えな顔をし、呼吸もままならない。


 「くそぉっ……、何で人間なんかに……。人間なんかにいぃぃぃ!? がぁぁ…あぁぁええぁぁぁぁ!」


 焦点の定まらぬヴァルガスには宙を舞ったコウキの動きに反応できず、頭上から振り下ろされた踵落としによって頭はへしゃげ、舌を噛み千切った。

 再生速度は明らかに遅くなっている。不死人の持つ生命力の限界がヴァルガスに訪れようとしていた。


 コウキはそれを感じ取り、宙を蹴るように移動してヴァルガスの側頭部に回りこみ、後頭部に向けて全力の蹴りを繰り出す。

 伝わった感触は薄い頭蓋骨が割れ、脳を前頭部の骨に叩きつけるような鈍いものだった。


 「ごふっ! あっあっあっ……」


 ヴァルガスは何とか前傾姿勢で踏みとどまりながらも、再生は遅く、へしゃげた頭部がやっと形を取り戻しつつある程度だ。

 地面に下り立ったコウキは手応えを感じ、止めを刺すために顔を上げる。だが、その先の光景に目を奪われた。


 サヤが地面に両手をついて、小刻みに震えている。

 ここに来て、限界時間を超えていたことにコウキは気付く。だが、後ろのヴァルガスを討ち果たさねばならない。


 何のために狩人になり、ヤツ等を屠ってきたのか。

 後ろにいるものは間違いなく妖魔で殺すべき対象である。

 コウキの生きる目的である、妖魔殺し。それこそがサクラの無念を晴らすためのものであったはずだ。


 コウキは腹に手を当て、五光稲光の柄を出し、力強く握る。


 「くぅぅぅぅぅ…ああああぁぁぁぁ!」


 抜き出した刀には電光は見えず、ただ青白い光を発する刀であった。

 コウキは握り締めた刀を見る。妖魔を殺すための力を持つ刀。

 改めてその力を確認し、刀を振り上げて力強く振るうと、途中で手を放した。


 コウキの手から離れた五光稲光はサヤの体に突き立つと、ゆっくりと体の中に吸い込まれていく。

 刀を宿したサヤは脂汗にまみれ、地面を湿らす程に垂れ流していた。


 息ができることで少しずつ顔色が安定してきている。

 目を瞑り、地面へ顔を向けていたサヤには、途中からどうなったのか把握できていなかった。


 顔を上げてコウキを探すと、すぐにそれらしき人物に目をやる。

 少し離れてはいたが、コウキであることはすぐに分かり、口を開きかけた。


 その時、サヤはいつもと違うコウキを見る。無表情ではなく、少し緩んだ顔を見せていた。

 このことが何を意味するのかサヤは悟ったように目を大きくし、震える口と整わぬ呼吸をしながらも口を開いた。


 「…コウ…キ……。コ…ウキ……」


 サヤが懸命に何かを伝えようとするのを、コウキはただ見ていた。

 刀は手放した。だが、サヤを捨てた訳ではない。サヤを救うことも自分に科せられた1つの使命だと考えたからだ。


 かつて師匠がコウキ達に向けた笑み。生きる思いを託したのであれば、コウキも同じであった。

 手を離して失った命。その無念に晴らすために磨いた技術で、手を繋ぎ助けた命。

 妹であるサクラの無念は晴らすことができなくても、手を繋ぎ助けた命を捨てたくはなかった。


 体が焼けるような痛みにコウキは襲われていたが、その痛みすら感じない程に心が満たされていた。


 「くそ…、くそ…、くっそぉぉ! 死ねぇ!」


 右半身は無くなったまま、左手だけ再生したヴァルガスが吠えて怒りを吐きだしながら、拳を振りかぶった。


 「コウキィィィィ!」


 サヤがコウキに迫る死を跳ね除けようと、必死に声を上げた。

 上げた声に呼応するように、乾いた耳にうるさい音が闇夜の荒れた大地に連続で響く。


 「がががぁぁぁ! あぁぁぁ…、き、貴様は……」


 コウキを襲おうとしたヴァルガスの左手は粉みじんに吹き飛んでいる。

 あまりの出来事によるものか走る痛みに悶えるよりも、何があったのかを確認するためにヴァルガスは首を回して、音が響いてきた方を見て言った。


 視線の先には、つばが広いハットに、首回りに毛皮が付いたコート、その中に白いシャツとベストを羽織っている。

 全てがダークグレーで統一されており、違う色は肌と髪とシャツ、そして銀色の左手だけだ。


 「女の子を泣かせるのもどうかと思いまして。もう少し早めに助けに入るべきでしたかね」


 目深にかぶっていたハットを人差し指で上げると、ヴァンが冷笑を浮かべる。

 ヴァンは左手に持っている小銃を短くし、銃身の上にマガジンを付けたサブマシンガンをヴァルガスに向けていた。

 それは銃ではあるが、全てが銀色に染まっており、握っている手と同化しているように見える。


 「貴様はヴァ!」


 ヴァルガスの言葉は銃声と共に消えた。

 頭部と左半身、下半身しか残っていないヴァルガスは、残った数少ない部位の頭部が数発の銃弾により破砕されている。

 発射された銃弾は曳光弾(えいこうだん)のように光を放ち、左手と同じ銀色をしていた。


 頭部がなくなったヴァルガスは地面に仰向けに倒れると、塵となって消えていった。

 不死人であるヴァルガスが死を迎えたのだ。


 「さて、これで1人ですね。どうしますか? そちらは2人ですがね?」


 まだ冷たい笑みのまま、ヴァンは残った不死人達に向けて声を掛け、挑発する。

 挑発された1人のシュライクは鼻を鳴らして、挑発を一蹴した。


 「我と戦って勝てるとでも?」

 「まぁ、負けはしないでしょう。僕の力を知らない程、バカではないでしょ?」

 「確かにな……。お前とやり合う気もなければ、その必要もないからな」


 シュライクはそう言うと、コウキに目をやった。


 「おっと。彼をどうこうするのは止めていただきたいですねぇ」

 「勘が良いヤツめ。腹が立つぞ」

 「彼が不死人にでもなったら、とんでもないですから」

 「ならば……」


 静かに言い終えたシュライクは目にも止まらぬ速さで、サヤの首根っこを掴み持ち上げた。


 「こいつをいただいて行こう」

 「い、嫌! コウキ! コウキ!」

 「黙れ。あとはヤツ次第だ」

 

 少女であるサヤに微塵も憐れむ感じもなく、シュライクは冷たい言葉を浴びせた。

 身をよじっていたサヤも動きを止めて、この場の空気に飲まれる。


 「良いんじゃないでしょうか。彼よりはマシですから」

 「貴様は情と言うものがないようだな」

 「ええ。でなければ、猟犬などとてもとても」

 「まあいい。では、いただいて行くとしよう」

 「それがお互いにとって無難な話でしょうね。それでは、ここまでということで」


 ヴァンの幕引きの宣言により、シュライク達はこの場から素早く消え去った。

 立ち尽くしながら気を失っているコウキに、ヴァンは笑みを浮かべながら近づいた。

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