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雷人

 霧の中で光を放ち続ける刀を持ったコウキは、鋭い目で霧を断つような力を見せていた。


 茶色の昆虫の様な妖魔は、尻に大きな穴が開いていおり、両手の甲にも大きな穴が開いていた。

 どちらも空気を大量に吸い込み、圧縮して一気に放出し、突撃している。


 1段目の前面からの突進が一番早く、両手の甲に溜めた空気で急制動を掛けながら、2段目となる背中から突撃。

 2段目の攻撃は1段目の突進の勢いを削ぐのに空気を使うため、向かってくる速度自体は1段目より遅い。

 だが、最初の攻撃をこの霧の中で読み切ることができず、避け方を誤れば2段目の攻撃で粉砕されてしまう。


 コウキの判断は早かった。

 左手を肩に水平になるように上げる。


 「稲光伝身・『煙雷(えんらい)』」


 足にまとわりついていた電光が体を伝い、コウキの左の掌から電光が満ちて暴れ始める。

 そのまま舞うようにゆったりと体を1回転させると、霧の中に光の粒が広がって行った。


 「痺れろ」


 しばらく間を置いてから、コウキは誰ともなく言うと、指先から細い電光が放たれる。

 コウキの周りを電光が拡散していき、そのまま霧の奥まで光が広がっていく。

 電光に満たされた霧はぼやけた光を放っていたが、静かに元の色を取り戻した。


 コウキが放ったものが何にもならなかったような静けさが辺りに戻ったとき、2つの音が響く。


 「いいぃぃぃぃ……!」

 「ぐぬぅぬぅぬぅ……!」


 耳に届いたうめき声にコウキは目を向け、左手をスーツの中に突っ込む。


 「稲光伝身・『飛雷』」


 抜き出した左手の指の間に挟んだ3本のクナイが、電光をまとっている。

 刃が電光によって、更に鋭利な物に映ったときにはコウキの左手から放たれた。


 「ぐぎやぁぁぁぁ!」


 霧を突き抜けたクナイが妖魔に刺さったのか、悲鳴を上げた。

 痛みを訴えた声から妖魔の居場所を察知したコウキは、すぐに刀を両手で握る。


 「稲光伝身・『迅雷』」


 唱えたコウキは、手から足に流電させると霧の中に残像を見せる程の速さで駆け出した。

 深い霧を突き抜け、悲鳴が上がった先に向けて疾走する。


 視線の先には電光をまとったクナイによって、痛みと痺れに襲われている妖魔が見えた。

 妖魔は傘を閉じたように頭から下がるにつれて大きくなり、蛇腹のように開いては閉じている。


 空気を溜めて大量の霧を一気に噴き出しているのだろう。だが、それも今は感電しているためか動きはない。

 コウキの頭の中で一瞬だけ妖魔のことが頭を過ぎると、それに合わせて妖魔は両断され、地面に崩れ落ちた。


 斜めから撫で斬りにされた妖魔は、クナイの電光によって体だけが反応し痙攣けいれんしながら散って行く。

 それ以外の動きがないことをコウキは一瞥して、霧に体を向ける。


 霧の発生源がなくなったため、風によって霧が薄れ散っていく。

 遠くに佇む妖魔をコウキは見据える。妖魔も同じように見据えていた。


 どちらが動くか。ひりつくような空気が流れると、先手必勝と言わんばかりに妖魔が動く。

 地面に穴を開けんばかりの圧縮した空気を尻から爆発させると、瞬きをした時には目の前に迫っていた。


 「くっ!」


 分かってはいても、あまりの速さにコウキは思わず声を上げる。

 『迅雷』の力によって横に避け、滑りながら止まったとき、妖魔の狙った2段目の攻撃が迫っていた。


 妖魔は背中を向けたまま一直線に突進している。

 だが、背中に目がなかった妖魔はコウキが体勢を整えていることに気がつかなかった。


 「稲光伝身・『翔雷』」


 体に電光をまとったコウキはほぼ動作なしに、妖魔の突撃を紙一重でかわす。

 体にまとった雷を噴出し避けた動作から、すぐさま尖った軌道を描きながら妖魔に肉薄する。


 妖魔の突進に速度を合わせ一点まで迫ると、コウキは刀を上段に構え、力任せに振り下ろす。

 青白い太刀筋が闇夜を切り裂くように、妖魔に襲い掛かった。

 守りが薄い肘を両断し、右手に走る激痛と地面に転がっている右手を見た妖魔は、自分の顔を守る物がなくなったことに気付く。


 妖魔はすぐに左手で顔を守ろうと動かした手は、首から飛び散る血を押さえるために動いたようにしか見えなかった。

 首から上はコウキにすでに切断され、妖魔は首がないまま飛んだ勢いで地面を削りながら、散って行く。


 2体の妖魔を屠ったコウキは深呼吸をし、荒い鼓動と頭の熱を鎮める。

 残るはかつて戦ったシュライクと、もう1人だ。サヤのことを考えると素早く始末しなければならない。

 コウキは瞬時に距離を詰めるために『迅雷』に切り替えようと口を開きかけた。


 「またか……。どこまでも我の手柄にしたくない者達ばかりだな」


 シュライクが呆れた声を闇に向けて掛けたとき、シュライクとコウキの間に大柄の男が下り立った。

 金髪を短く刈り込み、角ばった顔と同じように彫も角ばって深く、コウキの頭1つ分以上の背丈と頑強な体を持つ者が行く手を阻んだ。


 上半身を裸にし、下半身は軍隊用の薄緑色のズボンと黒いブーツを履いている。

 見るからに体力自慢そうな大柄の男はシュライクに蔑んだ目を送り、コウキに向き直った。

 

 「お前のようなヤツに功績を与えるなど、聞くだけで腹が煮えくり返る。お前は黙って、指でもくわえて見てろ」

 「ふざけたヤツめ。ヴァルガス、精々殺されぬと良いな」

 

 最後にシュライクが鼻で笑うと、ヴァルガスは怒りが宿った目をシュライクに向け、そのまま怒りをコウキに向けた。


 「俺達の部下を殺すことができるとはな。手加減なしで行くぞ」

 「そうか。なら、さっさと終わらせるぞ。稲光伝身・『迅雷』」

 「ああ。さぁ、来!?」

 

 ヴァルガスが返答を終える前に、コウキは攻撃範囲まで接近していた。

 コウキの放つ高速の2段突きが心臓を正確に貫く。だが、コウキは失念していた。


 敵は不死人だった。


 「ふぅぬぅ! やるな…、人でそこまで戦えるものか……。まあ、いい。終わりにしてやる」


 左胸に2つの鋭い穴が開けられたにも関わらず、普通に声を出し、更には穴も閉じていく。

 ヴァルガスは右手に力をいれ筋肉を隆起させると、手首に枷が現れ、赤い鎖と鉄球を形成した。

 その光景に目を奪われているコウキに向かって、鉄球は振るわれることなく飛び掛かる。


 「ガルル! ガウ、ガフアァ!」


 すぐに飛び退いたコウキの目の前の鉄球には、鋭利な歯を蓄えた口がいくつも見え、犬の様に吠えていた。

 めり込んだ地面の穴を広げるように、いくつもの口が土を噛み続けている。

 見たこともない武器に粟立つコウキに対して迫る影が、大振りの拳で襲い掛かる。


 「ごっはっ!? ふっうぅっうぅ……」


 左のわき腹を粉砕するような剛腕が、コウキのあばら骨にいくつものヒビを作った。

 痛みに顔を歪めたコウキは別の殺気を感じ、痛みに因って体がこう着しそうな中、必死に力を込めて飛び退く。


 コウキのいた場所に自発的に鉄球が襲い掛かると、またコウキの横へ恐怖を与える存在が回りこんでいた。

 もつれる足で更に飛び退く。目の前をかすめた剛腕は、頭に直接当たれば脳みそまで弾け飛んでしまいそうな破壊力を伝えてくる。


 ふらつく足を整え、後ろに飛び、一呼吸置く。

 力を見誤っていた。不死人がどれほどの者か、シュライクと戦ったときに身を持って知ったはずだったにも関わらず。

 不用意に飛び込んだ自分を恨みそうなとき、コウキの目に入った者がいた。


 サヤが膝をつき、胸を手で必死に押さえている。

 大きく肩で息をしているが、吸うことができる酸素が少ないことは明白だった。


 残された時間は長くない。立ちはだかるヴァルガスとその先にいるシュライク達。

 連戦によって体力を削られたコウキにも、まともに戦える残された時間は少ない。

 いくつもの障害によって、無情にも残り時間は刻々と減って行く。


 「やっぱり人だな。この程度か。足の1、2本を失くして連れて帰るとするか」


 コウキは思考を邪魔するヴァルガスに向けて、目だけは力を失わぬ意志を見せる。


 「おい、ヴァルガス! そいつはそこからが面白いぞ! 甘く見るのは勝手だがな」


 楽しそうな声でシュライクはヴァルガスを挑発するように言った。

 その言葉にヴァルガスは不満げな顔を見せ、文句を言うためか体をシュライクに向ける。


 シュライクの言葉がコウキの耳に届く。

 そこからが面白い。それは圧倒的な力で叩かれてもコウキが諦めず、勝つための方法を探ったことによるものだ。


 ヴァルガスには見えていなかった。

 シュライクは口角を上げて、ヴァルガスとは別の者を見る。

 コウキは刀を逆手に持ち、振り上げていた。


 「稲光伝身・『穿雷(せんらい)』!」


 普段のコウキからは考えられない大声を上げ、刀を腹に突き刺した。

 刀が腹を貫くはずが、腹の中に吸い込まれ、溶け込んでいく。


 「ぐぅうぅぅぅうぅぅぅ……あああぁぁぁぁぁぁ!」


 五光稲光が発する電光に体が焼かれるように痛み、痺れ、突き刺す力を込める手が止まりそうになる。

 雄叫びを上げて力を振り絞り、全てを体の中に収めるとコウキの動きが止まった。


 動かぬコウキからは電光が五光稲光のように、体のあちこちから飛び跳ねている。

 顔はうつむき、足を引きずるようにして歩き出す。その姿を見て、ヴァルガスは何かを感じ一瞬戸惑っていた。


 その一瞬の間に、コウキの拳がヴァルガスの胸部を襲い、胸骨を破砕し、心臓にまで届く衝撃と電撃を浴びせる。


 「おおおおぉぉぉぉああああ! ふんぬぅっ! 貴様ぁ!」


 あまりの衝撃に飛ばされながらも足で踏ん張って止まり、怒りの声を上げたヴァルガスに向け、コウキは顔を上げた。

 瞳が青白く、雷のような色を放つ。人を超えた存在と思える程の力を感じたのか、ヴァルガスは目を見開き、息を呑んだ。


 「…サヤ、すぐに行く……」


 コウキが呟くと、口からも電光が漏れ、コウキの顔を照らした。


 「くっ! 何をごちゃごちゃと! お前の相手は俺だ!」


 存在を無視するようにサヤに向けて届かぬ声を掛けたコウキに対して、ヴァルガスが更に怒りをたぎらせる。

 吠えたヴァルガスに向けて、コウキは光る目を更に激しくさせた。


 「…邪魔だ……、死ねっ!」


 雷人と化したコウキが殺意を剥き出しにし、闇夜を消し去る電光を体中から発した。

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