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狙われし狩人

 月がほとんど欠けた夜空に星が映える中、コウキとサヤは家へと足を進めていた。


 特に会話をする訳でもなく2人は歩き、街灯の照らす粉っぽい土の道に微かな足跡だけ残す。

 家がすぐそこに迫ったとき、サヤは体を家に向け足を延ばしたが、コウキは目的の場所ではないようにわき目も振らず進み続けた。

 それを見てサヤは慌ててコウキの元に戻って、首を傾げながら顔を覗き込んだ。


 「家、帰らないの?」

 「ああ」

 「どうして?」


 サヤの当然の疑問に対して、無表情な顔に力が込められ険しくなる。


 「振り返るな……。1人か2人…、等間隔で俺達の後を付けて来ている」

 「…警察?」


 サヤはコウキを見ずに口だけを動かした。コウキも同じく、前だけを見ている。


 「いや、警察でも高警でもない……。殺意のような力強さを向けて来ている」


 コウキの呟き程度の声が、サヤには大きな衝撃を与え、振り返らせようとする。

 首を動かそうとしたサヤの顔を止めるように、サヤの前にコウキは手を伸ばした。

 サヤは不意に現れた手に目を丸くして、そのままコウキを見る。


 「手を取れ」

 

 ぶっきらぼうな言葉にサヤは少し戸惑いながらも、コウキの手を握った。

 2人が手を繋ぐと会話はなくなり、土を踏みしめる足音だけが夜の住宅街に響く。


 土の道を踏みしめると砂埃が舞うようになり、周りの民家もボロ屋か朽ちて無人となっていった。

 更に先に進むと寂れた街道しかなく、辺りにはまばらに雑草が生えている大地が広がる。

 人の営みがない荒廃した場所まで2人は来た。コウキは繋いだ手を優しく解くと、おもむろに振り返る。


 「さっさと出てこい」


 暗闇に向かって声を掛ける。

 それに応じるように、暗闇の中を何かが動き、闇の世界に波紋が広がるように動きが大きくなってくる。

 コウキの良く効く夜目が動いた1つの正体を認識したとき、息を飲んだ。


 「久しいな、狩人。いつぞやは楽しかったぞ……。元気にしていたか? と聞くのも良いが、鮮やかに暗殺をこなすぐらいだ。元気でないのもおかしいな」


 コウキがかつて遭遇し、勝てずに屈辱を与えたシュライクが楽しそうに語る。

 微かに不快感を覚え、コウキの目に怒りが宿る。


 「ふむ…、良い目だ。いつぞやの続きを……。と、思ったが、無粋なヤツ等が来たようだな」


 コウキに向けていた顔を、シュライクは別の方に向けて舌打ちをした。

 シュライクの言葉に反応するように、2つの殺意がシュライクとは別方向から放たれる。


 「サヤ、出せ」


 2つの影に注意し、サヤを見ずに指示を出した。

 暗闇の世界を照らす、五光稲光の柄がサヤのうなじから姿を現すと、コウキは素早く抜いた。


 「あぅっ! ぅぅ……」

 「すまん。すぐに終わらせる」


 痛みに堪えたサヤを一瞥すると、コウキは刀を顔の位置で水平に構え腹に力を込める。


 「稲光伝身・『迅雷』」


 刀の電光が足を照らす前にコウキは踏み出し、高速で1つの影に迫る。

 知覚はしても反応はできない程の速さで繰り出された3段突きは、何事もなく影の横を通り過ぎたようにしか見えない程のものだった。


 だが、コウキは目を見開き、すぐに滑る体を反転させ体勢を整えて、後ろから感じた力を確認する。

 遠のいた分だけ小さく見えるが、体の大きさが人と全く違う。

 

 顔は面長でこけたものだが、反対に体は昆虫の硬い殻のような物で覆われており、離れた距離からも人の2倍以上はある大きさであることが分かる。

 手の太さも尋常ではなく、コウキの横幅と変わらない程に太い。更に手の甲から二の腕の手前まで、盾のように広がったものが付いていた。


 コウキの放った突きでは、致命傷を与える事ができない程の妖魔であり、その力強さに内心で舌打ちした。

 眉間にしわが寄り戦い方を瞬時に思案すると、足を擦り駆け出そうとしたとき、辺りに霧が立ち込めてくる。


 不測の事態に一瞬体が固まったとき、離れた場所から大砲でも放ったかのような爆音が聞こえた。

 音がした方へ目を向けると、先程の妖魔が霧に無理やり花道を作らんばかりな勢いでコウキに迫る。


 「くそっ!」


 心から出た言葉を口にしながら、コウキはすぐさま体勢を変える。

 当たれば体が四散しそうな妖魔の攻撃が目の前に迫る中、コウキは逃げずに逆に前に駆け、足を滑らせたように体を低く宙に浮かせた。


 「うぬぅおぅぅぅぅ!」


 霧の中を突き抜けながら妖魔が叫び声を上げ、地面に液体を垂らして線を描きながら霧の中へ消えた。

 宙に浮いたコウキの体が地面に仰向けに落ちると、青白く光る刀を赤色の液体が伝う。


 流れる液体は血液であり、コウキがヤツの腹部から股に掛けて、刀で斬りつけたからだ。

 吹き飛んで来た妖魔の下に体を潜り込ませて、刀を深々と斬りつけたことにより痛撃を与え絶叫させた。

 だが、断末魔の悲鳴ではないとコウキは判断し、次の行動に対応できるよう体を起こして、刀を肩より斜め上にあげ、顔の前に垂らすように構える。


 霧が更に濃くなり、目の前の状況すら分からない程にまで視界が限定されていた。

 この霧はもう1体の妖魔が作り出しているのは明白だ。1体が動きを阻害し、もう1体が突進をして破壊する戦法。

 コウキは冷静に判断をしているとき、また大砲を発射したような轟音が鳴り響いた。


 コウキの視界を深く遮る霧を突き抜けてくる妖魔に体を向けたとき、肌が粟立った。

 妖魔は膝を地面すれすれに伸ばしているため、下に潜り込むことができなくなっている。


 瞬間的な思考停止からすぐに立て直し、コウキは直感的な回避行動に移った。

 妖魔の固い体が触れる直前に横に飛び退いたことで、少しだけコウキは安堵する。

 胸をなでおろした息を吐いた直後、また大砲のような音が響いた。


 コウキの目に妖魔の丸みを帯びた固い背中が迫ってくる。

 飛び退くような時間はない。ただの回避では間に合わない程のものが、視界を覆い尽くそうとした。


 コウキは目を鋭くし、妖魔の動きに集中する。

 向かってくる背中に対し、自分の中で取ることができる動きを思案する。視界が妖魔の背中で埋め尽くされた。


 「ごはっ!」


 背中を向けたまま霧の中に一直線に消えていく妖魔とは対照的に、コウキは霧の中で宙に舞い、地面を転がった。


 「くぅぅ…、ちっ!」


 コウキは体を立てながら、軽くうめき、舌打ちをする。

 立ち上がった体には土の汚れはあれど、血で染まっている箇所はない。

 巨岩ですら破壊できそうな力を受けながら、コウキの体は五体満足であった。


 コウキは妖魔の背部突撃に対して、避けきれるかを判断し、避けないと決断したのだ。

 着地した足先に力を入れ、後ろに軽く跳ねながら膝を曲げ、体を捻り、うずくまる様な形を取った。

 妖魔の突進に逆らわず、コウキへと押し寄せる激流に身を任せる。その結果、最小限の被害で済ませたのだ。


 「はぁ……」


 霧の中に消えた妖魔にため息しか出て来なかったコウキだが、息を吸ったときには目が刃物の刀身のように鋭いものとなった。

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