帝都に潜みし妖魔
源平食堂にてコウキとサヤは向い合って料理を待っていた。
サヤは天ぷらと唐揚げ、カレーの大盛りを注文し、コウキは魚定食を頼んだ。
料理を待ちかねているサヤは、調理場を楽しそうに眺めている。
丁度、お昼時であることもあり、食堂は客で満たされつつあった。
調理場にはハルの父親と母親、兄が狭い中、せわしなく動いている。
ハルも1人で注文を取っては、料理を運んでいるため、店の中を行ったり来たりしていた。
活気づいて、笑顔に満ちている食堂の中では、コウキも余所行きの顔をしている。
「はい、サヤちゃん、カレー大盛りと唐揚げと天ぷらね。コウキさん、もうちょっと待ってくださいね」
ハルは注文した料理をテーブルに並べながら、コウキに向けて柔らなか笑みを浮かべた。
それに応じるように、コウキも目を優しく細めて軽く頷いた。
テーブルの上がいくつものサヤのための料理で埋め尽くされていく。
それを見てサヤは唾を飲み込み、食欲を解放する瞬間を待ちわびているようだ。
コウキはため息を吐き、笑顔を取っ払った。
「先に食べろ」
「うん」
嬌声と聞き取れそうなぐらい可愛い声を上げて、サヤは料理に貪りついている。
普段の食事は丁寧に食べるが、ここでは勢いに任せるように口の中に次々と料理を運んで行く。
全てを熱々のままで食べたいのか、とにかく食べ続けている。
「お待たせしました。遅くなってごめんなさい」
コウキの前に魚定食が置かれた。甘辛く煮込まれた魚から、食欲を刺激する匂いがする。
料理を目にして、瞬時にコウキは顔を変えた。
「ハルちゃん、ありがとう。いただきます」
普段の冷たく抑揚のない声からは想像もできない、優しさと思いやりを感じる声をコウキは出す。
コウキの言葉にハルは微笑んで、他の客の元へ向かった。
「優しいね」
「黙って食え」
・ ・ ・
昼食を終えて、コウキとサヤは陽明社に戻ってきた。
「カズマ、お前も飯に行ってこい」
コウキは自分の机に向かいながらカズマに声を掛ける。
同じようにサヤは自分の居場所である応接用のソファに座って本を読み始めた。
「おっ帰りなさい。じゃあ、行こうかな。あっ、情報をまとめた物を机に置いときましたんで」
カズマは机から立つと、コウキの机の上を指さした。
そこには複数枚の紙をまとめている物がある。
それをコウキは一瞥して、カズマに向けて頷いた。
陽明社から出て行くカズマの背中を見ることなく、コウキはまとめられた紙に目を通す。
警察が調査した報告書だけでなく、巷の噂話から警察に相談だけがいくような些細なものからも、妖魔が絡んでいる物がないか探す。
警察からもたらされる妖魔の情報は、確証を掴んだものが多い。
だが、その量は決して多いものではない。
そのため、自分達で入手したバラバラの情報から、1本の筋が通るような物を掴む。
1枚1枚、熟読する。その中から共通点や、繋がりそうな情報がないかを頭に叩き込んでいく。
「…サヤ、見つかったかもしれない。今の内に寝ておけ」
何かを掴んだコウキはサヤを見ずに、紙を何度も読み返しながら言う。
サヤはその言葉に頷き、ソファに横になった。
・ ・ ・
闇の中を切り裂くような光を2つ放ち、黒く四角い物が未舗装の山道を登って行く。
タクシーの後部座席にコウキとサヤは座り、窓から淡い橙色の光を放つ帝都を眺めていた。
「お客さん、どうですか? これだけでも、すごい光景でしょう?」
人が良さそうな運転手が目を細めて、コウキ達に声を掛けながら一瞥した。
運転手の言う通り、山道を登って行くと、帝都の放つ光によって1つの壮大な風景になる。
「ええ、こんなにすごいものとは……。やっぱり帝都はすごいですね」
笑顔を浮かべてコウキは感慨深げに運転手に返事をした。
サヤは窓ガラスから外を見たまま、何も言わない。
「そうでしょう、そうでしょう。あ、そろそろ車で行けるのも限界ですので、山道を少しだけ登っていただけると、これ以上の光景が拝めますよ」
人の気分を更に盛り上げるような言葉を、運転手は口にした。
コウキはその言葉に頷き、笑顔を見せる。
運転手が言った通り、舗装された道が途中で終わり、未舗装の細く緩い坂道が先に続いていた。
車で進むのは無理なことが明白であった。
コウキ達は運転手と共に車を降りて、闇が覆っている山道に足を進める。
ランプを片手に運転手が先導する中、コウキ達は運転手から言葉を掛けられる。
それに気持ちの良い返事をコウキは続けて、登り続けた。
森が開けると、帝都が一望できる、ちょっとした高台が現れた。
その光景に惹かれるように、コウキ達は前に進む。運転手は後ろにいて、コウキ達を眺めていた。
眺めている目が、舐めまわすような目に変わる。同じように舌で唇の周りを舐めた。
「どうですか、お客さん? 最高の光景でしょう……、冥土の土産としてはね」
タクシーの運転手が顔をうつむかせると、手の爪が猛獣のように鋭利で太く硬いものに変わっていく。
うつむいた顔を上げると、その顔は毛むくじゃらで、瞳が煌々とした黄色に変わっていた。
「お前の冥土の土産としても悪くないな」
今まで笑顔を絶やさなかったコウキは、冷め切った顔で振り向くと妖魔に言い放った。
それと同時に大きな針を素早く指で弾く。
その針は一直線に妖魔の元へ、空気を穿ちながら飛んだ。
「ぎゃっ!? くそっ…、お前、ただの田舎者じゃないな?」
妖魔はコウキの最小限の動きから繰り出した攻撃に対して、体が反応し、少しだけ動いた。
それによって目を狙った針は頬に突き刺ささり、大した痛みを与えず、逆に相手に警戒心を与えてしまった。
「さぁな。お前は人間じゃないな」
コウキはスーツに仕込んでいるクナイを両手に持つと、素早く駆け出す。
それに応じるように、毛むくじゃらな妖魔は腰を落とした。
身構えた妖魔の動きを探るように、コウキは左手を右手側に大きく振って、強く払うようにクナイを一直線に投げると、クナイが妖魔の直前で弾かれた。
妖魔はクナイを弾いた鋭利な爪を見せびらかすように軽く動かすと、次は全力でコウキに向けて突進を仕掛けてくる。
前に駆けていたコウキと、正面衝突するように向かってくるのを、コウキはそのまま応じる。
黒服のコウキと黒服の妖魔が、真っ向からぶつかり合うと思われた瞬間に黒い影がすれ違い、そのまま駆け抜けて、体をお互いの敵に向けた。
「やはりただの人間じゃなさそうだ……。お前、狩人か?」
毛むくじゃらの妖魔は自分の左の腹部に手を当てて言う。
そこからは赤い血が滴り、地面に落ちていた。
「さぁ、どうだろうな」
コウキは右の頬に斜めに入った線から血が垂れて来るのを、袖で拭って言った。
血を拭った左手に持つクナイには、妖魔の腹を切り裂いた血がこびりついている。
投げた左手のクナイは仕掛けで、右にしかクナイがないことを印象付けた。
妖魔が弾いた瞬間に左手にクナイを移して、ぶつかり合う直前に相手の左側に抜けつつ、切り裂いていた。
妖魔が苦痛を訴えるうめき声を上げている中、コウキは素早く1本のクナイを抜きだし、両手で構えて姿勢を低くし駆け出す。
敵の最大の武器は両手の強固で鋭利な爪。姿勢を低くして、相手の攻撃の幅を狭める。
痛みで動きが鈍った妖魔は慌てて応戦の体勢に入るが、その時にはすでに妖魔の懐にコウキは肉薄していた。
右手のクナイで胴体を斬りつけ、左手のクナイを腹部に突き刺し、ねじる。
すぐに左手を右手のクナイに添えて、両手の力でクナイを突き出すと、妖魔の腹に2つのクナイが突き立った。
「ぐわぁ! ぐががが! 貴様ぁ! ぎゃあぁぁぁあぁぁぁ!」
コウキは更に右手のクナイを刺したまま切り上げる。
宙に舞う鮮血が降り注ぐ前に、コウキは後ろに飛び距離を取った。
胸部まで切り裂かれた妖魔は、絶叫すると膝を地に着き、体を震わせている。
かなり手痛い攻撃を受けたと思われる妖魔に向けて、コウキは止めとなる攻撃を浴びせようと腰を落とした。
「そこまでだ、狩人!」
闇で覆われた世界から声がした方へ目を向けると、帝都の明りが照らすサヤの後ろに大きな影が立っていた。