追跡者
窓から東の空に浮かぶ上弦の月の柔らなか灯りが、部屋を微かに照らしていた。
海外からの調度品や家具で凝りかためられ、外国人ですら自国で見たことのないような仰々しいものが部屋に満ちている。
外国人向けのホテルのように見せて、実のところは自分達の文化の進歩を見せつけるような滑稽なものだ。
そんな自国の光景を想起させるような部屋でない場所に、2人の男が華美な椅子に座り、向い合っていた。
「あなたの見立て通りでしたよ。この国にあれは存在しています。…それに研究もなかなかに進んでいるようでした」
月明かりに照らされた男の口元が歪み、くすみのない純白な歯を見せる笑みを浮かべた。
向い合っている男は不満げに鼻を鳴らす。
「我の言った通りであろう。あれはこの国にあると……。それで手に入りそうなのか? お前が担当なのであろう?」
傲岸な物言いをした男は最後に試す様な口調で、挑発めいた言葉を発した。
影に包まれて顔の見えない男に向けて、口元が照らされた男は口角を上げたまま口を開く。
「順調に行ってますよ。取引まであと一歩…、というところなのですが厄介な提示をされまして」
「ほう? 自分から交渉事は任せろと言っておきながら、その様か?」
2人の男は会話が終わると、どちらともなく声を上げて笑い出した。
少しずつ笑いが静まり、お互いの気分が落ち着いたのか、呼吸をする音が部屋の中に満ちる。
腹の探り合いでもしているかのように、静かな時が流れると、月に照らされた男が体を前に少し出した。
「単刀直入に申し上げましょう。シュライク、あなたに頼みがあります。ウカジ殺しの犯人を捕まえてください」
影に溶け込んでいるシュライクは、月明かりに照らし出された青白い顔を見せるミハエルを見据える。
敵意もなく、蔑んだ感じもない。ただ、真摯にシュライクと向き合っている顔をしていた。
「ふむ、我を使うと申すか。すでに我の役目は終わったのではないのか?」
「王からの役目は終わりました。ここからは私のお願いになります。引いては我々の王のためです」
役目を終えさせられるようにミハエルに立場を譲らされたシュライクは、面白く無さ気に椅子の肘掛に肘を乗せ、顔を手に委ねた。
ミハエルはシュライクのその態度を見ても顔色を変えない。むしろ、更に顔が硬くなる。
「ウカジ殺しの犯人が外国人との嫌疑が掛けられております。これが我が国の者でないと証明しなければなりません。
他の国、もしくはこの国の者であることが証明できれば、あちらも条件を飲む準備をします。それには犯人を生け捕りにする必要があります」
「我には関係のない話だな。貴様らで動いて犯人を捜すなり、あれを探して強奪すればよかろうに」
犯人捜索の正当性を説いても、シュライクは空いた手で虫を払うように軽く振った。
やる気を感じさせないシュライクの言動にも、ミハエルは顔色を変えず会話を続ける。
「…下手に強奪しようとして、破壊、もしくは手に入れられない。そうなれば王は息絶え、我らは今の地位を失い、人に狙われる側に落ちてしまいます。まだそこまでの情報は掴んでいない今だからこそ、相手に貸しを作るのが効果的なのです」
「言いたい事は理解できた。ならば、探し当て捕縛した場合、我の功績がお前を上回るものでなければな?」
「ええ、そうでしょう。あなたが成功したあかつきには、王にそのように伝えます」
「仕方がない、我が動いてやろう。貴様にあごで使われるのは気にくわんがな」
シュライクは早々に会話を断ち切るように椅子を立ち、ミハエルに背中を見せた。
影の中を進み煌びやかな光を放つホテルの廊下に繋がるドアを開け、朝陽に照らされたように目を細めて、再び闇が覆う世界に向かう。
・ ・ ・
コウキはサヤと共にトラジの運営する倉庫にて、海外から届いた物品を品定めしていた。
「あの時は悪かったな、迷惑を掛けちまってよ……」
コウキとサヤが何かと舶来品を漁っている後ろから、トラジが声を掛けた。
コウキは振り返り、顔を曇らせているトラジに向けて口を開く。
「気にしないでくれ。相手が悪すぎた。法王が絡んで来れば、海外貿易業には死活問題だ。結果的にトラさんの貿易が上手く行くようなったのなら、こっちにとっても悪くない話だ」
いつも通りの抑揚のない声ではあるが、少しだけ優しさを感じる言葉をコウキは選んだ。
コウキの言葉を聞いて、トラジは少しだけ笑みを浮かべ頭をかく。
「そう言ってもらえると助かる。お前さんの要望にはできるだけ応えるからよ」
「ああ、色々と新しい物を仕入れてくれると助かる」
「まったく、簡単に言ってくれるぜ……。サヤちゃんも欲しい物が有ったら言ってくれ、探してみるからよ」
少しはにかんだ笑顔を見せ、サヤにも話し掛ける。
色々と漁っていたサヤはトラジに振り返った。
「トラジさん、ありがとうございます」
深々とお辞儀をして感謝の意を述べると、また木箱を覗き、色々と見だした。
「相変わらず礼儀正しいなぁ。どこぞのやつとは大違いだ」
「礼儀が良くても、腕がたたなければ生きていけん」
「ほんと、愛想もくそもねぇヤツだな、お前は。ん、サヤちゃん、それ気に入ったのか?」
コウキから目を離してサヤを見ながらトラジが聞くと、サヤは振り返り頷く。
手に取ったものは色鮮やかなステンドグラスの卓上ランプだった。
サヤは手に取り、色々な角度から光を受けて、それぞれの輝きを放つガラスに目を奪われている。
「コウキ、これ、」
「分かった……。トラさん、いくらだ?」
ため息をつきながら、サヤから目を離してトラジに向き直る。
「ロハにしといてやるよ。迷惑料だ」
笑みを浮かべサヤに答えると、サヤは大きくお辞儀をし、また光に当ててガラスの色鮮やかな輝きと同様に目を輝かせていた。
その姿にトラジは笑みを浮かべ、コウキはただ目をやって、トラジに目を向ける。
「で、俺は銃弾を買いたいんだが?」
「ああ、そこはしっかり払ってもらうぜ」
歯が見える程の笑みを浮かべて笑い声を上げたトラジに、コウキは湿った視線を送った。
・ ・ ・
必要な物を調達し終えて、喫茶店にて足を休めていた。
コウキはコーヒーを頼み、サヤはミックスフルーツジュースとアイスクリームを頼んだ。
注文の品が並ぶと、サヤは目を輝かせ、アイスの甘さに顔が笑みに包まれ、ジュースのまろやかさにとろけている。
コウキは黙ってコーヒーを飲んでいると、後ろから漂ってくる気配を感じ身構えた。
「そんなに身構えないでくださいよ。悪さをしに来た訳ではありません」
声の主であるヴァンはコウキの背後から横に現れると、かぶっている帽子を人差し指で上げて、軽く笑みを浮かべていた。
サヤもヴァンの存在に気付き、今までの満面の笑顔から強張ったものに変わる。
「犬が何の用だ?」
「いえ、たまたまあなた方が見えたので、お話しでもと思いましてね」
「俺は話すことはない」
キッパリと断ると、コウキはコーヒーを口に含み、口と目を閉じる。
次に耳が捉えたのは、コウキの隣の椅子が引かれる音だった。
「合席して良いとは言っていない」
「では、失礼します。まぁ、耳に入れておいていただきたい話がありましてね」
ヴァンの言葉に耳を立てたコウキは黙ったまま、次の言葉を待った。
「今、高警は外国人を狙って張り込んでいます。もちろん、ウカジ殺しの犯人の有力候補ですので。ただ、ここに来て高警は一部だけ対象から外した者達がいます」
「それが不死人達だと?」
「その通りです。おそらくヤツ等と何らかの交渉をしたのでしょう。…大体の察しは付いているでしょうが、ウカジ殺しの犯人を捕まえるためです」
静かに語るヴァンの言葉に耳だけ傾けて、何食わぬ顔をしたままコーヒーを口に含んだ。
口の中に溢れる苦味とは別に、苦々しい思いがこみ上げてくる。
「そうか。さっさと見つかると良いな」
「ええ、ヤツ等の中には鼻が良い者がいるかもしれません。そのような者に掛かれば、発見も遅くはないでしょう」
ここに来てコウキは冷たい目をヴァンに向ける。
ヴァンは変わらず薄い笑顔を浮かべたまま、コウキから目を離さなかった。
「下手なことに巻き込まれたくないなら、逃げる事をお勧めします」
「いらん心配だ。妖魔が襲ってくるなら始末するだけだ」
「そうですか……。何事もないと良いですね。それではまた」
薄い笑みを浮かべたまま、ヴァンは席を立つと店の外に向かう。
その動きを追うように1人の男が距離を置いて歩き出した。
高警の尾行に気付いているヴァンがあえてそのままにしている。
何かの理由があってのことだろうが、コウキにはそれ以上の憶測はできず、コーヒーを飲み干した。




