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急変する闇の世界

 帝都に張り巡らされたアスファルト敷きの道路を抜け、月明かりを消す森の中を一台の車が走る。


 トウマは指定した時刻に遅れてしまったことに焦りを感じていた。

 会合の場を、帝都から離れた場所にしてしまったことが、更に気を急かせる。


 森を抜けるなだらかな街道の脇にやや大きな道があり、車は脇道に逸れた。

 アスファルト敷きでないながらも、整備は行き届いており、車が軋み、中の人間を振り回すようなことはない。


 逸る気持ちを抑えるように、トウマは姿勢をただし、ただ道の先を見据える。

 周りの森が綺麗に屹立した竹林に変わると、道の脇に竹で作った柵が並び、行燈がいくつも灯りを放っていた。


 ヘッドライトが指す光と行燈の柔らかい灯り以外の光源を、後部座席から覗くことができた。

 見えてきたのは仰々しい洋風の迎賓館などではなく、自国の建築美で固められた木造の迎賓館である。

 車が駐車場に止まると、運転手がドアを開ける前にトウマは自分で開け、足早に迎賓館に向かった。


 玄関までは飛び石が敷かれ、温かな灯りに照らされた地面の苔が鮮やかな色を見せる。

 そのまま突き進むように引き戸を開け、ブーツを乱雑に脱ぐと女中が慌てて近づいて来た。


 トウマは女中を無視するように、会合の場に向かう。

 縁側から見える庭園を行燈が柔らかく照らし、一番の見どころに当たる場所の障子を開けた。


 そこにはヘイハチとミハエルが座卓を挟んで見合っている姿があった。


 「大変遅くなってしまい、申し訳ございません!」


 敬礼をし、厳しい声色で大声を上げた。

 ヘイハチは微かに笑顔を見せ、ミハエルは微笑みながら会釈をする。


 「トウマくん、まあ、座りたまえ。我々も先程、来たばかりでね」

 「ヘイハチ様は更に前にいらっしゃっていたではございませんか。真面目な方が多い国で感動いたします」


 ヘイハチの勧めに従い、トウマはヘイハチの横の座布団に座る。

 ミハエルは感慨深げにおだてるような言葉を並べた。


 「いえいえ、そんなことは。ああ、正座は足にお辛いでしょう。お崩しになってください」

 「郷に入れば郷に従え…、あなた方の国のお言葉です。見習うべき言葉ですので、このままでお話しさせてください」

 「いやぁ、素晴らしい方ですなぁ。こちらも見習わねばなりません。なぁ、トウマくん?」


 互いに褒め合いがなら談笑が続き、話を振られたトウマは口を開く。


 「はい。我々はまだまだ多くの国々の方から学ぶべきことがあります。我々もミハエル様にお褒めいただいた、自国の言葉を忘れぬよう心に刻みます」


 固い石のような物言いをトウマはし、ヘイハチとミハエルの笑みを誘った。

 そのミハエルの笑みが変わった。怪しげな笑みをたたえる。


 「…さて、役者は揃いました。早速ですが、先日の話の続きをさせていただきたいのですが……」


 怪しい笑みに冷たい眼光がヘイハチとトウマを襲う。

 ヘイハチには動揺は見られぬが、トウマの顔は強張った。

 蛇に睨まれたカエルのようになりそうな圧迫感に耐えかねて、トウマは口を開く。


 「そ、その前に別のお話しを致してもよろしいでしょうか?」


 出だしの言葉に詰まりながらも、トウマはハッキリとした声色でミハエルを見据え言った。


 「ええ、構いません。どのようなお話しでしょうか?」


 一瞬で得物を舐めるように見ていた顔から、綺麗な笑みに変わる。

 それにもトウマは心の中で、少しだけ動揺した。


 「…先日、我が国の政治家でウカジという者が殺されました」

 「ええ、存じ上げております。犯人は外国人では…、との見解がなされておりますね」

 「その通りです。ウカジは軍事行動推進派の中核を担う者でした。ですが、それを失い、政局は予断を許さない状況へと変わりつつあります」


 ミハエルは顔色を変えることなく答え、トウマは更に話を推し進めた。

 ヘイハチはミハエルの顔から目を離さず、耳だけをトウマに向けている。


 「ウカジを失い、嫌戦派が勢力を取り戻せばどうなるでしょうか。おそらくは大きな戦争に発展しても、大きく争うことなく和平交渉に臨むでしょう」


 笑顔でミハエルは大きく頷いた。どこまで先を読んでいるかは分からないが、トウマは慎重に言葉を選ぶ。


 「そうなれば、最悪2つの大国から奪った土地を返して、とりあえずの危機を脱します。更に交渉次第では協力して、あなた方と戦うことができる状況になるのです」

 「なるほど……。失礼、続きをお聞かせください」

 「…今回のウカジ殺害の件は多くの者が容疑者として上がっておりますが、もしも我が国を孤立させようとして何者かがウカジを殺したのならば……」


 トウマはミハエルを見据えながら、含みのある言葉を残した。

 何も言わぬヘイハチと、笑顔のままのミハエルからは何も読み取れない。


 「そうですか……。確かに政治的に上手くいけば、あなた方は孤立せずに済みますね。ウカジ殺害は、まるで何者かが私達の交渉の邪魔をする、もしくは私達の交渉を有利に進めるための自作自演…、とでも言いたいのでしょう?」


 語りながらミハエルの顔が、見る見るうちに冷たいものへと変貌を遂げる。

 先ほどの冷たい目どころではない力を感じ、肌が粟立ち始めた。

 ヘイハチもトウマも口を開けぬ中、ミハエルは少しだけ冷気を緩和させる。


 「あなた方が渡したくない。それも仕方がないことかもしれませんが…、私達の力を侮ってもらっては困ります」


 最後に輝きを放つような綺麗な笑みを浮かべた瞬間、ミハエルとヘイハチ達の間を4人の人間が障子を突き破って、壁にめり込まんばかりの勢いで叩きつけられた。

 崩れ落ちた者達は微動だにせず、体がねじのように何度も曲がっているもの、頭の真ん中を正確に突かれた者、体中が何かに喰いちぎられた者、首がない胴体だけになった者。

 全てがくすんだ緑色の軍服を着ている。そして、全てが人でありながら、一部が人ではなくなっていた。


 「いやいや、流石ですね。人を妖魔に変えるだけでなく、一部を妖魔に変えるようなことまで研究されているとは」


 ミハエルは素晴らしい演劇でも見たように、爽やかな笑みと拍手をしながら、息絶えた4人を見ている。

 この光景には流石のヘイハチも顔をしかめ、トウマは口を閉じれず、情けなく開けていた。


 「確かに完全に妖魔としてしまえば、扱いは難しくなるかもしれません。その点、一部だけの変化なら人として命令を聞き、行動するでしょう。いやぁ、本当に真面目で勤勉な方が多い国ですね」


 ミハエルは笑みをたたえたまま感慨深く言うと、急速に冷凍したように表情が変わった。


 「いざとなれば、私を捕まえて交渉の材料にでも……、と思ったのでしょうが……。残念、この程度では束になって掛かって来ても物ともしません」


 ヘイハチとトウマはミハエルの迫力に飲まれ、息がつまり、冷や汗が溢れ出ている。

 それを必死に堪えているのはヘイハチだけで、トウマには圧倒的な力の差と、考えを読まれていたことで思考が停滞しつつあった。


 「ここまで来たからには仕方がありませんな。…あなた方が求めていると思われるものを我々は保有しております」


 息すらまともにできない程の空間で、ヘイハチはミハエルの求めていた言葉を口にした。

 その言葉に反応し、ミハエルの顔が歪な笑みへと変わる。


 「これで、やっと交渉が始められますね」

 「ええ。…ですが、我々にとって現在の政局はあまり良くはありません。ウカジを欠いたことによって……」

 「なるほど……。ウカジの死を利用するか、第2のウカジを用意するか」

 「流石です。ウカジを殺した者があなた方の国でなく、別の国の者が交渉の邪魔をするためにしたのならば、その者の死を利用し、外国からの脅威を訴えることができるでしょう」


 強張ったままのトウマを他所に、ヘイハチとミハエルは話しを進めた。

 時間稼ぎか、本当に軍事行動推進派の勢いを盛り返すためか。

 ミハエルはそれを思案するように、あごに手を当てる。


 「ふむ……。いいでしょう。我々が探し当てましょう。それで2国間での交渉が更に円滑になるのなら、悪い話ではありません」

 「それでは、ミハエルさん。犯人を捕まえてから、次のお話しを致しましょう」

 「ええ。是非とも、友好的な交渉成立を迎えたいものです」


 ミハエルの輝くような笑顔を見せつけられても、トウマの止まりつつある思考は戻らなかった。

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