戻りつつある表の世界
コウキはハヅキと共に、コウキの住む家へと向かっていた。
キョウコはコウキと話した後、気を取り直して笑顔を見せたまま、家に帰って行った。
コウキはその背中を見て、安堵感に包まれた。
過去は消せないが、今を変えることができたと思っている。
コウキが過去に苦しめられながらも、サヤと共に戦うことを選んだように。
「お兄さん、何か良い顔になったんじゃないか?」
横目でハヅキがいやらしい笑顔を見せて、コウキをからかうような声色で言う。
「…何も変わらない」
「そうかい? ま、自分じゃ分かんねぇかもな」
言葉が詰まったコウキに対して、顔を覗き込むようにしてハヅキは言い、笑いを付け加えた。
からかわれたことに対して、無表情ながら憮然とした顔を浮かべる。
「そういやぁよ、あの姉さんと繋がりがあった情報屋なんだが……」
「見つけてくれ、始末する」
表情を笑みから冷たいものに一変させたハヅキは、含みを残す言葉を口にする。
その含みに対して、コウキはさも当然の如く、殺害することを言いのけた。
ハヅキは冷たい顔から呆れ顔に変わる。
「そう言うと思って、先に調べといたぜ。あとから連絡する」
「すまない」
「良いってことよ。まあ、事件に高警と警察が集まって、表の世界も裏の世界もごった返しているから、気ぃつけな」
軽やかな口調に戻したハヅキは体の向きを変え、手を挙げて別の道へ歩いて行った。
コウキはハヅキの背中から目を離すと、自宅へと向かう。
家の玄関の前に立つと数日間離れていただけで、懐かしさを感じていた。
鍵を開け戸を引くと、玄関に向けて軽い足音が向かってくる。
サヤが玄関先を覗き込むように顔を出した。
「コウキ、お帰り。大変だった?」
サヤの表情に少しだけ曇ったものが見えた。
断りは入れたが数日間、音沙汰もなしでは心配もするだろう。
コウキはサヤを見据えた。
「ああ、少しだけな」
一言だけ言うと家に上がり、自室で着替えながらサヤに声を掛ける。
「今から陽明社に行くぞ」
「うん。ねぇ、」
「源平食堂だろ。夕飯に行く」
「うん」
サヤは笑顔で喜びに溢れた声を発し、コウキは少しだけ温かい気持ちになった。
・ ・ ・
陽明社のドアを開け、コウキとサヤが中に入るとカズマが出迎えた。
「あっ! コウキさん、大丈夫なんですか? 変なことに巻き込まれたんですか?」
心配そうな顔をしながら問いかけて来たカズマに、コウキは少し目を大きくする。
「ああ、大丈夫だ。心配ない」
カズマに向けて、落ち着いた口調で返した。
カズマはカズマなりの心配をしたのだろうと考えてのものだ。
「あれでしょ? 痴情のもつれか、何かに巻き込まれたんでしょ?」
いつも通りの軽口でにやけながら聞いて来たカズマに対して、コウキは冷たい視線を送り、自分の机に向かう。
書類が山積みになっているのを見ると、モリタカが来たことがうかがえた。
「カズマ、モっさんはいつ頃に来たんだ?」
「えっと、昨日ですね。すごい勢いで来て、すごい勢いで去っていきましたよ」
最後に笑いをつけたカズマの言葉を聞き、軽く頷いた。
報告書に目を通すと、ウカジ殺しについてや、それに関連するようなことが書かれている。
コウキが殺したものとは知らずに、妖魔が関わっていると思ったのだろう。
そうは思いながらも、報告書に目を通していると、ドアが壊れそうな勢いで開けられた。
「おっ!? コウキ、今までどこで、何をしていやがった!?」
のっけからコウキにモリタカは詰め寄りながら、まくし立てるように言う。
コウキは表情を変えず、いつも通り椅子にゆったりと座ったままだ。
「俺にも事情がある」
「何の事情だよ? まぁいい。ここに来たのはウカジの件だ」
声を潜めて、更にコウキに顔を近づける。
「また高等のヤツ等が出張って来やがった。何でかは分からねぇが、今回は俺達をあごで使いやがり始めたが……。何か知っているか?」
「高警は別のヤツ等を張っているとは聞いたが?」
「なるほどな。そっちはそっちで重要だから、こっちは最少人数で俺達をこき使おうって腹か」
ハヅキからもたらされた情報を濁してモリタカに伝えると、納得したのか頭をかきながらしかめっ面をした。
主目的はやはり不死人達の動向調査で、ウカジ殺しは二の次なのだろう。
「モっさん、ウカジの件は片がつきそうか?」
「ん~…、難しいだろうな。情報が錯そうしているわ、容疑者になりそうなヤツはアホみたいにいるわ、現場の士気は上がらねぇわで、どうしようもないな」
コウキが何食わぬ顔で質問したことに対して、モリタカは嘆くように答えた。
内容から、コウキに繋がることは無さそうなことに安堵する。
あとはウカジの部下にキョウコの情報を流したヤツを始末したら、繋がる情報は何もなくなる。
用心深いキョウコのことだ。自分に繋がる情報を握るのは一部の者しかいないだろう。
今日の夜にどのように動くかを思案した。
「おい、またお前も張られるかもしれないから気を付けろよ」
「やましい事はない。調べるだけ無駄だ」
「嘘つけぇ。まぁ、お前が下手に尻尾を出すような間抜けじゃないことぐらいは分かるがな」
モリタカは周りを警戒するように言い、コウキの言葉に呆れ顔をした。
隠し事はあるにせよ、下手を打つようなコウキではないと分かっているからの呆れ顔である。
「モっさんも体を壊さない程度に頑張ってくれ」
「ありがとよ。悪いが、しばらく妖魔騒ぎには手がつけられんぞ」
「構わない。自分達で何とかする」
コウキの冷たい返し方に、モリタカは口をとがらせて陽明社を後にした。
・ ・ ・
コウキとサヤは源平食堂の戸を開け、ハルと父親の迎えの言葉を受けた。
相変わらずのサヤの注文ぷりを他所に、コウキはいつも通りの魚定食を頼む。
注文を取ると、ハルは居住区の2階に去って行った。
サヤは厨房を見つめ、料理が出てくるのを今か今かと待っている。
コウキは黙って目を閉じていると、人が近づく気配を感じ目を開けた。見るとコウキの近くにハルが立っていた。
「どうかしたか?」
「あ、いえ……。リボン、ありがとうございます。どうでしょうか? …似合ってますか?」
表情のない顔でハルに声を掛けると、照れながらリボンで結んだ長い三つ編みをコウキに見せた。
「ああ」
リボンとハルの顔を交互に見て、コウキは一言だけ答える。
その一言を受けてハルは顔を赤らめて少し目を伏せ、厨房に向かっていった。
少し経つと大量の料理がテーブルに並べられる。
サヤの目は輝き、コウキの目は相変わらずの光景に冷めていた。
「サヤちゃん、今日もいっぱい食べてね」
「はい。いただきます」
ハルから声を掛けられると、サヤは行儀よい返事をした。
「コウキさん、ご飯大盛りにしておきましたから」
「普通でいい」
「いっぱい食べないと大きくなれませんよ」
こぼれるような笑みを浮かべて、母のような慈愛に満ちた声でハルは言う。
コウキは目を逸らして黙って食し始めると、ハルは満足気に去った。
「何か変わった?」
サヤが首を傾げながら、不思議そうな顔を浮かべる。
「さあな」
コウキは大盛りのご飯を口の中に入れると、それ以上は何も言わなかった。




