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優しさに包まれて

 トウマは参謀本部にて、ウカジ殺害の報告を部下から受けた。


 すでに多くの新聞社はこのことを報道しており、トウマもすでに知っている。

 夜中に爆発があったとのことで警察が動き、同時刻にウカジの妻が夫が殺害されているのを見つけ、近くの警察を呼んだらしい。


 あまりに出来過ぎた話のように感じる。

 殺害だけならば高等警察ですぐに情報封鎖ができたかもしれないが、爆発騒ぎに合わせての殺害であり、警察が集まって事件が発覚しやすい状態となった。


 ウカジを失脚、もしくは亡き者にしようとする者達については、多くいることは確かだ。

 ただでさえ嫌戦派だったウカジが鞍替えをして、軍事行動推進派に移ったのを快く思わぬ政治家も多く、更に中核にまで上り詰めると、同党の政治家からも嫌われている。

 更にヤクザ者を自分の私兵のように集めようとするなど、殺される理由は枚挙にいとまがない。


 すでに高等警察が動いてはいるが、あまりの容疑者の多さに対応はできないだろう。

 普通警察を使うにしても、高等警察の横暴さには辟易しており、更に好かれる要素がないウカジについての捜査に、どこまで尽力するか甚だ疑問であった。


 新聞社で報道された内容からは、ウカジ邸の近くを金髪の男が歩いていた、もしくは走り去って行ったとの目撃証言が上がっている。

 ウカジ邸にいた数名のヤクザ者が何を知っているのかは、高等警察の取り調べを待つしかないが、金髪というのが気に掛かった。


 トウマの頭を過ぎるのはミハエルだ。

 ウカジが軍事行動推進派の中核だからか、こちらが力を与えたことを知っての忠告のようなものなのか。

 そのいずれでもなく、ミハエル達でもないかもしれない。ただ、トウマの中ではミハエルの顔が消えない。


 次の会合までには時間がまだあった。

 もし、ヤツ等が何かを考えて仕掛けて来たのであれば、それ相応の対応が必要となる。

 

 今後の国の行く末を決める大事な時期に、力を与えたウカジが死んだことで軍事行動派の勢いは減退するのは間違いない。

 最悪、嫌戦派の者達が活気づき、終いには手に入れた領土すら短絡的に自国を守るため返還しかねないのだ。


 トウマ達、軍人が命を懸けて国を守るために部下の屍を築き手にした、戦争という荒波から自国を守る防波堤。

 それを他国に返還するなど考えるだけで胸くそが悪くなり、ヘイハチのいる執務室へ足早に向かった。


    ・    ・   ・


 歓楽街の裏手に立ち並ぶ集合住宅の一室で、コウキはキョウコを後ろから抱きしめていた。


 ウカジ襲撃から3日が経った。

 その3日間、ほとんどの時間をコウキとキョウコは交わっていた。


 コウキの中では、これ以外の癒し方が分からず、2人が混ざり合うように体を擦り寄せた。

 まるで1つの生き物になるように、きつく抱き合い、お互いの温もりや匂い、そして存在を与え合い、受け入れる。

 そうして、1日の大半を過ごしてきた。


 今は少し落ち着いたのか、コウキは腕の中で静かに寝息を立てているキョウコの温もりだけを感じている。

 静かな時間が流れる中で、頭に浮かんだ光景に対する怒りが少し治まった気がした。

 コウキの中では目の前にいるキョウコは、あの時と違うキョウコではないかと考えている。


 たかだか体に優しく触れ合ったぐらいで何が変わるのかとコウキは考えながらも、そうとは思えなくなっていた。

 最初は傷ついた、汚された体を癒したいぐらいの気持ちでキョウコを優しく抱き合い、触れ合った。


 だが、何度も触れ合うことで、キョウコから受ける熱量が増した気がした。

 コウキはそれをキョウコの痛んだ心が癒え、更に心が強くなったものではないかと考えている。

 どのような心境の変化であれ、思いは届いた。コウキは自身に言い聞かせる。


 「コウキくん…、ありがとね。優しくしてくれて……」


 腕の中で眠っていたキョウコが目を覚まし、コウキに向けて柔らなか声色で言った。

 キョウコの言葉を聞き、抱きしめていた体を少しだけ密着させる。


 「優しくできてたか?」

 「うん、バッチリ」


 コウキの情けない言葉に対して、キョウコは小さく笑って優しく返した。

 ただ、コウキはこれ以上の言葉が出なかった。


 全てがキョウコを傷つけてしまうのではないか。そのことが頭の中を回り、口を閉ざしている。

 キョウコがコウキの腕の中で体をよじらせて、顔を突け合わせた。


 「何か言ってくれないの?」


 微笑みを浮かべたまま、また優しくコウキに声を掛けてきた。

 キョウコから少しだけ目を逸らして、また見つめる。


 「綺麗だ…、と思う」


 言って目を逸らしたコウキを見てか、キョウコが口を開けて笑い出した。

 息をするのも苦しそうに笑うのを見て、コウキは少しだけ冷たい目を送る。


 「は~~…、ごめんごめん。ありがと、嬉しいわ」


 表情筋がつりそうなぐらい笑った後に残ったのは、緩く流れるように滑らかな微笑みだった。

 キョウコの笑みがコウキの胸を打つ。無理に明るくしているのかは分からない。

 それでも優しく笑みを浮かべてくれたことが嬉しかった。


 ハルが笑顔を見せてくれたように、キョウコもコウキの何かで笑顔になった。

 そんな自分にできることを考え、力一杯に笑顔を作る。


 「えっ? なにその顔?」


 キョウコは怪訝な顔をして、不思議そうに質問をした。

 コウキは不服に感じて、元の無表情に戻す。


 「…笑顔だ」


 顔を横に背けて一言だけいうと、キョウコが吹き出し、また大声で笑い出した。

 また笑われたことにコウキは冷たい視線を横目で送るが、なかなか笑いは治まらない。


 「あ~~、もう、止めてよねぇ。このままじゃ、死んじゃいそう」


 まだ含み笑いを残しながら言う。キョウコは顔に笑みが定着しそうなくらいに笑っていた。


 「悪かったな」


 不機嫌そうにコウキは言うと、コウキの首にキョウコが手を回した。


 「悪くない……。嘘の笑顔より全然素敵よ……」


 優しい眼差しをキョウコはコウキに送る。

 気恥ずかしくなったコウキは目を逸らした。


 「そうか」


 口にした言葉は冷たい響きだが、キョウコにはそれも嬉しいようで小さく笑った。

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