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逆恨み

 コウキとサヤは夕食を源平食堂で取っていた。


 コウキの前に並んだ食事と、サヤの前に皿が重なりそうな量の食事が対照的過ぎる。

 通常から考えれば逆の光景であろうが、サヤの食べる量を見るだけでコウキの腹は満たされつつあった。


 静かに食事を進めていると、コウキの後ろのテーブルの椅子に腰かけた音が聞こえた。

 椅子は引かれたまま、テーブルに向かって前に行かず、コウキに密着するように動かない。


 「ハヅキさん、どうかしたのか?」


 コウキは後ろにいる人物に対して目もくれず、感じた雰囲気から問いかけた。


 「いやはや……。相変わらず、お兄さんはすごいねぇ。ちょいと小耳にはさんだことがあってな。お兄さんの耳に入ってるかの確認さ」


 ひょうひょうとした口調でハヅキは語ると、コウキは目だけを後ろに向けるように動かした。


 「どんな話だ?」

 「いやな、ウカジが自分に悪い情報を流したやつを探っているようだ。愛人を失ったことへの腹いせか、かなり躍起になっている。

 ヤクザ者を使っているようでな、そっちから流れた情報なんだが……。下手なヤクザ者に手を貸せば、骨の髄までしゃぶられることぐらい分からんもんかねぇ」


 ハヅキは神妙な口調に変わって、腹に深く圧し掛かるような声色で言った。

 もたらされた情報にコウキの顔色が少しだが、険しくなっていく。


 「問題は情報を流したヤツだけじゃない。それを依頼した者も狙われる」

 「そうだな…、親父から言われてな。お兄さんに助けを依頼したときに動いてもらった人が危ねぇんじゃないか、ってな。できる限り、力を貸すってさ」

 「どこまで掴んでいるんだ?」


 ウカジの動きを抑えるために動いてもらったキョウコのことを、コウキは真っ先に考えた。

 ライゾウもそれを早々に察したのか、ハヅキを寄こして協力するように言ってきたのだ。

 その中でも問題なのが、どこまで情報の流れ元の尻尾を掴まれているのかである。


 「細かい所までは分からんが、何人かの情報屋は捕まったようだ。下手したら、早々にゲロっちまってるかもしれねぇ……」


 頭の中で過ぎる嫌な想像が現実のものになる前に、コウキはすぐに席を立った。


 「サヤ、金はここに置いておく。食べたら帰れ。何日か帰れんかもしれん」


 取り出した金をテーブルに置きながら、矢継ぎ早にサヤに言うと、コウキは源平食堂を後にする。

 後ろから慌ててハヅキが駆けて来るのを感じながらも、足早に夜の帝都に向かった。


    ・    ・   ・


 コウキは帝都の闇の中を駆けずり回っていた。


 キョウコの家に向かったが留守だった。職場にもいないということは、何らかの行動を取っているということだ。

 通常の情報交換などなら良いが、情報屋が何人も捕まった状況では悪いことが起きている可能性が高い。


 キョウコが情報の交換場所にしている所はいくつか把握している。

 コウキはそれをしらみつぶしに探し続けていた。


 ビルの合間や商店の裏側、ビルの一室などいくつも回り続ける。

 駆け続けて次の場所に辿り着いたとき、道端に一台の車が止まっているのが見えた。


 繁華街でもなく、歓楽街近くでもない、事務所などが多くある一画に、夜遅くに車が停まっている。

 コウキは息を整えながら車に近づく。車の中には運転手が1人だけいるが、漂う空気はカタギのものではない。


 車から汚らわしい空気を発している男に近づき、作り物の笑顔を全開にして車の窓ガラスを軽く叩く。

 男はあからさまに不機嫌な顔をしながら窓ガラスを下げた。


 その瞬間、コウキの腕が蛇のようにしなり、男の首と喉仏を潰さんばかりにきつく強く握る。

 男が苦し紛れにコウキの手を引っ掻くが、それを不快に感じ、男の両目を空いている片手で貫いた。


 「ぎゅうぅぅぅぅぅぅ! うぅ! うぅぅうぅぅ!」


 声にならない悲鳴を上げた男の目から指を抜く。

 指に絡みついた汚らしい体液を払い落して、男の喉仏を潰し終えると情報交換場所の一室に向かう。


 コンクリート造りのビルの中を音も立てず、素早く動く。

 目的としていた3階に上がり、階段から隠れるように廊下を覗き込む。

 ドアのすりガラスから光が見えるのは一室だけであった。


 廊下に誰もいないことを確認し、すぐさま光を放つ部屋のドアの横に張り付く。

 耳を澄ませて、ここで間違いがないことを今一度確認する。


 「おら! 少しは声を上げろや! 喋らねぇんなら、声ぐらい出せや!」


 下卑た声と生々しく絡み粘っこい音によって、コウキの中で漆黒といっても過言でない程の黒い殺意が噴火した。

 ドアに手を掛けて捻ると軽く開いた隙間に指を掛けて、全力で開けた。


 中にいた男は3人。1人の男は腕組みして光景を眺めており、もう1人は下半身を露出させ下卑た笑みを見せている。

 最後の1人はキョウコに被さるようにし、荒い息を上げていた。


 腕組みをしていた男が真っ先に反応したが、顔を向けたと同時にクナイが首を裂き、天井に向けて血を吹き上げた。

 声を上げることなく男が崩れ落ちると、その姿が見えたのか下半身剥き出しの男が仰天した表情でコウキを見る。

 声を上げる前に男に肉薄し、股間の物を握ると、何の迷いもなく力一杯握りつぶす。


 「おおおおぉぉぉぉあぁぁあぁぁ! かっかっかっ、あっあっはっひっ……」


 男の一物に蓄えられた血液が飛び散り、情けなく萎んだものを押さえながら男は膝から地面に崩れ落ちる。

 床に流れるおびただしい血の量を見てか、キョウコに被さっていた男は、キョウコから離れ床に手を着いて後ずさりを始めた。

 前の男と同じように股間を露出しており、そこには粘ついた体液が付着している。


 「ま、待て、待ってくれ、俺達は頼まあぁぁぁぁぁ! ひぐぅぅ! ういぃぃぃ! う、う、ううぅぅ」


 男が弁明しようしたのを遮るように、コウキはクナイを投げて男の一物の一部を切断した。

 小便を出すよりも多く、血液を垂れ流し、前の男が股間から垂らした血液と合わさり、更に床を赤く染めていく。


 「ああああぁぁぁぁ! わ、悪かった! お、お願いだ! い、い、医者を呼ん、でぇへぇ」


 強烈な痛みに何とか堪えながら、震える声でコウキに懇願をした。

 その姿を見下ろしたコウキはただ暗い目をしたまま何も言わず、男の一物に向けてまたクナイを放った。


 「いいいいいぃぃぃぃ! はっはっはっ、ぐぎぃぃぃ!」


 痛みによる絶叫で肺の空気を出し切り、何とか吸い込んだ空気をまた絶叫で吐き出す。

 もだえ苦しむ姿を見て、コウキはまたクナイを振りかぶると、手を押さえられた。

 コウキは振り向くと、服を裂かれているキョウコがコウキの手を両手で掴んでいた。


 「何故、止める?」


 コウキはただただ深く暗い声でキョウコに問いかける。

 その問いに対して、キョウコは首を横に振り続けた。


 コウキは理解できず、首を振り続けるキョウコを一瞥して、うめいている男の首目掛けてクナイを放つ。

 男の首が傾き、床に倒れ込んだのを見届けると、キョウコに目を戻した。


 「すまなかった。お前を巻き込んでしまって……」


 うつむいたままのキョウコに掛ける言葉がこれしか思いつかなかった。

 体を震わせているキョウコに、コウキは着ていたコートを羽織らせる。

 それでも体の震えが止まらないキョウコに向けて、コウキができることを思案した。


 「すまない」


 キョウコを優しく抱きしめて、凍えた心を溶かすようにコウキは温もりを送った。

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