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微笑みに救われる

 コウキは口を静かに閉じて、冷めたコーヒーに目を落とした。


 全ての過去をコウキはハルに伝えた。

 穏やかだった世界が崩壊し、今の薄汚れた世界に生きるようになった経緯を、過去の思いと共に語ったのだ。


 思い出したくない思い出。だが、コウキにとって、それらがあってのコウキである。

 ただ、今はそうは思えず、顔だけでなく、口も心も苦い思いで満たされていた。


 話を黙って聞いていたハルからは何も返っては来ず、2人は押し黙り、沈黙を作り出している。

 店の中には談笑をする客や、注文を取る従業員の明るい声が満ちている中で、漂う雰囲気が暗いのはコウキ達だけだった。


 「…ありがとう…ございました。嫌な思いをさせてしまって、ごめんなさい……」


 暗く寂しい声でハルは謝意と謝罪を混ぜて返した。

 そう返してしまう程、ハルにとっては凄惨な過去と思えたのだろう。


 「いや、俺が話しただけだ。お前は悪くない」


 コウキは顔を気持ち上げて、ハルの目を見ながら気遣う言葉を口にした。

 過去を語った自分が気を落としている。ハルにまでそれを伝えたくないと思っての言葉だった。


 「でも、…その、私が聞かなきゃ……」

 「俺の中でも整理ができた。今なら何となく分かることがあった」


 ハルが言いよどんでいるのを、コウキは優しく返した。

 口にした言葉に嘘はなかった。師匠の笑顔の真意は分からないが、笑顔になった理由は分かる。


 森から逃げた後、師匠の死を遊郭にいるアサヒに伝えに行ったところ、妖魔と戦う数日前に死んでいたことを知った。


 もう、この世に未練がなくなったのだろう。妹のアサヒが死に、生きる希望が見出せなかった。

 最後にその希望を見出したのかもしれない。コウキかサヤか。どちらかは分からなくても笑顔になれるものが見つかった。

 コウキはどちらにしても、サヤと2人でいるのならば、師匠の願いは叶ったと思い始めている。


 コウキは大きく変わったようには思えないが、サヤは多くを学び成長し、感情豊かになった。

 暗い自分とは違って、笑顔を見せるようになっている。

 その笑顔は殺伐とした世界の中で、コウキを穏やかな気持ちにさせるものなのか。

 それは分からないが、自分が欲していたものであることを知った。


 心の中を整理してコウキは深呼吸をすると、口を開いた。


 「ハル…、もう一度、笑ってくれないか?」


 コウキは低く冷たい声ではなく、柔らかな声色でハルに言う。

 その声にハルは少し目を大きくしたが、すぐに落ち着きを取り戻し、慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。


 「…ありがとう」


 コウキはうつむきながら、心からの言葉を素直に口にした。


    ・    ・   ・


 コウキは喫茶店を出て、ハルと別れて街中を歩いていた。


 帝都には多くの店が立ち並び、それらの一部に目を奪われると多くのものを見過ごしてしまう。

 初めて帝都に来る者は、一部のものに目を奪われて、他の所に目を向けることが少ない。


 1日で見て回れる場所が限られているため、帝都には働く者達だけでなく、多くの観光客で満たされている。

 1度ではなく、2度、3度と帝都に来る度に新しい発見があり、更なる期待に応えるように帝都も新しくなっていく。


 帝都中が観光客が上げる弾んだ声で満たされている中、それに負けまいと大声を張り上げている者がいた。

 そこには扇状に人が密集しており、その根元からは頭一つ抜けて、顔色を険しくし、力強い言葉と身振り手振りで何かを伝えている。


 声の発信源に向かって進むと、声高に叫ぶ言葉の内容が理解できるようになり、それを行っている者が分かった。

 軍事行動を推進する意義を唱える男、ウカジであった。


 髪を綺麗に七三に分けて、メガネをかけた端正な顔立ちと、聞き取りやすく熱のこもった声を群衆に向けて振りまいている。

 いつぞやにコウキが聞いた、ウカジの軍事行動の正当さを教えてくれるという街頭演説に耳を傾けた。


 「今! 我が国は未曽有の危機の中にあります! 1度ではなく、2度も! 列強国を相手取り勝利しながらも、まだ他の国々は我が国を狙っております!

 海に囲まれた我が国では! 大陸に打って出なければ、国中が標的となってしまいます! 大陸に確固たる地盤を築き、列強国と同様に植民地を増やし、我が国を守る! 他の国をあてにするなど……」


 熱を帯びた言葉で確固たる意志を、この場の者達に感染させるような力を感じさせる。

 ウカジの演説の力はコウキが聞いた通り、軍事行動の必要性を訴え、更に正当であるように聞こえた。


 だが、当たり前のことを言っている気がする。これだけで軍事行動推進派が力を持つようには思えない。

 コウキの中で思い当たることは1つしかなかった。


 人を思いのままに操ることができた座長の力と同じように、この男から漂う力もまた人を取り込むような力を持っていると思われた。

 コウキは静かにウカジの言葉ではなく、言葉の力に耳を傾けていると近づく気配を感じた。


 「思った通り、この男も妖魔の力を与えられているようですね」


 後ろから聞き覚えのある声を聞き、コウキは警戒しながらゆっくりと顔を向ける。

 グレーのスーツに身を包み、ハットを目深に被っているが放つ空気から分かった。


 「法王の犬が何をしている?」


 コウキの言葉を聞いて、ヴァンはハットを人差し指で少し上げて笑顔を見せる。

 その後、またハットを深く被り、顔を隠すようにあごを引いた。


 「僕は猟犬ですからね。怪しい者達を探るのが、僕の最初の仕事なんで」

 「そうか。ウカジはお前の得物になりそうだな」


 ウカジの演説を聞いている風に見えるが、演説など耳に入らず、2人で会話を続ける。


 「ええ。ただ、ヤツ等と接触できる程の者とは思えないですがね」

 「ウカジはただの末端だと?」

 「ですね。こんなに目に付く形で前に出てくる。何かがあれば、簡単に挿げ替えらえるでしょうね」


 コウキが低い声で質問をし、その質問が正しくて嬉しいのか、ヴァンは口角を上げながら言った。


 「なるほど。なら、こいつを元手に、上を探っていくしかないな」

 「そうしたいところなんですがねぇ……。僕だと目立って仕方がない」


 ヴァンは肩をすくめて、冗談めかした感じで言う。

 コウキは納得せざるを得ない。外国の者が周囲をうろつけば、嫌でも目に入る。

 帝都の中心のように人種のるつぼのような場所なら別だが、少し離れれば外国人は注目の的になってしまう。


 「そうか。頑張って探し出すといい」

 「ええ、そう致します。お互いに頑張りましょう」


 またハットを指で上げて笑みを見せたヴァンを放って、コウキはその場を去った。


    ・    ・   ・


 コウキは手に小さな袋を持って、陽明社のドアを開けた。


 「あ、コウキさん、おっ帰りなさ~い」

 「お帰り。遅かったね」


 軽快な口調でカズマは出迎え、サヤは少し気になる風な感じを含んだ言葉を発した。


 「知り合いに2人も会ってな。何かと話し込んでいた」

 「そうなんだぁ」


 コウキの言葉から何を感じ取ったのか、サヤは少しだけ棘のある返しをした。

 話し込んだと言ったことから、おそらく喫茶店に入ったものだと考えて、羨ましい気持ちがあるようだ。


 「お前が思うような物は食べてない。…ほら、土産だ」


 サヤが気にしているであろうことにコウキは淡々と答えると、テーブルの上に紙袋を置く。

 紙袋をサヤは漁ると、また小さな紙袋があり、丁寧に袋を開けると、ショートケーキが2つ入っていた。


 「コウキ! 食べていいの!?」


 驚きと喜びが混ざり合った声でサヤは問いかける。

 コウキはサヤの目を見ることなく、頷いた。


 「サヤ、1つはカズマの分だ。2つとも食べるなよ」

 「えっ? コウキさん、俺の分も買って来てくれたんですか? いやぁ、明日は雨かもしれませんねぇ」

 「バカなことを言ってると、サヤが2つとも食ってしまうぞ」


 軽口を叩くカズマに対して、さっさと食べろと言わんばかりの言葉を口にした。

 カズマは慌ててテーブルに向かい、ソファに座ってケーキを食べ始める。


 サヤとカズマは笑みを浮かべながら、ケーキの甘さに酔いしれていた。

 そんな2人を一瞥したコウキは椅子に座り、妖魔に関する報告書を手に取って目を通す。


 軽く報告書を読むと目を離して、サヤの顔を見る。

 輝く様な笑顔を見せ、体を震わせている姿に、コウキは心の何かが落ち着くのを感じ、ほんの少しだけだが目尻が下がった。

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