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離さない

 師匠が居室にこもっているのを、コウキはふすま越しに感じていた。


 数日前からこうだった。居室から出てくるのは必要最低限の行動のみで、それ以外は部屋にこもっている。

 隣部屋にいるコウキにも何も聞こえず、同じ部屋にいるサヤも何も語らない。


 師匠が相手をしない時には、外に出て投擲武器の訓練に勤しむ。

 剣術や体術は師匠が身を持って教えてくれるが、投擲武器などは使わないので、狩人としての大きな力の1つになると考え鍛錬を続けていた。


 コウキは多くの武器を扱い、どんな妖魔にも引けを取らない力を欲している。

 それには剣術の鍛錬だけではなく、豊富な知識と技量を身に付ける必要があった。


 だが、剣術が一番必要であるとも考えている。

 それなのに師匠は居室からほとんど出ず、コウキを誘って打ち合いにも行かなかった。


 うわの空でいながら、コウキはクナイを素早く的に投げる。

 その全てが的の真ん中を突き抜くような力で、大きな音を立て突き刺さった。


 コウキはそれを見ても何も思わず、ただクナイを抜きに立ち上がり、一本一本深々と刺さったクナイを握り締め、力を込めて抜いた。

 回収したクナイをまた地面に並べて投げ続ける。的に突き立つ小気味良い音を立てつづけ、師匠のことを少し気にした。


    ・    ・   ・


 夜を迎えて、居間ではコウキが作った料理が食卓に並べられていた。


 師匠は酒を飲みながらチビチビと箸を進める。

 サヤは少しずつ口に運びながら食す。

 コウキは黙って、よく咀嚼をしながら食べる。


 三者三様の食事が進む中、玄関の戸が荒々しく叩かれた。

 ただ事ならぬ雰囲気を感じ取ってコウキは動こうかとしたが、師匠が先に立ち上がりゆるりと玄関に向かっていく。


 話している内容が耳に届くと、妖魔が現れて人が何人も連れ去られた、というものだった。

 妖魔の数は3体。師匠に助けて欲しいとの依頼をしている。


 色々と話しをしているが、おそらく狩りに行くと判断して居室に戻り、武器を仕込んだ袴や羽織を着る。

 居間に戻ると師匠も戻ってきており、コウキの姿を黙って見つめた。

 コウキは自分の身なりを改めて見るが、普段の狩りの時と変わらない装備をしている。


 「行かないんですか?」


 動きがなかった師匠に向けて、当然ともいえる質問をした。

 少し困惑しているコウキに向けた師匠の目は変わらず、静かに見つめている。


 「いや…、行くぞ」


 コウキから目を逸らさず、師匠は落ち着き払った声で言う。

 見つめる目の色が澄みきっているようにコウキには見えた。


    ・    ・   ・


 妖魔は森の中に逃げ込んだという情報から、森の中を進んでいた。


 師匠は着流しのまま、散歩でもするかのように森の中を進む。

 サヤがその後ろに付き、コウキは背後を警戒しながら殿を務めていた。


 しばらくすると、前を行く2人の動きが不意に止まる。

 コウキも前から伝わる気を感じ、周りから流れてくる気にも注意を払った。


 「3体どころじゃないな……。おい、出せ」


 師匠が低い声でサヤに対して命令をすると、暗闇の中に光る刀が姿を現した。


 「稲光伝身……『迅雷』」


 五光稲光の力の一部を自身に回して、師匠は森の暗闇に消えるような速さで動いた。

 森の中を吹き抜ける一陣の風のように、地を駆け、飛び上がり、木に足を掛け、木から木へと縦横無尽に駆け回っている。


 コウキはそれを感じ取りながら、一抹の不安を覚えた。

 師匠が斬り殺している妖魔の数は多いが、力は強いものではない。

 だが、人を襲って、さらうとなると、力があるものでないと難しいはずだ。


 まるでコウキの考えが杞憂に終わるかのように、師匠は森の奥から姿を現し、刀に付いた血を振り払った。

 結構な時間を戦ったせいか、サヤの息が完全に上がり、体を大きく震わせている。


 早くサヤに刀を戻さねば。そう言おうとコウキが師匠に顔を向けると、師匠は森の奥を眺めていた。

 いや、奥ではなく、上方であり、その目が下がるのに合わせて、大きなサルの妖魔が姿を現した。


 他にも人並みの大きさの妖魔が3体、木の枝にぶら下がっているのが分かった。

 数的に不利な状況に加えて、サヤの状態が危険な域に達そうとしている。


 「一旦、逃げましょう!」


 声を張り上げたコウキの願いとは裏腹に、師匠は大ザルの元へ駆け出した。

 師匠は大ザルを素早く狩れると判断しての動きなのか。

 コウキには判断できず、せめて他の3体はと、クナイを投げて注意を引きつける。


 あえて当たらないようにして、師匠と大ザルの戦いに加われないように、絶妙な位置を狙う。

 邪魔なヤツと思わせて、近づいて来たところを屠る。コウキの判断は素早かった。


 だが、師匠の判断はどうだったのか。大ザルとの戦いは有利ではあるが、致命的な傷は与えていない。

 力を使い過ぎたのも問題だった。五光稲光に宿った電光も頼りないものに変わりつつある。

 力が弱まっていれば、刀の威力がどうしても落ちてしまう。


 コウキは素早い判断と動きで妖魔に向けてクナイを投げる。

 3体の妖魔が邪魔者とみなしたコウキに飛び掛かり大振りの拳を振るうが、最小限の動きでかわしていく。

 更に避けながらも、コウキはクナイで斬り付けていた。


 妖魔に手傷を負わせながらあしらいつつ、何度も師匠に目をやる。

 動きに陰りがある訳ではないが、繊細さに欠けている気がした。


 刀を横から大きく振るい、上から力強く叩きつけるように斬り下ろす。

 普段の師匠の剣技からは想像できない、技量を投げ捨てたような刀の振るい方をしている。


 師匠のことに気を取られていると、すぐ近くにいるサヤの様子が更に変化していた。

 呼吸が上手くできないのか喘鳴音を聞こえ、心臓の位置を手で強く押さえつけている。


 「サ、サヤがこのままじゃ! 早く!」


 コウキが師匠に向けて叫んだ言葉の意味は、早く逃げようというものだった。

 だが、師匠は大きく刀を振るい、大ザルが飛び退いたのを確認すると、振り返りコウキを見つめる。


 その顔は師匠の妹であるアサヒに見せたときと、同じ微笑みを浮かべていた。

 コウキの中で処理できないことを師匠がした後、五光稲光をコウキに向けて放った。


 コウキは師匠と刀を交互に見る。困惑したままでいると、師匠の口が動いたのが見えた。

 口は動いたが何を言ったのか、言葉まで聞き取れなかった。もう一度、声を掛けるために口を開く。


 声を掛けようとした師匠の頭が、妖魔からの大振りの拳によって破裂し、暗い森に朱色を加えた。


 「あ…、あ…、あ……。ああぁぁぁぁぁ!」


 崩れ落ちる師匠の姿を見て、コウキは絶叫した。

 かつての悲しみと絶望、憎しみが入り混じり、怒りが湧いてくる。

 コウキの目に殺意の火が灯った。目の前の妖魔を殺すために磨いてきた力を、今ここで発揮する。


 そう思い、力強く一歩踏み出したところで、目に入った物に気が削がれた。

 そこにあったのは、輝きを失いつつある五光稲光。


 サヤに目をやる。苦しみが極度に達しそうだ。

 妖魔に目をやる。コウキ達を舐めまわすように汚らしい目で見ている。


 コウキの怒りの矛先。殺すために鍛えた、全てをぶつける相手が目の前にいる。

 師匠を殺されたことで、更にその思いが強く、熱くなった。

 それを目の前にしてコウキは刀を手に取り、サヤに突き刺した。

 

 サヤはおぼれた人が水を飲み込んでしまった時のように、何度も大きな咳をし、酸素を体に取り入れるため、深い呼吸をした。


 「サヤ…、行くぞ!」


 まだ呼吸が整わないサヤの手をコウキは強く握り、引っ張るように駆け出した。


 後ろから迫る妖魔の気を感じ取り、研ぎ澄まされたコウキの投擲術が確実に妖魔の動きを鈍らせていく。

 森の切れ目が見えると、妖魔の気を感じなくなる。


 それでもコウキはサヤを引っ張り走り続けて行く。手にある温もりを離しはしなかった。

 過去のことを思い返した訳ではない。ただ、コウキの中で残り続けた無念が、サヤの手を離さず足を進めさせた。


 森を抜け、しばらく走ったところで、安全を確かめながら息を落ち着ける。

 肩で息をしながら、何もできなかった頃の自分をコウキは思い出した。


 森の中に置いてきてしまったもの。

 結局、成長していないのではないか。助けることができるような力なんて、自分には手に入れることができないのではないか。

 顔を歪めて、自分の掌を見るために手を挙げようとした。


 だが、見ることができたのは自分の右手だけだった。

 左手は動かず、サヤの手を強く握り締めている。


 物言わぬサヤを掴んでいる手をコウキは見つめ、次いで涙が溢れて来た。

 手を離して死なせてしまった妹に対する念が、サヤの手を強く握り死なせない力を手に入れていたのだ。

 コウキは涙ながらに、サヤから伝わる温もりを感じ続けた。


 「助けてくれて、ありがとう」


 静かな声でサヤはコウキに向けてお礼を言った。

 滲んだ目でサヤを見ると、その目は微かに澄んだ目に見える。


 「気にするな……」


 涙声を隠しながら、無理やり低い声色で答える。


 「これからどうするの?」


 サヤは抑揚もなければ、感情もない口調で聞いた。


 「…俺は戦う」

 「私はどうしたらいい?」

 「好きにしろ」


 失った者同士が今後について語る。暗く、物悲しい雰囲気が2人を包む。


 「コウキについて行く」


 コウキに言われた通り、サヤは好きに考え、すぐに答えを出した。


 「何故だ?」

 「優しいから」

 「そうか……」


 新たな世界に2人で進むためのように、2人の手は強く繋がれていた。

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