恐怖と微笑み
街灯が淡い光を放つ中、2つの影が帝都を舞っていた。
1つは街灯とは比較にならない光を瞬かせながら、鋭角に飛び交っている。
対して、もう1つは軽やかに空中で反転しては向きを変え、縦横無尽に舞っている。
コウキは稲光伝身・『翔雷』を使い、鋭角な軌道を描きながら、飛び交う妖魔をひたすらに追う。
そんなコウキの動きをあざ笑うかのように、妖魔は空中で回転しながら滑空を楽しんでいる。
妖魔は全身黒く、コウモリ顔で大きな爪を持っており、体はムササビのようで、空を自由に飛べる訳ではなかった。
だが、厄介なことにビルに爪を立て新たに飛び上がったり、地面を素早く走るなど、ただ空を舞うだけではない。
コウキは雷のように地面に下り立つと、空中を舞う妖魔から降り注ぐ何かを察知し、横に飛び退いた。
コウキを狙い妖魔の股から伸びた突起物から、大量の白濁色で粘着質な液体が連射されたのだ。
「くさっ」
思わず顔をしかめたコウキの言う通り、液体からは異臭が漂う。
五光稲光を取り出す前から、この戦いを続けており、『翔雷』でも捕らえられない状態だった。
一度、コウキは体に回した電光を五光稲光に戻し、空を悠然と浮かぶ妖魔に目をやる。
妖魔もすばしっこく逃げ続けるコウキに焦れているようだ。
だが、下手な戦いをせず、粘液を使ってじわじわと追い詰めるようにしている。
コウキは刀を左手に持ちかえ、腰を落とした。
妖魔も空中を旋回し、コウキと向き合う形を取る。
妖魔にとっては単純ながら効果的な空中からの一方的な射撃と思っているのか、高度を下げながら加速してくる。
急接近する妖魔に対して、コウキは懐に手を潜ませ、指の間に1本ずつクナイを握った。
「稲光伝身・『飛雷』(ひらい)」
妖魔がコウキの直線上に粘液をばら撒きながら猛進してくるのに対して、コウキの五光稲光は電光を失い、弱々しいものに変わる。
だが、電光が消えた瞬間、コウキはクナイを3本宙に投げると、3本の間に電光のひもが結ばれたようにクナイが飛ぶ。
「あぁ! ぎゃぎゃぎゃぎゃ!」
妖魔は電光のひもに気付き、急ぎ逃げようとしたが勢いが止まらず、1本のひもに触れると体を痙攣させ、開いた被膜をだらしなく下ろして、勢いのまま地面へと顔から着地した。
少し間を置いて、体の痺れから目が覚めたように妖魔は慌てて態勢を整えようと胴体を上げる。
「稲光伝身・『迅雷』」
コウキの呟きに反応できたかは分からないが、妖魔は体を上げた動作と同じく首を上げようとしたところ、首は体を上げようとした方向の逆に跳ね上がる。
妖魔は体だけを上げた後、地面に転がる頭と同じように地面に崩れ落ちた。
離れた場所に立つコウキは刀を振って、こびり付いた血を払う。
散って行く妖魔を確認し、コウキは素早くサヤの元へ行き、刀を逆手に持つ。
「サヤ、納刀」
「うっ!うぅ……」
刀をうなじに刺しこまれたサヤが小さな悲鳴を上げ、呼吸が落ち着いたのを確認すると、妖魔が死んだ後に残る魔精骨を拾いに向かった。
・ ・ ・
「うっわぁ~、最悪な妖魔ですねぇ」
カズマが思いっ切り引いた顔をして、コウキが報告した妖魔について言った。
「異臭がするって話だったが、それが原因だったのか。とんでもねぇ妖魔だな」
モリタカも顔をしかめて、頭をかいた。
陽明社の中にいる男達にとっては、なかなかに恐ろしい妖魔であったようだ。
戦った当の本人のコウキも少し顔が強張っている。
「あれはくらいたくないな……」
「いやぁ、流石のコウキさんも絶体絶命かもしれませんね。最悪な気分付きで」
想像するだけで嫌になりそうなことをコウキは言うと、それに被せてカズマは軽口を叩く。
普段のコウキであればカズマの顔を冷たく見るところだが、今回は頷いた。
「コウキ、助かった。礼を言わせてもらう」
モリタカらしくない、素直な固い口調で素早く謝意を伝えた。
余程、相手にしたくなかったのかもしれない。
コウキはモリタカのお礼にも頷く。
ここの男性陣を恐怖に陥れる程、妖魔の違った意味での力強さがうかがえた。
「そんなに大変だったの?」
何も知らないであろうサヤは、3人のいつもと違う空気に反応して質問をする。
「いやぁ、妖魔ってのはだなぁ、基本的に大変なもんなんだよ。なぁ、カズマ?」
「うぇっ!? えぇ~…、そうそう。今回はコウキさんも手こずったみたいだから……。ですよねぇ、コウキさん?」
純粋な目で質問をされ、モリタカは言葉を濁してカズマに振り、カズマも同じくコウキに振った。
あまりの連携の良さにコウキは目を大きくしたが、すぐにいつもの表情に戻す。
「ああ。空も飛んで、動きも早かった。かなり手ごわい相手だった」
「そうなんだ」
「二度と相手にはしたくないな……」
・ ・ ・
モリタカは謝礼金を渡して帰り、カズマは嫌々ながらイラストを描いていた。
コウキはいくつか貯まってきた魔精骨を見て、掴み取りポケットに放った。
「ゲンさんの所に行くの?」
何かを期待しているような声色をして、サヤはコウキに目を向けた。
そのことから大体のことをコウキはすぐに悟り、返す。
「ああ、すぐに帰ってくるつもりだ」
サヤの気持ちをあっさりと両断したコウキは、膨れっ面のサヤを置いて陽明社のあるビルから街中へ向かった。
コウキは人が作り出す流れに乗るように緩やかに街中を歩いていると、後ろから早足で駆けて来る音がした。
音だけ聞き、怪しい気配ではないことが分かると、そのまま無視するように歩く。
足音がコウキを目指すように近づくのを察知して振り向くと、少し息を切らせているハルがいた。
「どうかしたのか?」
コウキは問い掛けながら、ハルを素早く見て、何かおかしな所がないか確認する。
特に目立ったものは見えなかったので、すぐに目を顔に向けた。
「いえ、コウキさんが見えたので」
息を整えながらハルはコウキを見て、笑みを浮かべた。
言葉の意図が読み取れず、コウキの頭の中では疑問符が浮いた。
「俺が見えたら、どうなるんだ?」
「えっ!? いえ、その、どこに行くのかなぁって……」
「薬屋だ」
歯切れの悪い言葉を口にしたハルに瞬時に答える。
あまりの速さに呆気に取られた顔をハルはし、ついで顔を明るくした。
「私もお薬屋さんに行くところだったんです」
「そうか。…どこか悪いのか?」
ハルの言葉を受け、コウキはハルの顔をまじまじと見る。
顔色は悪くないが、少し赤くなっているのをコウキは見て取った。
「熱があるのか?」
「えっ? はい、あ、違います。父が腰が痛いらしくて」
ハルは慌てて首を振りコウキの質問に答えると、深呼吸をした。
「では、私はこれで失礼しますね」
落ち着きを取り戻した顔をし、この場から去ろうとした。
ハルが去ろうとするのを横目に見て、コウキは口を開く。
「腕の良い薬師がいる。付き合いもあるから、安く買えるだろう」
「え? その…、連れて行ってもらえるんですか?」
「ハ…、お前の顔では通じん。俺も用があるからついでだ」
ぶっきらぼうに返すと、ハルの反応を待つ前に歩き出す。
コウキの横に並ぶように歩き出したハルの顔は微笑んでいた。




