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不死人

 トラジの倉庫でヴァンとの会話を済ませたコウキとサヤは商館街を歩いていた。


 コウキからヴァンに伝えた話は、人を操る力を持った座長と、それに関わっている政治家のウカジ。

 女性誘拐と妊娠後の売買。そして、謎の赤い液体を座長に提供した者達。


 知り得た情報の全てをヴァンに告げると、感慨深げに何度も頷いていた。

 この国で伝手がない状態では、コウキからもたらされた情報は大きなものだろう。


 代わりに聞き出せたのは、不死人の特徴と渡航者数だ。

 不死人の力は基本的なものと、固有的なものがある。


 基本的なものは通常の妖魔と同様で、夜では人の膂力(りょりょく)を軽く超え、驚異的な再生力で不死身に近い。

 固有的なものは、正直、把握できていないという。ただ、作り出される力は強力なものばかりだと言った。


 ヴァンの言葉にコウキは先日、戦った相手とのことをふと思いだし、ヴァンに質問をした。

 戦った状況から、間違いなく不死人であると言い、今回渡航してきた者達かもしれないとも付け加えた。


 渡航者数は多くなく、交渉か、保管場所を特定しての奪取が目的であろうと言った。

 目立たない人数でなければ、相手に身構えられるだろうと考えているだろうとのことだった。


 ヴァンの話から知らず知らずの内に、コウキは深い闇の中に入り込んでいたのだ。

 だが、危険な臭いを察知して身を引いたことが功を奏した。


 コウキの頭の中で自分が関わった事件が、そのまま自分を見逃してくれるのか。

 尽きない悩みを抱えながら、商館街をサヤと歩く。

 その中で1件の商館に目が止まった。


 「サヤ、行きたかったんだろ?」


 急な問いかけに驚いたのか、サヤは目を見開きながら首を回してコウキを見る。


 「良いの?」

 「ああ。構わない」


 少し曇った表情でサヤはコウキに確認する。

 コウキの悩み事に対して、サヤは気を使うような感じをしているが、当の本人はいつもと変わらぬ声色で答えた。


 「…一緒に行く?」

 「ああ…、そうだな」


 切り出しにくそうに、サヤはちらちらとコウキに目をやりながら聞いた。

 聞かれたコウキは重くなった頭を少しでも切り替えれればと、サヤと共に店の中に入った。


    ・    ・   ・


 トウマはヘイハチと顔を険しくさせ、執務室の空気を重苦しいものに変えていた。


 執務室のある場所は参謀本部であり、ヘイハチはそこの参謀総長だ。

 アーチ状の窓ガラスが2つあり、雲一つない青空からの陽ざしと、のどかな庭園が覗ける中、部屋の空気は曇っている。

 トウマはヘイハチに呼ばれ、ここに来た。その理由は言うまでもなく、ミハエルからの提案についての話だ。


 「閣下、現状では今以上の成果は期待できません。ですが、一部を渡したからと言って……」


 研究所で確認したことを報告し、ミハエルの提案についての考えを述べようとしたが、次の言葉が出て来なかった。

 トウマの中では、自国にとって有力なものを一部だとしても渡すことにかなりの抵抗を覚えている。


 言葉が尻すぼんだ中、ヘイハチは静かに目を閉じ、大きく呼吸をしていた。

 ヘイハチらしく状況を冷静に分析し、頭の中にある情報と総合している様子がうかがえる。


 「トウマくん…、諜報部からの話では、確かに大きな戦争の機運が高まりつつあるようだ。が、必ずしも我が国が巻き込まれるかと言えば、そうとも言えん」


 静かな声色ながら、力を感じる言葉にトウマは大きく頷かされた。


 「では、知らぬ存ぜぬで貫き通しますか?」


 ヘイハチの言葉を聞き、トウマはそうではないかと思い、そのままの思いを述べた。

 だが、ヘイハチは首を横に振り、目を開き、トウマを見据えた。


 「下手に交渉を打ち切れば、最悪、ヤツの言う通りになるかもしれん。だが、おいそれと渡すこともできん。我々が取るべきは、ヤツ等の情報がこちらの研究に役に立つのか……。そうでなければ渡し損だ。

 我々が保有していることは可能な限り伏せながらも、できるだけ情報を引き出す。有効であることが分かれば、一部を渡すこともやぶさかではない」


 力強いヘイハチの眼差しにトウマは身震いし、強張った顔のまま何度も頷いた。

 ミハエル達の研究が役に立たなければ、同盟の強化はなっても、自国の軍事力強化にはならない。


 同盟もあくまでも条約や約束事であって、簡単に反故(ほご)にされる事などざらにある。

 結果的に、ミハエル達の研究が役に立つか、立たないか。それが今回の交渉の争点となる。


 「承知いたしました。次回の交渉が決まりましたら、慎重に事を運びます」

 「うむ、そうしてくれたまえ。…厄介な世の中だ。何もせねば奪われ、勝てば狙われる……。本当の勝利は…、平和とはいつ来るのだろうか……」


 遠い目をしながら語るヘイハチにトウマは掛ける言葉が見つからず、ソファから立ち上がり敬礼をした。


    ・    ・   ・


 コウキはサヤと共に陽明社を出て、家路についていた。


 晴れぬ心を引きずったまま、気付けば帝都の外れまで来ていた。

 踏みしめる大地もアスファルトから土に変わっており、柔らかな感触を足の裏に伝えてくる。


 空を見上げれば、薄い雲が風に吹かれて流れていく晴天である。

 そんな空を見ても、コウキの心には何も響かず、前を向いて歩みを進めようとした。


 「よっ、お兄さん。相変わらず無愛想なこって」


 いつの間にか横に来ていたハヅキが、軽快な口調でコウキに声を掛ける。

 考え事をしていたせいか、ハヅキの存在に気付かなかったコウキは心の中で少しだけ驚いた。


 「ハヅキさん、どうかしたのか?」

 「朗報を持ってきたのさ。…高警の動きが変わった。どうやら別の何かに目を付けたようだな」


 小声でハヅキは大きな話を伝えてきた。

 ヤクザ者のハヅキ達にとってもそうだが、コウキ達にとっても厄介な存在が去ってくれたのだ。


 「何があった?」


 当然の質問をコウキは固い口調でする。

 それが面白かったのか、ハヅキは小憎らしい顔で笑みを浮かべた。


 「動きから察するに外国のヤツ等に目を付けているようだ。だが、それ以上は分からん」


 笑みを残したまま語ると、ハヅキは肩をすくめた。


 「とりあえずは一難去ったって訳だ。しばらく俺達に関わることはないだろう。んで、親父から伝言だ。コウちゃん、ありがとな、ってさ。じゃあな」


 ライゾウの伝言のところだけ声真似をしたハヅキは、最後に笑みを浮かべて去って行った。


 座長の事件に関与したヤツより、優先事項となった者がいる。それも外国人である。

 コウキの中では、ヴァンと不死人達しか頭を過ぎらない。


 朗報ではあったが、同時に悲報とも取れる内容であった。

 結局、深い闇があることを思い知らされたコウキは、無理やり気を取り直して前へ進む。


 進む先に源平食堂が見えた。サヤの視線が釘付けになっているのが分かる。


 「行くか?」

 「いいの?」


 コウキの問いにいつもならば、喜びが溢れるであろう声で聞き返すサヤだが、今回は静かに聞き返した。

 サヤの言葉にコウキは頷くと、2人で並んで源平食堂に向かった。


 「いらっしゃいませ。あ、コウキさん、サヤちゃん、こんばんは」


 食堂の戸を引くと、ハルが元気な声で2人を出迎えた。

 サヤはしっかりとした挨拶をし、コウキはぶっきらぼうな挨拶をした。


 食堂の匂いに刺激されたのか、サヤは早々に席につき、お品書きを食い入るように見る。

 その光景をハルは笑みを浮かべて見ている横で、コウキは鞄を漁った。


 「土産だ。いつも世話になっているからな……。いらなければ、捨ててくれ」


 コウキがハルに突き出したのは、桃色のリボンだった。

 呆気に取られているハルを見て、コウキは目を逸らしながら更に少しだけ手を突き出した。


 「ありがとうございます。大切にします」


 こぼれるような笑みを浮かべたハルの声は、表情に劣らず喜びに満ち溢れた響きであった。

 リボンを押し付けるように渡し、コウキはハルに返事もせず無表情のまま席につく。


 「優しいね」

 「さっさと頼め」

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