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猟犬

 ヴァンは自分の素性を一言で伝えると、また笑みを浮かべてコウキ達を見た。


 法王の猟犬。コウキはその意味を理解し、自然と顔に力が入り、目も鋭いものとなった。

 対してサヤは言葉の意味が分からず、目を丸くして首を傾げている。


 「何故、犬がここに?」


 端的な言葉の中に相手を斬りつけるような力を潜ませて、コウキは真意を探るための言葉を口にした。

 ヴァンは笑みを消して、真剣な眼差しをコウキに送った。


 「あなた方をどうこうするためではありません。ただ、僕が派遣されてきた。それだけでどのような事態か分かるのでは?」


 少し人を食ったような言葉をヴァンは口にし、右側の口角を上げた。

 コウキは別段不快には思わず、冷静にこの事態を分析をする。


 「法王……。数多の宗教や人種を超えて、多くの者達から愛され、世界に光をもたらす者……」


 ヴァンが誰の犬であるかを再確認するように、コウキは呟くとすぐにヴァンに鋭い目を向けた。


 「この国に大きな闇が潜んでいる。と言うことか?」


 コウキは疑問を投げかけるような言い方をしたが、ほぼ確信しているような響きであった。

 それが分かったのかヴァンはまた口角を上げて、コウキを見る目を細める。


 「ご推察通りで。元々、この国には色々な噂が流れていましたが……。大物が動きだし、確信に変わりつつあります」

 「大物? 妖魔の大物だと?」


 静かに語るヴァンの言葉に、少しだけ困惑した声色で疑問を投げかけた。

 コウキの疑問を聞き、ヴァンはソファの背もたれに深く体をあずけると、目を閉じて、口を開く。


 「この世界には、単独ではなく、複数で動く妖魔はいくらでもいる。だが、ヤツ等は違う。国の中枢に入り込み、妖魔が国を操っている……」


 まるで独白をするように、ヴァンは言葉を並べる。


 「普通であれば、そのようなことはできない。何故なら妖魔は同種族が大量に生まれることは少ない。が、たまたま、ある妖魔だけが、同種族を増やすことができた」


 誰もがヴァンの言葉を遮らず、次の言葉を固唾を飲んで待つ。

 それを知ってか知らずか、ヴァンは少しだけ、じらすように間を置いた。


 「…ヤツ等は不死人と呼ばれる妖魔。人の形を保ちながら、妖魔の力を使いこなし、生半可な攻撃ではすぐに再生される」


 妖魔のことを知っているトラジはヴァンの言葉に閉口し、コウキは眉間に険しいしわを寄せる。

 サヤですら顔を強張らせて、耳を立てている。


 「そんなヤツ等の栄華にも陰りが見え始めた。ヤツ等の始祖であり、王と呼ばれる者が死を迎えつつある。強大な力を誇り、国の中枢まで上り詰めた者が死ぬ。ヤツ等にとっては一大事だ」


 不死の王が死ぬ。名前と矛盾しているようだが、誰も言葉を発さず、静かに聞き入る。


 「そんなとき、ある国で戦争が起きた。先進国と後進国との戦い……。先進国は世界で有数の武力を誇り、まず後進国の勝ちはあり得なかった。だが、勝った。

 多くの人的被害を出しての勝利とはいえ、難攻不落と言われる要塞を攻略し、有利な停戦協定を引き出した……」


 この国の者であれば誰もが知っているであろうことを、ヴァンは確認するように語る。

 だが、その確認の言葉にも誰も口をはさむことなく、話は続く。


 「更に世界中に激震が走った。今度も同じく先進国に戦争を仕掛け、それにも勝利した。列強国とうたわれた国が2つも後進国との戦で敗れる……。

 誰もが信じられない中、まことしやかな話が流れてきた。人ではない者達が闇夜の中、跳梁跋扈ちょうりょうばっこしていた…と」


 更に言葉を続けたヴァンに対して、強い視線が集中した。

 トラジはもとより、サヤも、コウキでさえ、軽く目を開かされている。


 「おいおい……。じゃあ、何か? 戦争に勝ったのは妖魔のお陰ってのか? それと不死人ってヤツ等と何の関係があるんだよ?」


 困惑を隠せないトラジは、おそらく全員が思っているであろう全ての疑問をヴァンに投げかけた。

 トラジの言葉を受け止めたのか分からないが、ヴァンはまだ目を閉じたまま口を開く。


 「妖魔は基本的には単独、もしくは群れで動く。だが、戦況を変える程の力を持つ数の妖魔が集まることはない。不死人がはびこる国以外は……」

 「それは前に聞いた。で? 不死人がこの国に加担したとでも? お陰で戦争に勝ったのか?」

 「いや……、不死人達は無関係だ。むしろ、この事態に喜んだ。この国が妖魔を人工的に作り出す力を持っている可能性を知ったから」


 ヴァンを除いて全員が息を飲む。妖魔が人工的に作られるなど、聞いたこともないからだ。

 自然発生的なものとしか認識していなかった者達を、凍りつかせる言葉である。


 「…不死人の目的は何だ?」


 凍りついた口を無理やり開くように、コウキは何とか言葉を出した。

 今、ヴァン以外の者達が知りたいことである。

 ここに来てヴァンは目を開き、姿勢をただして、真剣な眼差しでコウキを見据えた。


 「この世に妖魔がはびこる原因となったものを手にすること。不死人が、本当の死を乗り越えるために国を挙げて得ようとしている」


 ヴァンが発する言葉によって、見る見るうちに部屋の温度が下がるように、言い知れぬ恐怖が肌を包み、体を凍てつかせる。

 全ての言葉が真実であるのならば、不死人達の栄華を永遠のものとするために、この国に何かを仕掛けようとしている。

 この国が何かを使って作り出した人造妖魔のせいで、不死人と言う凶悪な妖魔を呼び寄せる結果となったのだ。


 コウキの中で整理ができないことだらけの言葉が並ぶ中、一番知らなければならないことを確認する。


 「妖魔をはびこらせる原因となったものとは?」

 「…それは言えない。我々も何世紀以上に渡って、探し続けてきたものだ」

 「ならば、ここで話すことは何もないな」

 「話してもらわなければ困る。そのために僕が来たのだから」


 コウキとヴァンが、無表情と引き締まった顔で言葉を交えた。

 どちらとも一歩も引きそうにない取り組みとなって、2人の前の空間が見えない力でねじれるような気さえ感じさせる。


 「法王の権威がこの国では十分に通用しない。だから、僕個人で動く必要がある」

 「それはお前の都合だ。俺には関係ない」


 話しが平行線のまま続く。トラジもサヤも2人の顔を交互に見るだけだ。


 「そうですか…、分かりました。トラジさん、脅しのようなことはしたくありませんでしたが……。あなたの貿易業にかなりの制限を掛けるよう、働きかけます」


 突如、話の矛先がトラジへと向かい、その言葉によって顔色が豹変した。

 法王の力が裏で動けば、真っ当な商売ができなくなる。そう脅しを掛けて来たのだ。


 「…脅しのようじゃなくて、脅しじゃねぇかよ……」

 「僕もあまり乗り気ではありません。ですが……」


 苦々しい顔をしてうつむいたトラジをヴァンは横目で見ると、すぐにコウキに目を戻した。

 向けられたコウキの顔は無表情ではあるが、内心、腹が煮えている。


 「どうですか? あなたの知っていることを話していただくだけで良い。それでこの話はなかったことにします」

 「…信用できるのか?」

 「信用してもらえるよう、書面にしたためましょう。トラジさんの仕事は安定し、不死人達の狙いを僕が勝手に戦って潰す。双方の利害は一致しているとは思いますがね?」


 優位な立場が変わらない中、コウキは口の中が苦くなりそうな気持ちで、折れるような言葉を口にした。

 ヴァンはあくまでも顔色を変えず、淡々と返し、自身の動きの正当性を説いた。

 今の立場を理解し、ため息を吐くとコウキは目を伏せた。


 「…分かった。知っている情報を全て教えてやる」

 「ありがとうございます。こちらから話せることについては、お話ししましょう。早速ですが、今、この国の裏で起きていることを知り得る限り教えてください」


 交渉が成立したようにヴァンは笑みを浮かべているが、他の者達の表情は良いものではなかった。

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