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あなたのために

 コウキは目を薄っすらと開け、天井を冷めた目で見ていた。


 夢を見ていた。過ぎ去った日の記憶が、嫌な部分を強調して、記憶から忘れないように縛り付けてくる。

 度々、こうして夢で見ては胸を痛くしていた。コウキは夢で見た自分の不甲斐なさを思いだし、顔を歪める。


 住宅街が眠りから覚めて、俄かに騒がしくなってくる。

 コウキは布団の中で寝転がりながら、耳に入ってくる音に集中して、嫌な思考から切り替えようとした。


 耳に伝わる音の中に、隣の部屋からの物音が混じる。

 ついでふすまを開ける音がすると、コウキの部屋の前で足音が止まった。


 「コウキ、起きてる?」


 コウキの耳に届くときには、ささやき程度になっている声でサヤは問いかける。

 寝ぼけているような怠さの残った声でなく、透き通った声だった。


 「起きている」


 抑揚のない声で、無愛想な返事をサヤにする。


 「入っていい?」


 コウキの返事から少し間を置いて、サヤは静かに尋ねる。

 その言葉を受けて、コウキは掛け布団を剥いで、敷き布団から体を起こした。


 「ああ」


 ただ一言、返事をすると、静かにふすまが横に引かれる。

 敷居をまたぎ、コウキの布団の近くまで進むと、畳の上に正座をした。

 サヤは浴衣をただして、居住まいも正しい。寝起きに話しに来た感じではなかった。


 コウキはサヤの目を見たまま何も言わず、サヤも同じく見つめている。

 澄んだ朝の空気と陽が照らす部屋の中で、2人はただお互いの目を見合っていた。


 「夢、見てたの?」


 見据えた目をそのままに、サヤはコウキに静かに言葉を投げかけた。

 何の夢かサヤは分かっているようで、その言葉に曇りはない。

 コウキは夢にうなされたのをサヤに聞かれて、ここに来たことを悟った。


 部屋の中に広がる柔らかい空気と同じように、サヤの雰囲気も柔らかく落ち着いている。

 周りとは裏腹に、コウキの胸の中では、ささくれ立った記憶が刺激され、この空間にいることが辛くなっていた。

 無理やり夢によって傷つけられたコウキは、知らず知らずに手を握り締める。


 「…ああ」


 サヤの目から少し逸らして、言葉が詰まりそうになったのを何とか口から出した。

 口にしたことで変えようがない夢がコウキの中で、また新しい辛い思い出の1つとして追加されようとする。


 「私を使って。いらなくなるまで、使って」


 一点の曇りもなく、透き通った目と声で、サヤはコウキに向けて思いを告げた。

 コウキは逸らした目を戻せず、顔が歪んでいくのを必死で抑えている。


 「コウキが手を引いてくれたから、私はいるの。だから、いらなくなるまで手を離さないで」


 清流のように滑らかで、優しく包み込むような響きを含んだ言葉をサヤは発した。

 サヤの言葉がささくれた記憶をそっと包みこむ。その優しさにコウキの顔が崩れそうになる。


 手を引いて助けることができなかった者を思い出す。

 助けられなかった無念を晴らすため、手を引いて助けた者を使っている。


 正しいとも思えないことをコウキはしているが、それを分かってサヤは言ったのだろう。

 ざわついた心を落ち着け、サヤの目をコウキは見つめる。

 今の自分に言えることを心のまま口にするために開く。


 「分かった。最後まで頼む」


 思いのままの言葉がサヤに届くと、微笑みを見せて頷いた。

 サヤはそれで満足したのか、部屋を出て障子を静かに閉めた。


    ・    ・   ・


 コウキとサヤは2人並んで、港近くの商館街を歩いていた。


 帝都も酷いが、それ以上に人種の違いを感じさせられる。

 綺麗な洋物の服に身を包み、日差し除けの傘をさしている淑女。

 アイロンを欠かしてないであろう、しわ1つないシャツにシルクハットを被った鼻も高く、彫が深い紳士。


 着こなし方、所作から自国の文化の馴染み具合を感じさせる。

 それを真似ているこの国の者達は、それすらも模倣できていない。


 郷に入れば郷に従えとは言うが、こうして恥ずかしかろうが何だろうが、相手に合わせなければいけなかった過去があった。

 今となっては従う必要も少なくなったが、今度はその真似をした自分達が外国を屈服でもさせたいかのように、更に文化を吸収している。


 屈辱を味わったお返しが、他国の重んじてきた文化を利用して、強くなった自分を見せつける。

 なんとも格好の良くはない方法だが、各国が同じような格好をして競い合っている中、同じ土俵にあがって勝ちたいのだろう。


 そんな異国からもたらされる物と文化の玄関口を通り、目的地の倉庫に足を進めていた。


 サヤは伸ばした髪を流して、リボンで結んでいる。

 そのリボンと同じように色々と並ぶ異国の物に、目を輝かせていた。


 「コウキ、お店の中に行っていい?」


 窓ガラスの先に見える、鮮やかな色彩の物で埋め尽くされている店に、サヤは目を輝かせている。

 コウキは少しだけ肩を落とした。付いてくると言ったので連れてきたが、こうなることはすでに分かっていたからだ。


 「あとでな。まずはトラさんの所だ」


 冷たくあしらわれたサヤはしょげて歩き出す。

 軽くため息を吐くと、コウキはサヤを追い越すように足を進めた。


 倉庫街に着くと、輝く海の上で貨物船が波に揺られ、海鳥が鳴く穏やかな光景と、船から一刻も早く積荷を下ろし、または乗せるために船員と作業員の怒号とも取れる声が響く。


 大声が飛び交う中、1つの倉庫のドアを開けると少し離れた場所でトラジが従業員と話し込んでいるのが見えた。

 トラジはコウキ達に軽く目をやると、従業員に素早く指示を出して、追い払うように仕事に向かわせ、コウキ達に向かって歩き出す。


 「悪いな、急に呼び出しちまって」


 少し申し訳なさそうな笑顔でトラジは言うと、コウキは軽く首を横に振る。


 「いや、構わない。ちょうど、銃弾の調達もしたかった」

 「そいつはありがたい。まぁ、そこの話は後からにしてもらえないか? 先ずはこっちに来てくれ」


 話しも早々にトラジは歩き出すと、それにつられるようにコウキ達も後を追う。

 進んだ先には倉庫の中に取って付けた、角ばった小屋のようなものがあった。

 小屋のようなものには洋式の模様をしたドアがあり、トラジはドアを開け中に入って行く。

 

 開いたドアから覗く光景には、革張りのソファーが二脚とその間を挟むように、角ばって重みを感じるテーブルが置かれている。

 壁には世界地図や、異国の物なのか、見たことのない色彩の絵がいくつか飾られている。

 応接間として使っているのか、室内から漂う空気は清潔さを伝えるものだった。


 中に入るとソファーに腰かけている男が見える。

 白いシャツにダークグレーのベストとスラックスを履いており、首から下げている大きめで華美な十字架が胸の上で輝いていた。

 髪は栗色の癖っ毛をだらしなく肩まで伸ばしている。その男がコウキの視線に気づいたのか、首を回して顔を見せた。


 「お? あなたが腕の良い狩人ですか? あ、これは失礼を。僕はヴァンと申します」


 男は彫が深く、濃い顔ではあるが、透き通った茶色の瞳と同様に、爽やかな笑顔と声をしていた。

 立ち上がって深々と頭を下げて自己紹介をしたヴァンに対して、コウキ達もそれにならう。


 「コウキだ」

 「サヤです」


 非常に手短に挨拶を済ませると、トラジがソファーを指さしているのを見て、コウキ達は腰かけた。

 トラジとヴァンが並び、その前にコウキとサヤが向き合っている。


 「色々と聞きたいことはあるのですが……。まずは一言、こちらから失礼します」


 ヴァンは人差し指を立てて、笑顔から真剣な眼差しに変え、口を開く。


 「僕は法王の猟犬です」

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