歩み寄る者
闇が覆う時間に帝都では昼間とは違って暗い世界だからこそ、彩りを持った光を放っている場所があった。
外国の高名な建築家の図面を基に作られた外国の模倣である迎賓館では、楽団の軽やかで優雅な調べがパーティーを楽しむ人達と、静寂の夜に向けて奏でられている。
パーティーに参加しているのは、この国の者達とある一国の者達だ。同じような島国であるため、交友を深めると同時に腹の探り合いをしている。
参加者は政治家や貴族等の権力者、軍の上層部と、国を総べる一翼を担った者達ばかりだ。
表向きは他愛のない話や、お互いに褒め合うような話をしているが、言葉の端々に相手の真意を探ろうとしているものがある。
笑顔を浮かべながら腹を割らずに、情報を入手しようとする。
自国のことを考えれば当然のことではあるが、輝かしい世界で笑顔を見せながら、裏に黒い物を抱えている者達がうごめいていることから、電気の作り出す光では人の心を綺麗にすることはできないようだ。
ダンスフロアでは、紳士と淑女が優雅な舞を見せている。
そんな人達に目をやりながらも、ある男は目を鋭くし、長い金髪をなで上げた色白で白のタキシードを着た男に目を向ける。
その視線を感じ取ったのか、白づくめの男はメインフロアから姿を消すと、それを追いかけるように歩み出した。
白づくめの男が進んだ先には休憩兼談話室がある。そこに向かったと男は判断したのか、わき目も振らずに進み、ドアをノックする。
「誰かね?」
中からしゃがれた歳を感じさせる声が問いかけた。
ただ、その声の質には剛健さも感じさせる。
「閣下、トウマです。入室してもよろしいでしょうか?」
「ああ、入りたまえ。君待ちだったのだよ」
トウマと呼ばれた男はドアを開けると、部屋の中には切れ長の目に端正な顔立ちをしている細身の白いタキシードの男と、頭が禿げ上がり、白で染まった髭を蓄えたやや歳を取っている男がいた。
2人と比べてトウマは固い顔つきの丸刈りで、タキシードでは隠せない頑強な体からは、人を威圧しそうな覇気を常に発している。
白づくめの男と閣下と呼ばれた男は、のんびりとお茶を楽しみながらくつろいでいるような雰囲気で、2人共穏やかな顔つきをしていた。
そんな中に場違いと言えるトウマが部屋の中に入って来たせいで、空気が殺伐としたものに変わったことは傍から見ても明らかだ。
「トウマくん、こちらはミハエルさんだ。特使として我が国に来て下さったのだ」
閣下と呼ばれた男は白づくめの男に手を向けて、優しい口調で簡単に紹介をする。
紹介を受けたためかミハエルは、腰かけた椅子から立ち上がった。
「ヘイハチ様からご紹介にあずかりました、ミハエルと申します。以後、お見知りおきを」
ミハエルは輝く長めの金髪を綺麗に後ろにかき上げた髪が、顔に垂れ掛かるくらいに深々と頭を下げた。
「私はトウマと申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします。大変遠い所、お越しいただき真にありがとうございます」
固い物言いでトウマはミハエルに引き締めた顔で返事をすると、ミハエルは垂れた髪を整えながら微笑むと口を開く。
「いえいえ。私共からお話しをさせていただきたい事ですので。こちらから出向くのが礼儀というものです」
「いやぁ、流石は紳士のお国ですな。礼節を重んじていらっしゃる。ああ、どうぞ、お掛けください。トウマくんも」
「礼節に置いては、あなた方のお国には劣ります。それでは失礼いたします」
お互いにおべっかを使っているようにトウマには聞こえたのか、少しだけ頬が引くついた。
ヘイハチの進め通り、ミハエルとトウマは椅子に腰かける。
「ヘイハチ様、本来であればもっと色々とお話しをして、お互いの親睦を深めたいところなのですが……」
話しを切り出したミハエルは深刻な面持ちで、静かにヘイハチに向けて言った。
次の言葉を待つヘイハチはひげを手でいじりながら、言葉を控えている。
「あなた方が手にしている物の一部を、私達にお譲りいただけないでしょうか? もちろん、タダでとは申しません。私達の今までの研究情報の提供と、同盟強化の条約の締結をお約束いたします」
2国間での同盟という大きな話を引き出す程の何かを、ミハエルは欲する言葉を口にした。
言葉を受けたヘイハチの顔色は変わらず、ひげをいじる手も変わらない。
「しらを切るかは、そちらにお任せいたします。ですが、まずはこちらの所見を述べさせていただきます」
何かの判断はどうするかをミハエルは前置きして、深刻な表情から凍りつく様な表情に変えて、ヘイハチに冷気を吹きかけるように口を開く。
「あなた方の国は、世界の中で有数の軍事力を保有する列強国を2国も打ち破っております。通常では考えられない戦力差を覆して……。何故勝てたのか……。それはあなた方があるものを投入したからです」
部屋の空気が凍り付きそうな冷めた声で、ミハエルは語った。
ヘイハチもトウマも顔色を変えず、ただ黙ってミハエルの顔を見つめている。
動きがないことを感じとったのか、ミハエルはまた口を開く。
「それは人為的に作れるものではありません。一部は人と組むこともありますが、基本は人に仇なす者達です。それらをあなた方は秘密裏に製造して、最前線に投入した……」
ミハエルは両手の肘を膝に乗せて、手を鼻の下で組むと、歯を見せる程の笑みを浮かべた。
その笑みが一層、この部屋の温度を下げる。
「負傷兵の話から聞き出すことができました。人とは思えない者達が暴れ回っていたと……。ですが、先程も申し上げました通り、人と組む者達もおります。
ただ、列強国を降す程の数を集めることはできません。国力を振り絞っての戦いとはいえ、多勢に無勢を覆すのは並大抵のことではありません。
そうなると、それなりの数の者達を投入して、攻略の足掛かりにした……。そうでなければ、説明がつきません」
ミハエルは一通り話しをすると、背筋を正して、ヘイハチを見つめ口を閉じた。
凍りついた部屋に沈黙が流れる。その沈黙を破るために動いたのは、トウマであった。
「人でないもの達は我々も知ってはおりますし、それと戦う者達も多くいます。ですが、そのような悪しきものを作るなど、聞いたことも見たこともありません。先の大戦については、我が国が死力を尽くして戦った結果です」
最初に発した声と同じ固い声色で、トウマはミハエルの見解を真っ向から否定した。
その言葉を聞いてミハエルは低く笑い、怪しい目と笑みを浮かべてトウマを見る。
「なるほど、それは失礼な話をいたしました。…現在、この世界を巻き込む大戦の機運が立ち始めました。世界はいくつもの勢力に分かれて、戦争をすることになるでしょう。
そんな中、あなた方の国は死力を尽くして戦った列強国を、また相手にしかねません。しかも、2国同時となればどうなるでしょうか? まず勝ち目はないでしょう」
「我々をバカにしているのですか!? 最後の1人になってでも敵国に屈するつもりはありません!」
この世界全体に戦乱が起きる事態であることを、ミハエルは笑みを浮かべたまま言うと、更には挑発するようなことまで口にした。
トウマは当たり前のように憤慨するような声で、ミハエルに噛みつく。
同じく挑発されたヘイハチはトウマとは違って落ち着いて、ただミハエルを見ている。
「素晴らしい気概をお持ちですね。ですが、誰もがそうでしょうか? 大切なものを手土産に敵国に降る者達が出てくる可能性は?
敵は外だけではありません。中にも潜んでいることを、お忘れなきよう……」
ミハエルの見透かしたような目をトウマは受けると、ぐうの音も出なくなったのか顔をしかめるだけだった。
トウマに興味をなくしたのか、ミハエルはヘイハチに顔を柔らかなものにして向けた。
「あなた方の国は、外国との関係は良いとは言い難いです。ですが、我が国との同盟が密になれば、他の同盟国も巻き込んで大きな抑止力を持ちます。
攻めようにも、複数の国を同時に相手をするとなれば、全力で攻勢に出る事は難しいでしょう。仮に攻めてきても、同盟国との連携をとれば勝てない戦ではありません。
敵国を降せば分割になるでしょうが、新たな領土を手にすることもできます。…お互いにとって悪い話ではないと思いますが?」
当たり前のことをミハエルは淡々と語った。1国で戦えないなら、複数国で戦う。戦力差が縮まれば縮まる程、戦火にさらされる可能性は下がる。
ヘイハチは顔色を変えず、ミハエルの言葉を受け取った。ミハエルの言葉に納得しているのかどうかは分からない。
「…急な話ですし、この場で決めていただくのはよろしくないでしょうね。他の方々とよく話し合ってお決めください。あまり時間はありませんが…、それでは失礼いたします」
言いたい事だけを言い終えた感じでミハエルは立ち上がり、深々と頭を下げると部屋から退出した。
残された2人の軍人は口を開かず、ただ残された冷気の中で固まっている。
その姿をシュライクは離れた場所から眺めて、闇夜の中に溶け込んだ。