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闇待ち人

 昼の喧噪が鳴りを潜めて、帝都はしばしの休息時間が取れる夜を迎えていた。


 昼はデパートや喫茶店、レストラン、洋服屋など、人々が多いに集まり熱気を放つ場所も、静まり返って誰もいない。

 同じように異常な熱気に包まれていた、大衆演劇小屋も例外ではなく、夜のしじまの中にある。


 ただ、静まり返っているだけで、誰もいない訳ではなかった。

 演劇小屋の屋根の下で、洋物の服を着た男が1人で立ち尽くしている。

 その立ち尽くすだけの姿が、1枚の絵になりそうな程に綺麗で堂々としていた。


 誰かと時刻を決めて待ち合わせでもしているかのように、不審な動きはどこにもない。

 ただ時が経ち、待ち人が自分の元に来るという確信を持つように、背筋を正して立っている。


 男は首を動かすと、視線の先には街灯に照らされながら、おぼつかない足取りで演劇小屋に向かってくる影があった。

 それを見ても男は特に何もすることなく、視線を送り続ける。近づいて来る女性を見続けているだけだ。


 女性が男のすぐ近くまで寄ると、やっと男は気怠そうに動き、女性に近づいた。

 ふらついている女性を胸で抱き留めると、耳元に口を当て、呟くように微かに口が動いた。

 男は女性から顔を離すと、歪な笑顔を見せ、周りに目をやる。


 男の行動に合せるように、1台の黒塗りの車が静かな帝都にうるさい音を響かせ、男女の元に近づく。

 2人の存在が分かったのか速度を緩めると、車の中から安物の擦れた着物を着た2人の男が現れた。


 洋物の服に身を包んだ男とは対照的に、かもし出す雰囲気は荒く汚い。

 存在自体が相容れない者同士が話し合っている中、街灯が照らす光の下を黒い影のようなものが高速で縫うように駆け抜けた。


 影は車に接近するとバンバーを飛び越えながら、窓ガラスに向けて2本の鈍く光る何かを投げる。

 運転席にいた男は、急に目の前のガラスにヒビが入ったことに驚き、次に猛烈な痛みが体を襲った。


 ガラスの割れる音が響く瞬間、着物の2人の後ろに影が下り立つ。

 立ち上がる動きの中で、1人の男の首に蛇のように腕を素早く絡め、アスファルトの地面へ目掛けて首投げを決める。

 地面に叩きつけられた男は背中に走る痛みを訴える前に、急速に迫る靴の裏側を見て目を大きくした時には、男の動きは停止した。


 流れるような動きは止まらず、もう1人の男に姿勢を少し低くして踏み出し、下から上に突き出すように掌底を相手のあごに打ち付ける。

 掌底の力であごが急速に上を向き、脳が揺さぶられる中、顔面をわし掴みにし、よろけて崩れた足を払うと、アスファルトの上に体重を乗せて頭を押し付けた。


 「ひぃっ!」


 暴力の激流が人を襲い終わった時、洋物の服を着た男がやっと事態を把握したように、言葉にならない悲鳴を上げた。

 体が恐怖に縛りつけられ、強張った顔をしている男は演劇小屋の座長だった。


 「いやはや……。もう、お兄さんだけで片付いちまってるじゃねぇか」


 街灯の影からいくつもの人が、座長を取り囲むように集まってくる。

 その中で1人のグレーのスーツを着た、たれ目ですかした顔の男が、影のように黒い服で身を固めているコウキに向かって声を掛けた。


 「こいつは俺の仲間に手を出したからな」

 「なぁるほどぉ。そりゃ、これぐらいやっても気は済まないか」


 コウキは暗く抑揚のない声で言うと、グレーのスーツの男は肩をすくめながら返した。

 地面で完全にのびている2人と、車の中の運転手に目を向けている。


 「おおい、とりあえずこいつ等も連れて行け。どこの者か吐かせろ。でだ……、こいつが主犯なんだろう?」

 「だろうな。何故、こんなことができるのかは、後で吐かせればいい。そこもハヅキさんに任せる」


 ハヅキと呼ばれたグレーのスーツの男は、目を閉じて笑顔を浮かべながら、また肩をすくめた。

 その姿をコウキは確認すると、座長に目を戻す。


 「お前は妖魔か?」

 「お、俺か? 違う、違うんだ。これには訳があって」

 「そんなことは知らん。…ハヅキさん、こいつを締める時は呼んでくれ。あと用心のために目を潰すか、何かで見えないようにしてくれ」

 「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は頼まれただけなんだ。それ以上、」


 命乞いとも取れる抗弁を続ける座長の言葉が止まった。

 それはコウキの持つリボルバーの銃身が、男の口の中に突っ込まれたからだ。


 「いやはや……。お兄さんは本当に手が早いねぇ。さて、座長さん、ゆっくりできる場所で話そうじゃないか」

 「だ、だひゃら、ひょれひゃ、ひゃのみゃれひゃ、」


 ハヅキが憎らしい笑みを浮かべたのにうろたえたのか、座長は銃身を咥えたまま何とか保身に走った。

 だが、その言葉もまた止まる。コウキがリボルバーの撃鉄を起こしたからであった。

 目も表情も暗く、優しさを微塵も感じさせないコウキの迫力と、無情で無機質な金属音が座長の言葉を封じた。

 

 「お~い、こいつも連れて行け。油断すんなよ? 全身しばって、海に沈めるぐらいに固定しとけ」


 これまた無情なハヅキの言葉に、恐怖の表情を更に強めた座長は、体が凍り付いたように震えることすら停止した。

 コウキは座長の口から、リボルバーを引き抜く。付いた涎を座長の服で拭うと、その場を立ち去った。


    ・    ・   ・


 帝都の中心部から遠く離れた河川の水面を、木が流れていく。


 それは流木などではなく、いくつもの木材をいかだのように組み、両端にいる男が長い棒を巧みに操って、多くの木材がばらけないように水底に棒を突き立てている。

 長大ないかだが待機場所である木工所の近くに到着した。そこには同じように木材が密集しており、あたかも水面に橋が掛かったようにも見える。


 横目には木材を加工している者達が見えた。全神経を集中させて寸法を測り、木材に手を加えていく。

 木造住宅が主流なこともあり、家の中心となる木材には、細心の注意を払っていることが分かる程の熱意がうかがえた。


 「お~い、お兄さん、こっちだぜ」


 作業所の奥からコウキに向けて、ハヅキが声を掛けてきた。

 目当ての人物からの呼びかけに、コウキは頷くこともなく、ただ向かう。


 木工所だからか、建物の中には木の放つ清らかな匂いが立ち込めている。

 その中をハヅキが進む後を付いて行くと、建物の隅に簡素な板で作られた小屋が設置されていた。


 当たり前のようにハヅキが中に入ると、小屋から電球の光が漏れている。

 小屋の中が見える位置までコウキは近づくと、見た目と中身から物置としか思えない場所だった。


 「物置に見えるだろ? ま、ちょっとした隠し部屋があってな」


 ハヅキは垂れた目を更に細めて言い、床の一部に手を掛けると、床が大きく口を開けた。

 裸電球の光が届かない闇を持つ穴が部屋に現れると、ハヅキはどこからかランプを取り出して火を点けている。


 「さてさて、お待ちかねのご対面まで、もう少しだぜ」

 「さっさと行って確認したい」

 「気が早いこって……。じゃ、行くとしますか」


 ハヅキはそう言うと、にこやかな笑顔から冷たい目に変え、目尻が何とか笑みを残すように皮膚を下に引っ張っていた。

 普段は軽口やひょうひょうとした感じをさせているが、裏の世界で生きる者として、コウキと同じように裏の顔を持っていることが分かる。


 コンクリートで作られた螺旋階段を下っていく。

 物置にあった電球からの光は早々に消えた。

 しばらく下ると、鉄製の重厚な扉がコウキ達の前に立ち塞がる。


 「おい、俺だ。開けてくれ」


 ハヅキは必要最低限な言葉を、扉の向こう側にいるであろう者に向けて発した。

 重々しく少し錆びついているのか、さぶいぼが立ちそうな高い金属音を立てて扉が開いていく。


 「ごくろうさん。いよ、座長さん。お待ちかねの方が来ましたよ」


 ハヅキは扉を開けた部下に向かって軽く労いの言葉を掛けると、4人の男が宙にぶら下がっているのを視線を流すようにし、奥の男に向けて楽しげな声色で言った。

 奥の男にコウキは目を向ける。そこには顔が腫上り、体中に青あざを蓄えて、うめいている座長の姿があった。


 「ハヅキさん、こいつから何が聞けた?」


 ぶら下がった座長を見たまま、コウキはハヅキに問うた。


 「意外にペラペラ喋ってくれたぜ? もうちょっと我慢できると思ったんだがねぇ」


 ハヅキはあごを手でさすりながら、尋問していた時のことを思いだしているのか、呆れた顔をしている。


 「喋ったことは何だ?」

 「怖い顔すんなって。先ずはこいつが女を集めていたのは、人身売買だ。売り先は…俺達を潰そうとした組だ」


 最後に口にした言葉から静かな怒りと、心の奥深くで煮えている殺意のようなものをコウキは感じた。


 「それ以外は?」

 「売った先の女については、あの時に捕まえた三下共から聞いた話じゃ、しばらくはどっかに監禁していたようだ」

 「監禁?」

 「ああ…、胸くそ悪いが精のはけ口にしていたんだってよ。なぁ!? おい!?」


 口にするだけで顔が歪んだハヅキは、一番手前にぶら下がっていた男の腹に蹴りを入れる。

 男はえづき、痛みを蓄えた体に更に加えられた痛みに因って、痛みがぶり返したようにうめきながら体をねじり始めた。


 ハヅキの怒りは分かる。ライゾウ達の組もヤクザではあるが、町の自治から大きくなったような団体だ。

 島の取り合いや、金が絡むとえげつないこともするが、人を軽々しく扱うようなことを嫌う面もある。


 だが、新興勢力の者達にはそれはない。需要があれば、それを供給する側に回る。

 それが金になればなるほど、危険で、人の道を外れしまうようなことでも平気で行うのだ。


 「で、こいつは人とは違う力を持っていたが?」

 「それについては、ウカジが絡んでいるようだ」

 「ウカジが?」

 「ああ。あいつから持ち掛けた話らしい」

 「……そうか」


 ハヅキがうめき声を上げている座長を険しい顔で見ているを確認し、コウキは座長に近づき、内臓を破壊せんばかりの拳を腹にねじ込んだ。

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