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対峙の夜と向き合いの朝

 艶のある木造りの壁が3方を囲み、足元には鮮やかな朱色のカーペットが敷き詰められている。


 小さな部屋のように見えるのはエレベーターであり、3人を乗せて上昇していた。

 1人が壁ではなく、ガラス付きの重々しいドアの前に立ち、その後方に2人の男女がいる。

 男女の内、男は綺麗な身なりで、目を閉じて腕組みをし、もう1人の少女は艶やかな着物を着て、後ろ手をし少し笑みを浮かべていた。


 3人を乗せたエレベーターは上を目指してワイヤーに引かれて行く。

 うるさいモーター音が徐々に大きく響いて来る事から、目的の最上階に近づいていることが伝わった。


 エレベーターを引っ張る力が緩くなり、徐々にホテルの廊下が視界に入ってくる。

 廊下と同じ高さにエレベーターが合わさると、エレベーターボーイが入口の重々しい扉を横に引き、道を開ける。


 その行為に男は目もくれず、少女は軽く会釈をしてエレベーターから廊下に足を進めて行く。

 男の後を追うように後ろを歩く少女の前に男は手を伸ばし、行く手を遮って歩くことを制した。


 「これ以上は不要だ。我だけで話をする」


 シュライクは首だけ動かして、後ろから付いて来ていた少女に言う。

 少女はその言葉を聞くと素直に頷いた。


 「頑張ってきてね」

 「誰に向かって言っている? 我が遅れを取るとでも?」


 不敵な笑みを浮かべながら、シュライクは少女の応援に返した。

 傲岸な物言いを少女は受けて、少しだけ笑みを浮かべる。


 笑みを見て、前に向き直りシュライクは向かう。

 だが、廊下に顔を戻すとその顔は苦いものに変わった。

 同族だからこそ、漂ってくる臭い。嫌っているのだろう。同族嫌悪のようなものを感じていた。


 1つの部屋のドアを、やや強めにノックをする。

 返事がなかったが、部屋の中から漂う臭いからいる事は明白だった。


 シュライクはドアノブを握る手に力を少し込めて、ドアを開ける。

 部屋の中には灯りは全くない。点けることができる電灯すらも、点けてはいなかった。


 外は闇が覆っている。今日は星と、か細い月が、闇の一部に穴を穿つような光を放っている程度のものだ。

 そのぐらい闇が覆う世界の中で、更に闇を作り、その中に溶け込む者がいた。


 「貴様は、ここまで暗くして何がしたいのだ?」

 「おや? 失礼、少し寝ておりました」

 「随分な身分だな? …まあ、いい。我に何の用だ、ミハエル」


 暗闇の中で2人の男が会話をする。

 シュライクは闇の中で、上質な木造な椅子の上で、のけ反るように座っているミハエルを見て言った。


 「ええ。独断で動いたあなたからの情報で私達は来ましたが、本物と言う確証はあるのですか?」

 「我を疑うとは、貴様も随分と偉くなったものだな。確証が取れたからに決まっておるだろうが」


 ただただ暗い闇の世界で、2人の男は話しをしている。

 ミハエルからはシュライクのことを、いぶかしんでいるような聞き方をしてきた。

 その質問に対してシュライクは鼻で笑い、軽く見下しながら答える。


 シュライクの言葉が楽しかったのか、ミハエルは口から洩れるような低い笑い声を出した。

 バカにされているとしか取れないような笑いに、シュライクは不機嫌さを前面に押し出した声色で言う。


 「貴様がどう思おうが勝手だが、王が我の報告を認めたのだ。貴様は黙って従え」

 「くっくっ…、そうですね。大方の予想はついているのでしょう?」

 「ああ。先の2度の大戦に小国ながら先進国に勝った国だ。あれがなければ、勝つことはできまい」

 「でしょうね。まぁ、あとは交渉事になりそうですから、私が引き受けましょう」


 暗闇の中でミハエルは満面の笑みを浮かべて、シュライクの役目を継ぐような言葉を口にした。

 ミハエルの汚い笑みをシュライクは感じ取り、目を鋭くして威圧するように体の中から力をたぎらせた。


 部屋に充満しかけた、シュライクの今にも突き刺さんばかりに尖った怒りに対して、ミハエルは悠然と椅子に腰かけたまま身を委ねている。

 何も返して来ないミハエルに向けてシュライクは舌打ちをすると、部屋から出るために歩き出した。


 「精々、上手く交渉をして手に入れるがいい。我の手柄をかすめ取ろうとして失敗するなど、笑い話にもならんからな」


 一旦、足を止めて、目だけを暗闇の世界に向け、シュライクは鼻を鳴らし言うと、また歩き出す。

 後ろから勝ち誇ったかのようであり、蔑んだようにも取れる視線を背中に受けながらシュライクはドアを開けると、暗闇の世界からシャンデリアが放つ光で照らされた世界に戻った。


    ・    ・   ・


 強い光がまぶたを通して目に伝わり、コウキは目を覚ました。


 目を覚ましたは良いが、体をけん怠感に襲われ、頭がふらつき顔を上げることができない。

 コウキはぼやけた思考が少しずつはっきりしてくると、今の状況をゆっくりと確認する。


 窓からの光で、すでに太陽が中天にあることを教えてくれていた。

 目を動かすと見たことのない洋風の部屋に、背中からは体を包み込むような感触を受けている。

 今、自分がどこにいるのか、何をしたのかをコウキは瞬時に理解すると、首を回して横を見る。


 そこには一糸まとわぬ姿でキョウコが寝入っている。

 穏やかな寝息を立てて寝ている姿を見て、コウキは少しだけ胸をなで下ろした。

 キョウコが無事だったことへの安堵によるものだった。


 だが、コウキにはそれに勝るとも劣らないことをしでかしたことに、顔を両手で覆う。

 コウキを包む空気は、直接肌に触れて来ている。全裸でいるのだ。


 横にいるキョウコも裸でいるということは、コウキはキョウコと肉体を交えたことが分かった。

 コウキは顔を覆った手だけでなく、目も閉じて考える。


 夜中にキョウコを救うため、魔精骨の粉末を口の中で溶かして、無理やり流し込んだ。

 その口で溶かした残りの魔精骨粉を摂取してしまい、体がたぎってしまった。

 コウキは魔精骨を使う際には量をかなり絞って使い、妖魔との戦いの途中や、傷ついた際などに使用している。


 だが、大量の魔精骨粉を口に含んでしまったということは、普段摂取する以上のものを体に取り込んでしまったのだ。

 それ以上にコウキから口移しされたキョウコは、大量に摂取したことになる。

 興奮作用も持つ魔精骨を摂取した者同士がどうなるか、コウキは唸りそうになりながら考え込んだ。


 止めとなったであろう、キョウコとの絡み合う口づけから、コウキは記憶を辿り始める。

 他人事だと思いたい程に、肉体を絡めあっていた。

 脳内で再生される声に言葉はなく、動物のように荒々しい息と、跳ね上がる嬌声しかない。


 一通り自分のしでかしたことに頭を悩ませたコウキは、この場を去ることが一番と考えて、乱雑に脱ぎ捨てられている服に手を伸ばす。

 その動きに連動するかのように、ベッドの軋む音が部屋の中に響いた。コウキは思わず動きを止め、息も止める。


 「んん~、ん~……」


 背後からキョウコが目を覚ます準備に入ったような声を上げると、コウキは慎重かつ迅速に服を回収する。

 手にした服をコウキは自分の手元に戻した時、その重みがまたベッドを軋ませた。


 「ん~…、ん? あれぇ? コウキくぅん?」


 思わず振り向いてしまったコウキの顔を、キョウコは寝ぼけ眼で見ていた。

 何が悪い訳ではないことをキョウコに伝えるため、コウキはざわついた胸を抑えて口を開く。


 「キョウコ、夜のことは覚えているか?」


 今まで意識して出したことがない、暗く低い声をコウキは必死に作り口にした。


 「え~…、夜ぅ~? えぇっとぉ~~、あ……」


 キョウコは眠気を残したまま答えていると、最後に何かを理解し、軽く目を開いて何かを悟ったような声を上げた。

 目線をコウキの下に向けて、自分の体までじっくりとキョウコは見ると、最後にその目はコウキに向ける。


 「あ~……、そっかぁ」

 「そっちは一先ず置いておけ。その前の記憶はあるか?」

 「置いておけって……。コウキくんとこうなる前でしょう? 寝るまでは覚えてるけど……」

 「そうか。…悪かったな……」


 キョウコの答えから、コウキの疑問はほとんど解消された。

 まず間違いなく、あの演劇小屋の座長が関与している。


 それをライゾウに伝えに行くために、コウキはベッドから体を起こそうとした。

 だが、起こそうとした体をキョウコが優しく抱きしめている。


 「悪くなんてないわ……。助けてくれたんでしょ?」


 キョウコは優しい目をしてコウキを見つめながら、落ち着いた口調で言う。


 「だが、結果的にはこうなった……」

 「嫌だった……?」

 「嫌ではない」


 キョウコの直線的な質問に、コウキは目を逸らして本音を言った。

 コウキの心がざわついている中、キョウコが小さく笑う。


 「そっか、嫌じゃなかったんだ……」

 「ああ。…だが、何て言えば良いのか分からん」

 「…無理にしなくて良いんじゃない? 何かの気持ちを知ったんでしょ?」

 「気持ち…か。そうだろうな」


 笑みを浮かべたキョウコを見て、コウキは何かを知ったことに、少しだけ喜びを感じている。

 自分でも驚いてしまうような感情を覚えた時、体を滑らかに優しくさすられた。


 「…何をしている?」

 「嫌じゃないんでしょう?」


 意地悪な笑みを浮かべたキョウコの言葉に、コウキはぐうの音も出ず、体を柔らかな手が壊れ物を扱うような繊細さで触れてくるままでいた。

 それを心地よく感じながら、微笑むキョウコをコウキはじっと見つめる。


 どちらからともなく体を寄せ合い、優しく唇を重ね合う。

 夜中の野獣のようなまぐわいとは違って、コウキとキョウコは優しく触れ合い、お互いが壊れないように柔らかく体を抱き合った。

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