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デート

 コウキはキョウコと、ビルの並ぶ合間の路地にいた。


 「ウカジについては、軍事企業からの賄賂疑惑があるみたい。尻尾までは捕まえられていないけどね」


 キョウコは可能な限り声を潜めて、コウキに向けて言った。

 もたらされた情報に、コウキはあごに軽く手を添えて、ウカジの経歴を思いだして口にする。


 「ウカジは元々は嫌戦派の政治家だったはずだ。だが、今は軍事行動推進派だ」

 「そ。おそらくは金に転んだのね。なまじっか顔も良ければ、口も上手いから、取り込みたい者だったんでしょうね」


 コウキの言葉にキョウコはあっさりと見下すような声色で返す。

 コウキは目を閉じて、どのような思惑が渦巻いているのかを再確認した。

 ウカジとヤクザの繋がりが何なのか。思いついたことを口に出す。


 「金のあるヤツにヤクザは近寄る。ウカジは裏の世界での力も欲して、それを与えるためにヤクザは近づいたか……」

 「見返りがあなた達が住む、一帯の土地ってことね。ウカジを使って、公的権力による支配力の減退を狙ってるんでしょうね」

 「なるほど。近づくための手土産が、ウカジが熱を上げていた愛人の失踪の解決か。私怨も混じって、かなり面倒だな」

 「そうなるわね。で、どうするの? 賄賂の件で、しばらくは抑えられると思うわよ?」


 ウカジの躍進と、新興勢力のヤクザとの繋がりが見えたことに、コウキは目を閉じたまま口にした。

 そしてキョウコの提案に対しての返答を思案している。


 今の時点ではウカジを失脚させる程のものではないだろう。

 だが、時間稼ぎとしては悪くはない。あとは何によってさらわれたのかを、素早く思案する。

 その中で、モリタカの言葉が頭の中を過った。


 「キョウコ、まずは賄賂の件で動きを封じてくれ。あと、ここ最近で女性が多く集まるような場所はないか?」

 「分かった、そう手筈を整えるわ。…で、何で女性が集まる場所を聞きたいの?」

 「行方不明になっている者で、女性が増えている。共通点は夜に外出した」


 キョウコは首を傾げて疑問を浮かべていると、コウキは淡々と知っている情報を答えた。

 相変わらずの暗い声を聞き、キョウコは考え込むように顔を上に向けて唸る。

 珍しく悩むキョウコに対して、コウキは自分の考えを伝えるため口を開いた。


 「夜に外出する理由が何かあるはずだ。だが、それを誰も知らない。理由もなく、夜に外出をしたんだ」


 すぐにキョウコは視線をコウキに戻して、目が覚めたように軽く見開いた。


 「なるほどね……。夜に外出する理由がない。いえ、言わないか言えないか……。どっちにしても暗い世界の話ね」

 「ああ。俺の所見だが、妖魔が何かをしている。だが、夜でなければ、妖魔の力の全ては発揮できない」


 コウキが口にした言葉から、行方不明の裏に潜む何かにキョウコは感付いた。

 更にそれを掘り下げるようにコウキは妖魔絡みである事を口にして続ける。


 「夜はあくまでも、締めの段階かもしれない。何かの下準備があるはずだ」

 「てことは、失踪の時の話より、その前の行動の共通点を調べているの?」

 「そうだ。しばらくしたら、モっさんから連絡があるだろう」

 「分かった。そこからは、コウキくんの仕事ね」

 「いや……。そう言う訳にはいかないかもしれない……」


 キョウコは自分の仕事はウカジの件までで、失踪の件はコウキの話に付き合っているような感じだったが、歯切れの悪いコウキの言葉にまた首を傾げた。


 「何? 何かあるの?」

 「……俺と出かけてくれないか?」


 コウキはキョウコから目を背けて、か細い声で言った。


    ・    ・   ・


 帝都有数のデパートの前で、コウキは壁にもたれ掛かっていた。


 モリタカから入手した情報を元に、行方不明となった女性の共通点となりそうなことを洗い出した。

 そこから分かったことが、帝都の有名どころをいくつも回っていることだ。


 詳細が掴めない者もいたが、共通点が多い所をしらみつぶしに探すしかない。

 だが、男1人で調べてしまえば、怪しく思われ勘付かれる可能性が出てくる。

 そうなると、どうしても一緒に行く相手が必要になるのだ。

 コウキは諦めと共に、深いため息を吐く。


 「コウキくん、何でため息を吐いてるの?」


 顔を上げると、目の前にキョウコが立っていた。

 今日はピンクのワンピースを着て、腰にベルトを巻いて腰回りを絞っている。


 装飾を施されたヘアピンで前髪を流すように止め、後ろ髪はそのまま綺麗に下ろしていた。

 キョウコのいつもと少し違う格好に対して、コウキはいつも通りのスーツ姿を改めて見てみる。


 「普段と違う格好をしているな」


 改めて服装を確認したコウキは、少しだけ感慨深く言った。


 「そう? 違って見える?」


 キョウコは少しだけ笑みを浮かべると、腰を捻って、体の後ろまで見せようとしている。

 何をしているのか聞こうかと口を開くが、すぐに閉じて、別のことを言うために口を開いた。


 「ああ、違って見える。さっさと行くぞ」

 「え? ちょっと、もう何よ……」


 さっさと調べてしまうために、コウキはデパートの中に足を進める。

 後ろからキョウコの不機嫌そうな声が聞こえたが無視した。


 デパート内にある、いくつもの店を回る。

 呉服屋、洋物専門店、高級瀬戸物屋、美術品、伝統工芸品など、デパート1つでこの国と外国の物で溢れ返っていた。

 ここもまた、この国の内情が反映されている。このような場所でまともに買い物ができる層など少数派だ。


 だからと言って、金持ちの女だけが行方不明になっている訳ではない。

 行方不明になっている者は貴賤問わず、交友関係などの接点もなく、問題ごとを抱えていた訳でもないため、巷では神隠しなどと言われている。

 だが、それも妖魔の仕業が高い。何にせよ、行方不明者で共通点が多い場所を探ることが先決だった。


 デパート内に展示されている1つ1つが珍しい物ではあるが、コウキはその価値を考えることなく、周りに素早く目を向ける。

 どこかに妖魔の気がないか。特定の物を買ったり、触れたりしたことで妖魔の術に掛かるような物がないか。

 コウキは目を鋭くし、どこかにあるかもしれない妖魔の残滓ざんしを探した。


 「少しはじっくり見ないの? 冷たい顔はいつものことだけど、楽しい顔をした方が良いんじゃない?」


 後ろからキョウコが声を掛けてきた。

 キョウコの言葉を聞き、何をしに来たのかを思い出し、納得する。

 コウキは無表情で頷くと、すぐに優しい仮面を張り付けた。


 「…普段の方がマシね」

 「キョウコが言ったんじゃないか。じゃあ、何件か軽く見ようか」

 「…何か気持ち悪いわ」


 やや冷めた視線でコウキを見つめるキョウコに対して、コウキは冷たく見返すのを我慢して笑顔で返した。


    ・    ・   ・


 何件かのデパートを見て回り、喫茶店でくつろいでいた。


 「色々見たけど、何か手掛かりは見つかった?」


 キョウコはコウキに聞くと、紅茶を口に含んだ。


 「そうだなぁ……。妖魔に繋がりそうな物はなかったかな」

 「…やっぱり、その口調は何か嫌ね」

 「キョウコがしろって言ったんじゃないか」


 また目を細くして冷たい目を向けたキョウコに対して、あくまで笑顔を崩さず優しい口調で返した。

 憮然としているキョウコをよそ目に、コウキは琥珀色をしたコーヒーの香りを鼻で少し嗅ぐと、口の中に含む。

 口の中で広がった苦みが喉を通って行くと、名残惜しさをコウキは感じながらカップをソーサーに置いた。


 コウキは気疲れした自分を叱咤し、残りの共通点を頭の中から引き出す。

 残すは1つの大衆演劇小屋だった。


 「残りは1つだね。キョウコ、もう行ける?」

 「もうちょっとゆっくりできないの? あれだけ歩かされたんだから」


 今すぐにでも立ち上がろうとしたコウキに、キョウコは不満げに言うと外に顔を向けた。

 仕方がないとコウキは肩を落として、改めて椅子に深く座る。


 「…コウキくんはさぁ、恋愛したいとか思わないの?」


 キョウコは顔を外に向けたまま、コウキに聞いた。

 その言葉に、コウキの顔に張り付いた仮面が剥がれる。


 「答える必要があるのか?」

 「別にないわ。…ただ、気になっただけ」

 「…そもそも、その気持ちが分からん。言葉では知っててもな」


 キョウコにならって外に顔を向けて、コウキは素直に自分で分かっていることを静かに言った。

 

 「そうなんだ……。いつか分かると良いわね……」

 「ああ。そう思えるようになると良いな……」


 2人は何かを感じ取るように会話をし終えると、沈黙が訪れる。

 コウキは窓に映る暗く表情のない顔を見て、少しだけ胸がうずいた。

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